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前夜祭 1

「本祭の開始は、明日の九時…間違いありませんか、須賀さん?」


「夫からはそのように……」幸乃は、家を飛び出す直前、夫、慎吾から聞いた話を思い出して話をした。


 藤川と貴美子には、繰り返しになる内容が殆どではあったが、インナーノーツやスタッフらも、事情を呑み込むことが出来た。


 その中で、儀式が執り行われるであろう、『本祭』の開始時刻は極めて重要な情報だった。


「アイリーン、最新の波動収束タイムラインを」「はい!」藤川は、モニターのアイリーンに声をかける。


 アイリーンは、<イワクラ>で多元量子マーカーや、観測ドローン、諏訪湖結界への影響から『ヤマタノオロチ』の観測を続けていた。


「……あ、あの……これはいったい??」


 モニターに、横軸に時間軸をとった、幾つかのピークを伴う波形グラフが表示される。幸乃は混乱するばかりだ。


「失礼……機密事項を含むので詳しくは説明できないのですが。この図の説明の前に……須賀さん、インナースペースについてはどの程度?」「は……はい、一般常識程度なら……」


「うむ」藤川は頷くと、幸乃にわかるよう噛み砕いて説明する。


「……それで、我々には、このインナースペースに直接アクセスする技術があります。ここに集まったのは、その専門スタッフなのです」


 幸乃は、理解半ばといったところで、皆の顔を見回す。


「……あ、あの。ところで、先ほどからの『ヤマタノオロチ』というのは?」


 幸乃は、一番よくわからない"暗号"について確認せずにはいられない。何故なら、それは生贄を喰らう神の名なのだから。


「うむ。このマップを見てください」藤川は、モニターに日本列島中部地方の地図を描いたウインドウを立ち上げる。


「『現象化』の主な反応をプロットしたものです。諏訪湖を中心に、断層や龍脈に首を伸ばす……まるで神話の怪物『ヤマタノオロチ』のようでしょう?それで、我々はこの現象をそう呼んでいます」


「はあ……」マップの図は、神話の怪物より、むしろ、何かで見た神経細胞と、樹状突起のようにも見えなくはない、と幸乃は感じていた。幸乃のその感性は、あながち間違いではない。


「そして、この『ヤマタノオロチ』が森部教団に何らかの精神的作用をもたらし、彼らを使って咲磨くんの命を喰おうとしている。まさに神話と同じように……」


 藤川は端的にまとめた。幸乃も固唾を飲み込みながら頷いた。


 皆の視線が再びグラフへと注がれる。描かれたグラフは、横にここ一ヶ月間、および一ヶ月後までの日付がプロットされている。


 インナースペースは過去、現在、未来が同時確率的に存在しており、グラフはそれを展開し三次元時系列に並べたに過ぎないが、過去の情報も未来の情報もある程度、知り得ることができる。


 グラフのピークは、ここ一週間の立ち上がりが際立っていた。


 先週の慰霊祭時点で急上昇をみせ、一度やや降下、徐々に再び上昇カーブを描き、翌日以降の区間ではその先端が数又に分かれて屹立し、その後はいくつかのラインが現象界次元に反転している。


「この『ヤマタノオロチ』は、現象界の意識集中場に強く感応しているようなのです。先週、水織川であった慰霊祭。あれが多くの人々の、故人への想いが、図らずもこの存在をこちらの世界へ引き寄せてしまった。結果あの地震が発生したのでしょう。そして、今。あなた方の郷では……」


 幸乃がハッと気づく。「大祭!」


「そうです。東くん、集合無意識クラスター要因の時間成分に翌日九時、空間成分に森ノ部郷の余剰次元変換座標、人因係数に人口予測データを入力してみてくれ」


 東がデータをインプットすると、翌日以降の全てのラインが一気に収束し一本の線に折り重なり、翌日の九時からやや遅れた十時付近に現象界次元に反転した。


「これは!」「我々の観測だけでは奴の現象化のタイミングを掴みきれなかったが……これではっきりしたな」


「では、祭はこの反応、『ヤマタノオロチ』を現象化させるため……この間と同じ……」カミラの脳裏には、先日のミッションで目の当たりにした、『悪魔召喚』の呪術が想起されていた。胸元に隠したモノを固く握りしめている。


「知ってか知らずかな。だが、生贄の儀式ともなれば、極度の意識集中を生むことは想像に難くない。この十時あたりのピークこそ、ヤマタノオロチが、この世に出現するデッドラインとみて間違いないだろう。そして……」藤川は皆の方へ向き直る。


「咲磨くんの救出の機会も、この時間がラストだ」決然と言い切る藤川の言葉に、幸乃は顔を青ざめさせる。


「所長、それでは?」


「うむ。我々はこのタイミングを捉え、<アマテラス>で現象化しようとしてくる『ヤマタノオロチ』に接近…これを迎え討つ!」


 力強く言い切る藤川の言葉に、インナーノーツとスタッフらの瞳に意志の火が灯る。


「ここまで現象界との同調が強まっているのをみる限り、おそらく郷の住民らは、長年『ヤマタノオロチ』のPSIパルス影響下に晒されてきたのであろう。教団によってな。『ヤマタノオロチ』を抑え込めれば、住民らの意識に、一時的でも変化が起きる。咲磨くん救出の時間も稼げるはずだ。アル!」


<アマテラス>ドッグ制御室のアルベルトの通信ウィンドウがモニター上に拡大される。


 アルベルトは改修作業と、シミュレーション結果のフィードバックを指揮しながら、打ち合わせに耳を傾けていた。


 藤川の作業状況確認に、アルベルトは、明日の朝まで作業を完了させる事を約束する。


「アル…すまんが頼む」「ああ。メカの方は任せておいてくれ。それよりも」


「……うむ。『アムネリア』だな?」


「そうだ。今回のシミュレーションも、メカの調整も、彼女ありきの前提で進めている。大丈夫なんだろうな?」


 幸乃はまたしても、話に置いていかれ、彼らの会話を傍観していた。


 藤川が口を閉ざし、一時、静まりかけた集会室。自動ドアが開く音に、皆の視線が集まった。

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