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愛別離苦 7

 昼下がり。衰えを知らぬ太陽が照りつけるIN-PSID中枢タワーは、白銀に輝いている。その六角錐台部、最上階に位置する集会室に、インナーノーツ、及びインナーミッションに関わるスタッフらが集められていた。


 そこに貴美子に付き添われた幸乃が、加わる。息子を"奪われた"母は、茫然自失のまま、勧められた椅子に腰をかけた。


 幸乃は、そのまましばらく身動き一つしなかったが、ふと我に帰ると、立ち上がりその場の皆にぺこぺこと頭を下げた。藤川が、着席を促すと、幸乃は椅子にへたり込む。


「須賀さん……咲磨くんを出してしまったのは、我々にも責任があります」


 幸乃が落ち着くの頃合いを見て、藤川は話し始める。


「ほんとうにごめんなさい。私がもう少し注意していたら……」


 所長と夫人が改めて咲磨の母へ謝罪の意を述べるので、幸乃は肩をすくめて恐縮する。


「いえ、こうなることは薄々感じておりました。咲磨は誰よりも郷の者のこと、それに夫のことを案じてましたから……」


「しかし、どんな事情であれ、咲磨くんの命が奪われるのを見過ごすわけには参りません。このようなケースでは、警察もなかなか動けない。我々で阻止するしかなかろう」


「しかし、どうやって?」カミラは疑問を投げかける。幸乃は、初対面のブロンドの女性を怪訝な面持ちで見詰めた。


「おっと失礼。咲磨くん救出に集まってもらった、うちのメンバー達です。カミラだ。それからこちらがアラン……こちらの三人は、会っていたかな?」


 藤川は、インナーノーツとミッション関係者を順に紹介した。幸乃は一人一人に頭を下げる。


「皆には、今、おおよその事情を話したところだ」


「生贄だなんて……そんな悪魔的行為、絶対に許せないわ」カミラは、いついなく色めき立っている。隣に座るアランは、黙したまま横目で見守っていた。


「で、どうするんすか?まさか、殴り込み?」ティムがシャドウボクシングのフリをつけながら冗談めかしていう。


 一同の冷たい視線が刺さる。


「……んな、わけないっすね」


「まぁ……最終的には咲磨くん救出には直接赴く必要はあるが……」藤川は、濁すように返した。


「しかし、我々はそのような組織ではありません。強行したとしても、我々、住民双方に被害が出兼ねませんし、そもそも救出できるかどうか……それに、我々には、『ヤマタノオロチ』の方を何とかしないことには……」そこまで言うと、何かに気づいて東は顔を上げた。


「ヤマタノ……」幸乃は、ますます困惑に顔を曇らせている。


「……もしや、それと関係が?」カミラが東の言わんとした問いを代わりに口にした。


「うむ。状況からして、大いに関わりがあるとみて良い。だからこそ、東くん、君やインナーノーツをこの場に呼んだのだ」


 言い終えると、藤川は一旦話を区切り、妻の方を見遣った。


「貴美子。頼んだ件は?」「ええ、あなたの睨んだとおりだったわ」そう言って、貴美子はスクリーンにまとめていたデータを表示した。


「咲磨くんに現れた、痣になって『現象化』していた、異質PSIパルスのデータよ。それと、多元量子マーカーから送られてきた『ヤマタノオロチ』のPSIパルスデータ……ご覧のとおり、完全一致よ」


 成分分析済みの二つのパルスデータは、九十九パーセントの一致率を示している。


「御神威……白羽の矢……森部の言ったことは、本当だったの……」話を全て呑みこめていない幸乃にも、データの意味するところは、漠然と理解できた。同時にそれは、絶対的な畏怖となって、幸乃の全身を襲う。身体を大きく震わせる幸乃。


「須賀さん。辛いでしょうが……郷で行われるというその『大祭』について、もう少しお聞かせ頂けないか?」 


「……」幸乃は、恐怖に口を戦慄かせ、喋るに喋れない。


「幸乃さん……」貴美子は、まるで我が娘にするかのように、震える幸乃を抱きしめ、語りかけた。


「大丈夫。咲磨くんは、必ず私達が。だから、何でもいいの……貴女が知っていること、話してちょうだい……」


 貴美子の温かな腕に包まれ、幸乃の震えは徐々に治まっていく。





 熾恩、焔凱、煌玲の『火雀衆』三人は、座敷の中央に腰を下ろしていた。身体にフィットするウェットスーツ状の特殊潜入服に身を固めている。間もなく夢見頭を伴って現れた風辰翁へ、三人は軽く頭を下げる。


 関西以南は、日本海側とは逆に、このところ天気が崩れやすい。暴風雨の荒れ狂う音が、屋敷の静寂を掻き乱す。


「火雀よ……その方らにも今宵のうちに諏訪に入ってもらう」


「例の、神子と思しき童……ですな」 「うむ、それについては、烏衆が動いておる」


「は〜〜!どーせまた烏たちの糞拾い、だろ?つまんねー」熾恩は欲求不満そうだ。


「ははは、此奴、すっかり夢見共に気に入られおってなぁ。すっかり色気付きおったわい」言いながら、焔凱は、豪快な笑い声を立てる。


「まぁ」夢見頭は、袖で口元を隠しほくそ笑んだ。


「そ、そ、そうじゃねえよ!おい、オッさん!この間の”刈り”の後始末!あの『カメラ小僧』と『肉まん』たちの死体工作、誰がやったと思ってんだよ!アンタは裏工作だけで楽だだろうけど、こっちは大変だったんだぜ?いっそ、ヤっちまった方が簡単だったし!」熾恩は、慌てて息巻く。


「クックック……大口叩くようになったのう。コレも夢見共のおかげかのう?」


 [じっ……じっちゃん!!」


「良いよい。若者の特権じゃて」顔を真っ赤にした熾恩には、この老人もどことなく気を許せるところがあるらしい。熾恩もよく懐いてる。


「彼らは別の任務に回した。林武が欠けた今、烏の供給が滞っておる。消耗品でも、使えるものは廻していかねばならん……"リサイクル"じゃ」


「ちぇっ!」にやりと笑みを浮かべる老人に、熾恩は腕を組んで不貞腐れてみせた。冷徹な煌玲の顔にも笑みが浮かぶ。


「……して、我らの任務は?童の方は、烏衆が動いているとなると他に……」


「そういうことじゃ、煌玲」顎を突き出し、老翁は夢見頭の方へと話を振る。


 尼僧は、座したまま一礼すると、座ったまま畳の上をずいと滑り、三人の前へと進み出た。


「火雀の皆様にお集まり頂いた狙いは、元より童ではありませぬ。貴方様方には、もっと良き獲物を……」


「良き獲物?」煌玲は、怪訝な面持ちで尼僧の言葉を待つ。


「左様……」尼僧の薄い唇は、三日月の如く弧を描く。風雨に締め切った鎧戸がバタバタと、音を立てていた。


「……『異界船』……そして、『異界船』を依代とする、"我らの"神子…………これが貴方様方の獲物にございます」


 暗がりの座敷に差し込んだ雷光が、不敵な笑みを浮かべる尼僧を白と黒に染めあげていた。

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