愛別離苦 3
「<アマテラス>、シミュレーション空間へ転移完了!各部、チェック急げ!」
カミラの指示に、手順どおりのチェックプログラムを進めるインナーノーツ。
<アマテラス>の改修作業は、見込み一日を前倒しして、何とか未明に完了していた。さっそく、早朝からインナーノーツによるシミュレーション空間でのテスト運転に入る。
本来なら、技術課で船体、システムの総チェックの後、インナーノーツ搭乗での有人テストとなるが、藤川の意向で技術課でのテストを簡略化して有人テストへと進めている。
「PSI-Linkと、セイフティ関連はチェックしたが……運動系と装備関連は、殆どテスト出来ていない。こんなんで、シミュレーションになるのか?コーゾー?」IMCへ上がり、立ち会うアルベルトは、藤川に不満そうに問いかける。
「そちらは、このシミュレーションのデータをもとにフィードバック調整して貰えば問題ない。『ヤマタノオロチ』攻略の鍵は、こちらのPSI-Linkシステムが、どれだけヤツと同調できるか……これにかかっている」
藤川が予定を繰り上げたのには、訳があった。一つは、<アマテラス>が敷設した多元量子マーカーの耐久が、もってあと一日程度まで迫っていた事だ。<アマテラス>を突入させる際、多元量子マーカーから送られる座標情報は、ミッションを有利に進めるためには、必要不可欠だった。
もう一つは、その多元量子マーカーから送られたデータをもとに、現象化予測の再計算を行なったところ、明日の日中時間帯に、いくつもの高確率な収束ピークが現れていた事だ。この『ヤマタノオロチ』は、これらのピーク、いずれかのタイミングを狙って、今は息を潜めているに過ぎない。<アマテラス>はそれまでに、何としても稼働できるまで持っていかなければならなかった。
「よし、田中。さっそく例のプログラムを」藤川は、準備させておいたプログラムを田中に起動させる。東は、固く口を結び静観する。
「わぁお!」それを見たサニは、嬉々として声を上げた。<アマテラス>のブリッジ中央と、IMC卓状パネルに『アムネリア』の虚像が立ち上がる。
「ダミー『アムネリア』プログラム、起動しました!」
直人の生体記憶データから、直人とリンク時の『アムネリア』のPSIパルスを模倣したシミュレーション用プログラムである。
結局、インナーノーツとアマテラスのみでは集合無意識域にまたがるヤマタノオロチを捉え切ることは現状困難であり、『アムネリア』(直人の言から、藤川は『メルジーネ』をこの呼称に改めた)の力を借りることを前提とし、シミュレーションを構築するしかなかった。
東は、幾通りも『アムネリア』を頼らない方法を模索していただけに、腕を組み無言で見守っていた。スクリーン越しのアイリーンは、東をちらっと見遣るが、東がそれに気付くことはない。アイリーンもすぐに自分の作業へと視線を落とす。
「はは、姫が代役リハじゃ物足りないだろ、ナオ?」「いや……」ティムの軽口に、直人は生返事で返す。
「こっちもテンション低い王子様……ってか」一人ボヤくティムに直人はそれ以上、反応しない。
「さて、では始めるぞ!」藤川の合図と共に、シミュレーション空間が歪み出す。
多元量子マーカーのデータから再現された諏訪湖余剰次元の光景が、<アマテラス>モニターに浮かび上がる。
このシミュレーションは、『ヤマタノオロチ』の現象化を前提にしている。『ヤマタノオロチ』にアプローチするには、現象化するギリギリのタイミングを狙う必要がある。
問題は、<アマテラス>が観測限界である、集合無意識界面層、インナースペースLV6で波動フィールド内に『現象化』の求心部となる部位を見出さねばならない事である。
ここまでの調査から、『レギオン』と呼んでいた変異エレメンタルは、『ヤマタノオロチ』の一部であり、構造がほぼ同じである可能性が高まった。『レギオン』がそうであったように、インナースペースで個的な振る舞いを成り立たせる、何らかの求心部があるはずだ。
これをインナースペースLV3を最終防衛ラインとして、LV6から3の間で補足、PSI波動砲でこれを鎮圧する。
これが今回のミッションのおおよその筋書きである。
だが……
<アマテラス>が網を張るLV6から3の間に、『ヤマタノオロチ』を捕らえるのは、『レギオン』に増して観測が難しく、おまけに、『レギオン』のような蛇頭が多数襲い来ることが予想された。
『ヤマタノオロチ』の波状攻撃をかわしつつ、不確定な求心部の出現を、僅かな確率から判断するよりほかにない。故に、『アムネリア』の高次元を見通す能力が、どうしても必要であった。とはいえ、『アムネリア』の能力にも限界はある。
襲い来る『ヤマタノオロチ』仮想モデルの多頭を避けながら、ランダムに現れる求心部を「ダミー・アムネリア」の誘導に従って、サニ、ティム、直人が連携しロックオン。シミュレーションは、その繰り返しだった。
「へへっ……もぐらたたき……」
シミュレーション状況をマップ状の模式図でモニタリングしていた田中は、その光景を見て思わず呟いていた。




