因縁生起 2
左手に形成された光ディスプレイに視線を走らせると、画面は追従してページを送っていく。
先日の水織川慰霊祭の怪現象、そして今回の地震や諏訪の状況を織り交ぜながら、地底世界の爬虫類人の侵攻が、インナースペースを通じて20年前から開始されていた、そして、その事実を彼らとの利害関係から国連は隠蔽している、などとその記事は書き立てていた。
超常現象関連を特集するサイトのページを、サニはファーストフードショップのカウンターで、嘲笑混じりに眺めている。
「爬虫類人だって。ぷぷ!当たらずとも、遠からず……って感じ?」
サニはシェイクを啜って、さらに読み続ける。
インナースペースに関する知見は、世間一般にはまだそう深くは浸透していない。目に見える現象界のすぐ隣の世界にあって、様々なこの世の情報が蓄えられており、それをエネルギーとしてこの世界に転用する事ができる。魂も、いわゆるそうしたエネルギーの一種であると教えられ、死後に対する認識は幾分変化したものの、一般的には、この世のあらゆる物質や現象のエネルギー源となる、目に見えない世界……その程度の認識だ。
こうした超常ミステリーも、インナースペースという『超常現象そのもの』ともいえる世界の知識が増えたところで無くなりはしない。
人は物語を求めているのだ。
「えっ、ちょっ……なにこれ?」
記事は、最後の締めくくりとして、陰謀論を再度、展開していた。爬虫類人と密かにコンタクトをとり、技術供与と引き換えに彼らを支援している組織としてIN-PSIDを名指しする。何かと良くない噂は立てられるIN-PSIDではあるが、記事はより辛辣だ。
「バッカじゃない!」イラっときたサニは、ライターの名前を確認せずにはいられない。ページをスクロールしていく。
『文責:ミワミツヒコ』
その文字が、目に留まった時、背後から声がかかる。
「サニちゃん、ごめん、待った?」反射的にサニはディスプレイを閉じる。
「おっそ〜〜い。ま、いいや。奢ってくれるんでしょ?早く行こ!」「あ、うん」
背の高い細身の男の腕に、自分の腕を絡ませると、二人は、店を出て夕闇の繁華街へと消えていった。
「おーい!二番スラスター、全然出ねぇぞ!」
<アマテラス>のブリッジで、自席に座ったティムは、操縦桿に付随するスラスターコントローラーを操作しながら、アランの席に座る大柄な男性作業員に向かって、声を投げる。
昨日の龍脈調査の後、<アマテラス>はすぐにドッグ入り。対『レギオン』戦のダメージは深刻で、全面修理と強化改修作業を、急ピッチで進めている。
『レギオン』戦で、一番、神経をすり減らしていたのは、ティムかもしれない。<アマテラス>の作業状況が気が気ではないティムは、昨日、今日とドッグに様子を伺いに来ていた。
見かねたアルベルトは、一通り修理作業の完了しているスラスター周りならテストしてもいいと、ティムをブリッジへと入れたのだが……
「二番、アイアイサァ!」
「よし……ああ、だめだダメ!!散りすぎだぜ。もっと収束させろ!」
「アイアイサァ!」
「っておい!一番、出力下がってんぞ!!」
作業員は舌打ちしながらもティムに従うが、彼の欲求は、段々とエスカレートしていく。
ふと作業員の手が止まり、ぬくっとその巨体が立ち上がる。
「テメェ……さっきから、ちょーしのってんじゃねぇ」「んだと!!」
振り返るティムに巨体が詰め寄る。
ティムが苛立つのは、この男の風貌もあったかもしれない。
……いいわ、やっといてあ・げ・る……
あのスポーツジムの男女性インストラクターの姿が作業員と重なると、ティムは首を振って幻覚を振り払った。
「あっちもこっちも、やらにゃならねえ。テストエアだって使いたい放題じゃねぇんだ」
「ふん、こっちはコイツに命預けるんだ!」ティムも立ち上がって応じる。
「いつ事態が動くかわからねーっつうのに、ずいぶん悠長なこって。黙って見てらんねーんだよ!」「なら、帰れ!」作業員は、軽く押し出すつもりで、ティムの肩を小突く。だが、それがティムの怒りをヒートアップさせた。
「っつ!なにしやがる!」ティムは相手の胸ぐらに掴みかかる。
「ふう、ティムさん、こっちもそろそろ……」
別の若手作業員は、ブリッジに入るや否や、ティムと巨漢の一触即発の睨み合いを目にする。
「た、大変だ!」若手作業員は踵を返すと、船体後方の機関区へ急ぐ。
「もう一度言う。帰んな!」胸グラを掴んだティムの腕に巨漢の太い指が食い込んでいく。
「上等だぜ!」ティムが、自由のきくもう一方の腕を振り被ったその時。
「ばぁかもん!!何やっとる!!」
アルベルトの怒声が、ブリッジを揺らす。




