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初夏のプレリュード 2

「わおぉ!!」サニは思わず歓喜の声をあげる。

 

 同じフロアのラウンジには、階下の食堂から運ばれた食事がビュフェスタイルで所狭しと並んでいた。食堂スタッフに交じって、アイリーン、貴美子、田中、そして東がテーブルセッティングの仕上げにかかっている。

 

「良かったわね、サニ」と、空腹を訴えていたサニに、カミラはちょっとした皮肉を投げかけるも、サニの意識はもはや食卓にフォーカスしていた。

 

「ピンチこそ最大のチャンスよ! やっぱアタシ、持ってるわ!」「ピンチねぇ……」さっきまで『ピンチ』という名の空腹に、不満を漏らしていたサニのテンションの変わり様に、直人は呆れるしかない。

 

「なんのパーティっすかね、コレ?」

 

 ティムが不思議に思うのも無理はない。インナーノーツらは何も聞かされていなかった。

 

「少し時間が経ったが、ファーストミッション成功のささやかなお祝いだ」

 

「えっ……それじゃあ……」

 

 なんとか成し遂げたファーストミッションから一週間。そのミッション対象者、亜夢の異常覚醒はかろうじて回避できたものの、心身の回復には予断を許さない状況とカミラは聞いていた。

 

 藤川が『お祝い』というからには、亜夢は……

 

「ええ、あの子もようやく集中治療室を出られるわ」カミラの疑問に貴美子が答えた。亜夢の回復の兆しが見えてこそのお祝いだったのだ。

 

「カミラ」アランがそっとカミラの横に立ち、カミラの肩にそっと手をおく。アランの包み込むような声に、カミラも肩の力が抜けていくのを感じた。ファーストミッションの重責……それを背負いこの一週間、カミラが気を張り続けて来たことをアランは見抜いている。 カミラはアランに微笑み返す。

 

「見て見て! 岩牡蠣もあるよ!」サニは既に物色を始めていた。今朝、水揚げしたばかりの岩牡蠣を始め、だだちゃ豆やメロンなどは近隣の水産業者や、契約農家から仕入れている。(温暖化や品種改良により、農産物の収穫可能時期が幾分早まっており、従来より一ヵ月ほど前から既に食べ頃となる)

 またIN-PSID附属大学の農業研究科は、農園を有している。地元農家などと協力しながら、IN-PSIDは、この恵みの地で、この時代には貴重な非合成食材の地産地消推進も勧めていた。

 

 だがここまでの道のりも平坦ではなかった。同時多発地震以降、PSI利用の不信は根強く、IN-PSIDはその災害に対する備えの為の機関ではあるが、『PSI』を扱う以上、当初は建設反対の声が圧倒的であった。この地は藤川の出身地でもあり、当時、町長を務めていた彼の旧友が藤川の『PSI利用による災害への備え』に対しての理念に共感し、積極的に地元住民を説得、誘致を進めてくれたおかげで、IN-PSIDとその周辺に広がる学園都市『鳥海まほろば市』建設が実現した。

 

 その後も、都市化やIN-PSIDからの排水の影響などにより、一時期、環境悪化問題も浮上。テーブルに並んだこの岩牡蠣も一時期、激減してしまったこともある。

 

 そうした中、PSI技術を環境浄化、保全に転用する技術を模索し続け、地元住民との協働を第一に考えて来た。インナーミッションの成功は、同時多発地震から数えて二十年間の歩み全ての結晶なのだ……藤川はテーブルに並べられた食材を前に、そのことを深く噛みしめる。

 

「それでは所長、一言」

 

 食事の準備を完了した東が、藤川を促した。

 

「うむ……聞いてのとおり、ファーストミッションの対象者、亜夢の回復も順調だということでな。とにかく、よくやってくれた。まだ昼なので、酒の準備はないが……」そう言いながらテーブルを見回す藤川の仕草に、クスッと笑いが漏れる。皆、藤川の嗜好は心得ている。

 

「地元の食材を取り揃えたランチを、存分に楽しんでくれたまえ。では乾杯」

 

 穏やかな温かい潮風が、日本海に面したテラスの方から吹き込み、食卓の香りを部屋いっぱいに運ぶ。

 

 

 ****

 

「ママ、洗濯物これで全部?」

 

 洗濯籠には、昨夜着替えた衣類とタオルが2枚。籠を覗き込みながら、真世はその部屋の主に問いかけた。

 

「え……ええ。ありがとう。看護アンドロイドが巡回してくるから、そのままでいいのよ」

 

 IN-PSID附属病院と、IN-PSID中枢施設の中ほどに建つ、PSI シンドローム長期療養施設。南側一角の、日本海へと注ぎ込む河川に面した個室が、真世の母、実世に割り当てられた小さな生活空間である。

 

 実世は、起こしたリクライニングベッドの上から返事をした。

 

「だーめ。このところバタバタしてて、ほとんどお手伝い出来なかったんだから。……じゃこれ持っていくね」言いながら、真世は洗濯籠を持ち上げる。

 

 単純な看護や身の回りの世話は、ほとんど看護アンドロイドがやってしまうのだが、真世は何かと仕事を見つけて、母の世話を焼きたがる。

 

「それより、今日はランチパーティーだったんじゃない? 行かないの?」

 

 こうやって顔を見せに来てくれる娘を嬉しく思いつつも、なぜかその娘の笑顔に、ちょっとした心配を感じてしまう……

 

「いいの。まだお部屋の掃除もあるし。ママはゆっくりしてて」そう言うと真世は、洗濯籠を抱えて部屋を出て行った。

 

 廊下に出たところで、医師と看護師数名に付き添われた移動ベッドとすれ違う。真世は廊下の端に寄り、道を譲る。

 

 ふとベッドに載せられた患者の顔が目に留まった。

 

「亜夢ちゃん……?」

 

 亜夢はもう眠ってはいなかった。否、ただ目を見開いているだけなのかもしれない。

 

 仰向けに横たえられたその身体を動かすこともなく、その虚ろな目は、ジッと天井を仰ぎ見ていた。

 

 真世はそのベッドの行き先を自然と目で追った。実世の部屋より数部屋奥の個室が、亜夢の病室となるようだ。

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