二人の神子 6
外が騒がしい。さっきまで集会場にいた女達は、皆外に出ていた。
「見せもんじゃねえぞ!」警官の荒げた声が境内いっぱいに広がる。
無人になった社務所の窓から、神取が様子を窺うと、先ほど捕らえられた烏の女、そして、もう一人、おそらく夫役を演じていた男が、森部の前に引き立てられ、尋問(暴行)を加えられている。
「どこのものだ?」
森部は、手にした錫杖で、女の顎を持ち上げ、舐め回すように烏らの顔つきをみる。すると、何かに気付いたらしく、口元をニヤつかせていた。
「……なるほど。こやつらは『烏』じゃ」
その言葉に、引き立てられた男女は、何も反応しない。
「ええい!何をかぎ回っていた!言え!」
警官姿の男が更に尋問を加えようとするが、森部はそれを止めた。
「無駄じゃ。こやつらは答えん。いや、何も知らんのだ。」「え?」
「こやつらは死人も同然。生死は誰も問わん」
そう言うと森部は、境内の中央に置かれた大木に目を向ける。
「柱があと二つ、いるのう」顎髭を撫でながら笑みを浮かべ、彼の付き人を務める幹部へと視線を送る。
「す、すぐに手配させましょう」付き人は、すぐに指示を実行すべく、境内を降りていく。
「此奴らも神に選ばれたのだ。祭りまでは、丁重に扱わんとのう……お前たちに預けたのではなぁ……」
警官らの顔を見廻す。男はともかく、女の方は碌な目に合わないのは目に見えていた。警官らは取り繕った顔ですましてみせる。
「そうじゃ、幣殿にでも入れておきなさい。あそこが良かろう」「あそこ?ああ!クククわっかりましたぁ」
屈強な警官と部下らは、烏の二人を、拝殿の奥へと引きずっていく。
「あの御仁が動いている……とすれば狙いは……」
社殿の方を見つめながら、森部は一人、呟いていた。その言葉を聞くと神取は、悟られぬうちに社務所を後にした。
子供達は、新しい友達に興味津々だった。
咲磨はすっかり、その場の子供達の心を掴んでいた。亜夢と咲磨は、そのまま子供達の輪に入り、何事もなかったかのように一緒になって遊んでいる。
あまりにすんなりと亜夢の発作が治まったので、真世も貴美子も呆気にとられていた。
様子を窺っていた幸乃が、ガーデンに飛び出して来た。
「あの、一体何が?」サイキック能力の存在が証明されてきているとは言え、その事例に出会す機会は少ない。幸乃は、亜夢と咲磨に何が起こっていたのか、まるで理解できなかった。
「これがあの子の力なの……」貴美子は、亜夢の昂りを鎮めた、咲磨の能力を、漠然と感じ取っていた。
咲磨も有能力者の可能性は高い。
貴美子は、咲磨の検査の結果からそう考えていた。ただ、咲磨の能力は、亜夢とは異なり、五感で感知できるような現象を引き起こすことは無いようだ。幸乃が、そうと認識できないのも無理はない。
幸乃の姿を認めた真世が、駆け寄ってくる。
「すみません!何だか、あの子に助けてもらっちゃったようで……えっと……」真世は昨日出会ったばかりの親子の名前を思い出そうとした。
「あっ、須賀です。あの子は咲磨」幸乃はそう言いながら真世に軽く会釈する。真世も会釈で応じる。
私にはよくわからないのですが……と幸乃は、水場でずぶ濡れになってはしゃぐ我が子を見つめながら、口を開いた。
咲磨が心を癒したり、和ませる不思議な力があるとされ、郷では『御子神様』と崇められていること。最近では病気や怪我も治せるとか噂になって、郷の外からも尋ねてくる人もいて、郷の『森ノ部教団』は、それをいいことに信者を集めていること……
郷で咲磨が神取の診察を受けた際、神取らに一度話をしている内容を、幸乃は貴美子と真世にも語り伝える。
「……でも、私にはそんなことはどうでも……」
俯き、小さな声で呟くように話す幸乃の声に、真世と貴美子は、聞き耳を立てていた。
幸乃は、もう一度顔を上げて咲磨を見やる。
「わたしにとってはただの可愛い一人息子です。それだけで十分……」母の咲磨を見つめる瞳が潤んでいる。
「そうですよね。一緒にいる、あの子達のお母さん方も皆、同じようにおっしゃってますよ」貴美子には痛いほど雪乃の気持ちが伝わってくる。
「おばあちゃん……」亜夢と咲磨の方を見遣りながら、どうしたらいいか祖母に伺う真世。
「もう、大丈夫そうね。あのまま遊ばせておきましょう。」「う、うん」
そこに建物の方から真世を呼ぶ声が聴こえる。
「真世!どうしたの?大丈夫?」
様子を眺めていた実世が、心配そうに声を上げている。
「ママ!」真世は、実世のもとへ戻りたそうにしていた。
「いいわよ。今日は時間あるから、私がみてます」「あ、ありがとう。おばあちゃん」真世は幸乃にもう一度一礼すると、実世の元へと戻っていった。
「ほんと、ママっ子なんだから。」仲睦まじい娘と孫娘の姿を微笑ましく見送る貴美子。
「お孫さん、素敵なお嬢さんですね。お母様がここに?」
「ええ。娘ですが、20年前の地震以来、PSIシンドロームで。真世ったらほとんど毎日、母親のもとに行って、世話してるの」
「そうでしたか……あ、すみません、余計なことを……」「いいのよ。でも……」
貴美子は、しばらく口を閉ざして、娘と孫の姿を見つめていた。笑みの消えた貴美子の横顔に、幸乃は言葉をかけることができなかった。
「強く生きてほしいわね……子供たちには」
貴美子がそっと口にした言葉が、幸乃の胸の内に、すっと流れ込む。
幸乃は、子供達の方を見遣りながらたった一言、「ええ」とだけ、呟いていた。




