二人の神子 1
「全車両、データリンク、間もなく配置完了します!」「五番車両、遅れてるぞ!修正座標を送る!急げ」
密閉されたコントロール車両の室内モニターが映し出す、諏訪湖周辺マップ上で、八つの光点が点滅をしながら移動している。
八つの光点は、次第にマップに描かれた目標座標ポイントに接近してゆく。間もなく目標の座標点に全ての光点が重なると、描かれた八点が囲む結界有効予測エリアの図形が、グリーンに発光した。
「全車両、配置につきました!」重装甲の対PSI現象化防護スーツに身を包んだオペレーターが、振り返り報告する。
コントロール車両の中央に座しているのはIMSリーダー、如月である。
狭い車両内の人員は三人とドライバーアンドロイドが一体。全員、同じ装甲服とも見紛うような、防護スーツを着用し、ヘルメットの濃いバイザーの下の表情は、殆ど見えない。
「PSIパルスのサンプリングは?」
如月は、右手オペレーターの報告に顔を上げ、左隣に座す、もう一人のオペレーターに確認をとる。
「こんな状況です。嫌というほど採れてますよ」「大盤振る舞いか。それならこちらもきっちり、お返ししないとな」言いながら、笑えないジョークだと、鼻を一つ鳴らす。
「よぉし、やるぞ!カウンターパルス、データセット!全車、電磁結界展開開始!!」
如月の号令と共に、諏訪湖を取り囲む八箇所に陣取った、局地結界工作車両が、一斉に唸りをあげる。青白く光彩を放つ、可視化された電磁フィールドが、約2kmおきに配置した車両と、その間の道路に、予め散布した結界誘導凝固剤に沿って展開されていく。
わずか数分のうちに、時空間コントロールされた、青白く輝く、高さ約50mほどの電磁場の壁が、諏訪湖をぐるりと取り囲んだ。
フィールド展開開始から、PSI精製水供給車から報告される精製水残量のカウンターが、瞬く間に減少していく。
「ちっ、流石にこの面積の囲い込みは、ちぃと荷が重いか。どれぐらい保ちそうだ?」「フル稼働で約四時間、半稼働でも六時間持つかどうかってとこです!」
「稼働は落とせない。後四時間か……」カウンターを睨め付ける如月は、唇を噛む。
「IN-PSIDからの支援部隊は、後二時間で到着だ。市街地にも影響が出ている。俺たちは、とにかくここで壁を死守するぞ!!」
各車両から威勢の良い返事が返ってくる。
「IMS、諏訪湖の結界構築作業完了です」
IMCで逐一、IMSの作業状況をモニタリングしている田中が報告を上げた。
IMCの卓状モニターには、IMS結界工作車両のモニターと同じ、マップと結界領域を示すホログラム図が映し出されている。
「効果はどの程度なんだ?」表示された図を厳つい表情で見詰めたまま、東は確認する。
「現状、40%ほどの影響緩和が見込めます」
「40%……焼石に水程度か」
「相手が相手だ。致し方なかろう。今は彼らの研究成果に賭ける他あるまい」
藤川は、苛立ちをあらわにする東を宥めるように言う。
「ええ……わかっています」
東は、藤川と視線を交わすことなく言い捨てた。
IN-PSIDは、神取らの救援チームの派遣延長を決定していた。だが附属病院から、これ以上、医療チームの派遣は難しい。そこで、結界による現象化遮断効果を高める事によって(既に都市防災結界は稼働しているものの、防災指定施設や地区を部分的に保護したり、PSI HAZARD 予測指定地域を囲い込む程度であり、出力も然程ではない)、被影響者数を抑え込む方向で対策する事となる。
住民に出ている症例は、インナーノーツが突き止めた、諏訪湖の余剰次元領域に潜むエレメンタル、『ヤマタノオロチ』(ミッションコードネームとして採用)が撒き散らす、PSIパルスによって引き起こされている。
インナースペースから直に、魂深層への働きかけもあるが、急性症状は、インナースペース最浅へ波及、そこから現象化によって電磁波になって放出、あるいは大気物質などが変異したモノによって引き起こされているとみられ、現象界、及びインナースペース最浅領域をカバーできる結界による、現象化抑制が有効であるとされた。
IMSの支援に、直人も所属する、附属大学PSI理工学部次元結界科の研究員と技術者数名を派遣する事を決定し、直人の同期で、彼の所属する研究チームの若き教授がチームリーダーとなって現地へ向かっていた。
「現地の対策は、彼らに任せるとして、我々はこちらだ」
藤川は、IMC壁面の大型パネルに表示された『ヤマタノオロチ』の解析模式図を睨む。
「アイリーン、多元量子マーカーの残時間は?」「PSIバリアをフル展開してますから……あと5日、もつかどうかってとこです」藤川に答えるアイリーンは、眉を顰める。
「うむ……」IMCではヤマタノオロチ鎮静化のインナーミッションプランをシミュレートしていた。ヤマタノオロチは高次元エレメンタルでありアムネリアの力を借りたとしても、決定打を与えられる結果にはまだ至っていなかった。
「あと5日か……その間になんとかシミュレーションを完成させねばな……」東は、腕を組み口を堅く結ぶ。
『ヤマタノオロチ』が『ガイア・ソウル』のPSIパルス輻射により活性化していることは、データを重ねるたびにより確かとなっている。
だが、現象化に至る波動収束を促進しているのはそれだけではないことも、判明しつつあった。
何らかの現象界側の強い意識集中が『ヤマタノオロチ』を”呼び寄せて”いる……つまり水織川と同じ理屈であることが示唆されるようなデータも検出されている。
『ヤマタノオロチ』の発するPSIパルスに含まれる表象分析は、生と死を表裏一体とした、魂の変容ともいうべき心象イメージを描き出していた。
地震によって、20年前の震災が想起された人心不安も、『ヤマタノオロチ』を引き寄せた一つの要素かもしれない。
だが、それだけであろうか?
……咲磨を……生贄になんて……
藤川の脳裏には、あの咲磨や『森ノ部郷』との関連が真っ先に連想されていた。
「こんなのが、現象界に現象化したら、一体どうなってしまうのでしょうね……」
田中が不安な気持ちを吐露する。
「そこまではわからない。今回以上の地震、天変地異……可能性は色々と考えられる。……が、私は、あの『レギオン』が一つの可能性を示唆していると考えている」
「『レギオン』……ですか?」東は、硬い表情のまま問い返した。確かに、『レギオン』は『ヤマタノオロチ』の一部だった可能性は高い。
「……あの『レギオン』がこの『ヤマタノオロチ』と同様の存在、もしくは一部であったとすれば、おそらく習性は同じであろう。『レギオン』は、インナースペースに漂う、死者の魂を喰い漁っていた……『ヤマタノオロチ』が、次元ギャップを乗り越え、この現象界に現れたとなれば……」「……今度は、生きている人々の魂を喰う……」
東の理解に、藤川は頷く。
「魂の源であるインナースペース深淵、集合無意識領域は、魂も、時間も、あらゆるPSI情報が同化、一体となる。それ自体は自然の摂理だ。『ヤマタノオロチ』が、数多の魂と一体となろうとしても、集合無意識領域の存在であるヤツにとっては当然の事であろう。だが、我々の現象界に、それは許されない」
モニターを睨め付け、藤川は語気を強める。そこに蠢く多頭の蛇は、漂う霊体らしきものに食いつき、互いの頭すら喰いあっていた。
「この現象界は、PSIのもう一つの事象、分化と個性化を可能とする、極めて特殊な時空間だ。なぜそうなっているのか、この意味を我々はまだ知らぬ。とはいえ……」言いながら振り返り、今度は東と田中の方へと向き直った。
「私は、この世界が無意味に、このように存在するとは思えぬ。限りある命を与えられ、ここで生きる事を一人一人が課せられているのだ。その”意味”を生きるために。これを脅かすものは、たとえ『神』であろうと、我々はそれに抗う権利がある。私はそう考えている」
東と田中は、藤川の静かながら、腹の底に響く言葉を大きく頷いて受け止めていた。




