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呪いと、祈り 2

 幸乃と呼ばれた子供の母親は、神取に縋り付いて懇願した。事情はわからないが、追われているのは明らかだ。


「こちらへ!」神取は、素早く子供を幸乃から自分の背へと移すと、体育館の雑踏へととって返す。


「幸乃!!」神取と幸乃は、構う事なくIN-PSIDのブースを目指す。


「急患です!空けてください!」神取の良く通る、何処となく威圧感のある声は、診察待ち行列に否応なく道を譲らせる。


「待て、退いてくれ!退け!!」


 後方から怒声が聞こえる。追手の方は、行列にあえなく行手を阻まれたようだ。


「神取先生!?あれ、その子?」戻って来た神取に茫然と口を開け放つ秦野。


「秦野くん、すぐにこの子を救護カプセルに」「えっ!?あ、はい!」秦野も咲磨の容態が急変した事は、すぐに理解した。サポートアンドロイドにカプセルを準備させる。


「ヘリは?」「あ、えっと……グラウンドの方で第二便収容中です!」「この子も乗せる。すぐ連絡を」「そんな、もういっぱい……」


「急患はいなかったはず。何人か、次の便に」「んな、無茶……」「いいから乗せろ!」


 神取の表情は殆ど変わらずとも、圧倒される気迫に秦野は、直ぐ様ヘリへと連絡を繋ぐ。


「幸乃!!」


 何とか行列を抜けた咲磨の父親、須賀慎吾が、こちらへ迫っていた。


 他のスタッフも手伝って、救護カプセルに咲磨を収容すると、神取は、ブース真後ろに位置したグラウンド側出口を指し示す。


「出られますね?」幸乃は頷いて答える。玄関で脱いだ靴を手にしていた。


「しばらく離れます」神取は、救護カプセルの取手に手をかけながら言う。


「ええ??」秦野は目を丸めていたが、様子に気づいて姿を表した医療チームのリーダーは、「こちらは大丈夫だ。神取先生、その子は任せる」と、神取の行動を容認した。秦野の目がさらに大きく見開いていたが、神取は、構う事なく、出口に設けられたスロープに救護カプセルを滑らせ、一気にグラウンドに出た。幸乃もその後に続く。


「くそ!うちの子を、何処へ連れていく気だ!」


 一足遅く、IN-PSIDの救護ブースへと辿り着いた慎吾が、スタッフらに噛み付く。


「お、落ち着いてください!息子さんは急性PSIシンドロームを発症しています!我々の医療施設に送って……」「何!?そんな勝手は許さん!」「いや、奥様の同意を得ていますので!」「うるさい!!」


 後を追おうとする慎吾を医療チームが制止する。押し問答をしていると、別の出口が一つ、開け放たれているのが慎吾の目に入る。政府関係者と報道関係者らが、出入りの為に確保しているらしく人気もない。


「あっ!!ちょっと!!」


 慎吾は、隙を見て医療チームから離れると、血相を変えて、そちらの方へと駆け出していた。


「何なんだ?……あのオヤジ……」秦野らIN-PSID医療チームは慎吾の背を呆然と見送った。


 慎吾は、レスキュー隊の受診者の列を掻き分け、強引に突き進む。報道関係者が制止するが、予期せぬ慎吾の動きに対応が遅れ、生放送の映像にレポーターの前を横切る慎吾の影が入り込む。撮影現場から罵声が上がり、SPは身構えるが、慎吾は構わず出口へと向かった。



 広々と作られたグラウンドには、レスキュー隊、報道関係のヘリと並んで、IN-PSIDの医療ヘリが待機していた。


 咲磨の保護カプセルを搬送する神取と幸乃は、陸上競技の大会にも使用されるトラックを、ヘリを目指して咲磨の保護カプセルを転がしながら、全力疾走する。


 神取は、グラウンドへ出た時から、既に自分達を監視する別の視線に気づいていた。そして、その素性も……。


「出て来ましたね」「えっ?」


 彼らの行手に四人の男達が現れる。左と右にも手勢がいる様子だ。


 止む無く神取はその場で立ち止まった。


「せ、先生!?」


 突然立ち止まった神取に幸乃は戸惑う。


 皆、私服を纏い避難住民を装っている。幸乃が気づくはずもない。


 ……烏衆……狙いはやはり、この子か……


 距離をとっているものの、一瞬で飛びかかれるポジションをとっている。


「幸乃!!サク!!」


 後方からは、咲磨の父親が、息を切らせながら迫っていた。


「……慎吾さん!先生!?」


「ヘリまであと少し。お母さん、私が合図したら、一気に駆けてください。振り返ったりしたらダメですよ」「せ、先生っ??」


「いいから」言いながら精神を集中させていく。


 男達は、ジリジリと間を狭めている。


「待て!」彼らの脳内に女の声で命令が響く。皆、怪訝に思いながらも足を止め、神取の右側をとった、その声の主の方へと視線を投げる。


 女は、神取が臨戦体制に入っている事を見抜いた。いや、"感じ取らされた"と言った方が良いかもしれない。


 女は知っていた。神取の能力は、人の精神を攻撃できる事を。迂闊には動けない。


「今です!!走れ!!」神取は、保護カプセルから手を放し、声を張る。


 幸乃は、何が何だかわからないまま、保護カプセルを一人押して駆け出した。


 今は、神取の言葉を信じる他無かった。息子を、咲磨を守る!その一念が、幸乃の足を加速させる。


 烏衆は、その動きを読めずにいた。


 神取に気を取られた瞬間を、何の力も持たない非力な母親に抜かれたのだ。


 幸乃の動きに呼応して、救護ヘリから救命士らが駆けつけ、すぐに保護カプセルの収容にかかる。


「ちぃ!!」女は口を歪めて神取を睨め付ける。


 その神取には、神主風の男が掴みかかろうとしていた。


「貴様ぁ!!……あがっうう!?」


 慎吾の脚は、突然、ぬかるみにでもハマったかのように持ち上がらなくなった。


「な……何だ!?っく、貴様……まさか!?」


 神取の瞳が見開かれ、周囲の空間が揺れ動く。


「ほう、私の力に気づくとは……貴方もそれなりの霊力をお持ちのようだ」


 神取はそのまま、遠慮なく父親の全身の動きを封じる。


「……サクを、息子をか……返せ……」


「申し訳ありませんが。お子さんをこのままお返しするわけには参りませんね」


 いつになく冷徹な視線で、父親に釘をさす神取。


 一方で、烏衆らは、神取の背後、側面をとる形になっているにも関わらず、そのまま身動きが取れない。知らぬ間に神取の術中にハマっていたようだ。


 神取の背後は、姿なき何者かが守護している。式神と呼ばれる、陰陽師の遣う霊体であろう、肉体の目に、その姿は見えていないが、女は、その気配の正体に薄々気づく。


 その存在の霊圧は、彼女に次の一手を躊躇させるには十分であった。


「あの症例……準PSI ハザード警戒症例です」


 場を制圧した神取は、嗜めるように慎吾へ語りかける。


「この場合、対象者は法で定めるところの専門機関が保護、一定期間、監視下に置く義務があるのでね、しばらく私共で預からせてもらいますよ」


「……な……なんだと?……くっ……何者だ、お前は……」


 背後から空気が巻き上げられ、気流が彼らの周囲で荒れ狂う。救護ヘリが、時空間制御を使用しない、回転翼のみでの離陸を開始していた。


「神取先生!!」


 頭上から幸乃の叫び呼ぶ声が聞こえる。浮上しつつあるヘリから救命士が、ホイストを投げ下ろす。


「ご覧のとおり……」神取は言いながら、降りて来たホイストに手をかける。


「ただの医者ですよ」


 神取の身体が宙に浮くと同時に、その場の金縛りが解かれる。慎吾は勢いのままつんのめり、舞い上がるヘリを見上げながら、奥歯を噛み締める。


 男達もただ呆然とターゲットの去った空を見上げていた。


「何をしている!車に急ぐぞ!追うんだ!!」


 女は咄嗟に男達に命じる。我に帰った男達は、慌てて行動を開始した。


「……神取様……いったい……何を……」


 ヘリの向かう方角を確かめると、女は部下の男達とグラウンドを飛び出していった。


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