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呪いと、祈り 1

 ……あれ……ずっと……眠ってたのかな……


 ……とぉ様、かぁ様?何処!?……ここは?……何も見えない……


 真っ暗闇の中、モゾモゾとした感触が尻に当たる。野性的な匂いが鼻腔を突く。


 ……誰?……きみは??……あっ!!?……


 急に光あるところに、強い力で何者かに引き摺り出された。耳を掴まれているようだ。


 視界は赤光に包まれ、判然としない。


 ……痛っ!!?……痛いよ!!……は、離して!!……こ、ここは……


 頭上に影が伸びる。強い力に囚われたまま、高く持ち上げられると、頭上の影は大蛇であることがわかる。


 ……ここは……もしや……


 その大蛇は、巨大な口を開け広げたまま、微動だにしない。不自然なまでに赤く煌めくその瞳が、じっと自分を見つめていた。


 強い力が、何かを口ずさんでいる。


 すると、重力に引き伸ばされた首筋に、ヒヤリとした感触があたった。


 ……僕は……そういう……ことなの?……神さま……


 横一文字にその冷たい感触が一気に走ると、それは瞬く間に、燃え滾る熱へと変わる。


 その瞬間、大蛇は脱皮するかのように、動かぬ身体を脱ぎ捨て、我が身から溢れ出す、生命の証へと踊り込む。


 ……僕は……僕は、選ばれたんだね……



 血潮の如き赤光を纏う岩肌に、漆黒の影法師が踊る。影は、縄文土器を模した盃に、たっぷりと、野ウサギの形をした、憐れな捧げ物から溢れ落ちる血を余す事なく注ぎ込む。


 生命の源を吐き尽くした肉塊は、三宝に置かれ、恭しく祭壇へと供えられた。


「ご神意……確かに受け賜りましたぞ……」


 護摩の薪が崩れる音を立てたその時、大地をもう一度蹴ろうというのか、野ウサギの足が大きく伸び縮みする。だが、次第にその動きも鈍くなってゆく。


 影は盃を取る。


 盃に注がれた血が、ゆっくりと渦を巻いていた。


「そう、かずとも……盛大な祭りを執り行うゆえ……」


 盃の液面に、長く伸ばした髭と、縮れ乱れた髪の老人、森部の笑みが映り込む。


「大願成就まであと少し。やはり、あの血を欲しておられたのですな。これで、我らの怨みも晴れようというもの……」


 巌窟の"聖域"には、木箱や檻がいくつも積み重なっていた。中で何かが蠢めく気配を森部は感じながら、悦にいったように含み笑いを浮かべる。


「肴はたんと用意しておりますぞ。積年の想い、わしとともに心ゆく迄……」


 森部が、血の盃に口をつけようとしたその時。


「森部様!……教祖様!!」


 "聖域"の外から騒がしい声が聞こえて来る。


 森部が聖域を出ると、崩れた崖上の鳥居が立つ一角から、神官が二人、声をあげている。崖を伝う、聖域へと繋がる不揃いな階段。そこを降りて来ることを、彼らは許されていない。


「騒々しい!!何事か!?」森部は、不満を露わに、神官らに向かって叫ぶ。


「大変です!!御子神様が!!」


「何!?」



 ————


 時刻は、もうじき午後六時に差しかかろうとしている。


 森ノ部の郷の方は、状況調査に当たったレスキュー隊と<イワクラ>から派遣されたIMS災害調査チームにより、居住地の実質的な被害は少なく、二次被害の危険性も少ないと判断され、昼過ぎには避難解除、住民らは各々まばらに帰宅していった。


 一部水道、電力の十分な回復までは1ヶ月程度見込まれるが、非常時備蓄、及び、運び込まれた救援物資、教団の予備電源により、節水、節電でなんとか対処できると、森ノ部教団側は主張。表向きはレスキューとIN-PSIDへ謝意を見せてはいたが、救援側にしてみれば、何処となく「追い出された」感は拭えなかった。


 二時間程前、IN-PSID医療チームは、森ノ部の郷から諏訪湖に程近い地区の避難所となった公共体育館へと移動していたが、午前中とは打って変わり、この地区では、PSIシンドロームの発症とみられる被災者が、時間を追う毎に増加していた。


 体育館片隅に設置した診察ブースには長蛇の列ができている。それを、医師五人、看護師三人、支援アンドロイド二体で何とか捌いている状態だ。大半は持ち込んだPSI医療機器で対処できているが、中には重篤症状とみられるケースも確認され、<イワクラ>へのヘリによる輸送も開始されていた。


「うわ、まだ並んでる!?」若手医師、秦野が顔を上げれば、体育館の入り口の先にまで伸びる列が見えた。IN-PSIDの診察は、最初こそやや不信がられたが、一人、二人と症状が軽くなった患者が、ほかの被災者らにも治療効果を話すなどして、「クチコミ」で評判が広がったようだ。


 理由は他にもあった。


 被災者の救護にあたるチームは、いくつかの医療機関から派遣された5つのチームがそれぞれブースを作って受診に当たっていたが、最大のレスキュー隊の診療ブースでは、撮影用の室内小型ドローンが飛び交い、取材陣らしき人だかりができていた。


 防災服を纏った時の首相と、政府関係者らが受診に並ぶ被災者らに握手を求め、その度にフラッシュの光が幾つも激しい閃光を放つ。


 列の中程から受診希望者らは分断され、SPや報道関係者らがその行手を厳重に阻んでいた。そこで溢れた人達が、他所のブースへと流れている。


 秦野の口からは、ため息が漏れていた。


「次、お待ちの方どうぞ」ゲンナリした秦野の列から、神取の担当するブースへと受診者が誘導されていく。


 看護師が、患者の問診をしている間、秦野は、何気なく神取のブースを窺う。すると先程の受診者は、1分にも満たないうちに退出していく。次の受診者もほぼ同様だった。考えられないハイスピードな診察だ。


「か……神取先生!?ちゃんと診てんのか、あの人?」


 だが、次の受診者は、看護師が治療機器へと案内している。「いや……診てるんだ……やっぱり」


「秦野先生!先生!!」看護師のきつく呼ぶ声に我に返ると、秦野は目の前に座った老婆が、にこにこと見上げていた。


「あ、すみません!えっと……」看護師から渡された問診タブレットにそそくさと目を通そうとした時。


 急に診察を中断した神取が、秦野の方へ向かって来る。


「しばらく、こちらも頼みますよ」


 神取は、前置きも無しに、秦野に向かって声をかけると体育館の入り口の方へと足を進める。


「はっ!?ちょ、ちょっと!!」


 立ち上がって、呼び止める秦野の声に振り返ることもなく、神取は、人混みを巧みに躱しながら入り口の方へと急ぐ。


「はあ……」ため息を漏らしながら、神取を見失った秦野が腰を下ろす。目の前の老婆は、何事もなかったかのように、にこにこと微笑んだままだった。



「あっ……せ、先生!!ああ、よかった!」


 体育館から出た神取は、呼び止める声に気づく。午前中、森部の郷で診察した子供の母親だ。


 神取は、一時間程前、彼女からの連絡を受け、この体育館へと移動していることを伝えていた。今し方、再度、彼女らが、ここに到着したとの連絡を受けて迎えに出たのであった。


 神取はすぐさま駆け寄ると、母に背負われた子供の脈をとり、呼吸を確かめる。ひゅうひゅうと、か細い呼吸が今にも止まりそうだ。


「幸乃!!サク!!どこだ!?出てこい!!」


 玄関の方から怒鳴り声が聞こえ、人垣を掻き分けて来る男の姿が見える。神主らしい白衣に紋付き紫袴姿は、被災者らの人混みの中でも一際目立つ。


「主人だわ!!お願い、助けて!!」

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