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目覚めし者 4

「一〇……九……」アイリーンの冷静なカウントが、IN-PSID館内の関連部署に響き渡る。

 

「八……七……」

 

 <アマテラス>のメンテナンスドッグでは、アルベルトら技術スタッフらが対PSI現象化防護服の着用を進めていた。

 

「いいか、どんな状態で戻って来てもすぐに作業にかかれるように準備しておけよ! それとまずはアイツらの安全確保を最優先だ!」アルベルトは防護服を着込みながら声を張り上げ部下たちに指示した。威勢のいい返事が返される。

 

「六……五……」

 

「四……三……二……一」アイリーンとアランのカウントは時空間を超えて完全に重なっていた。

 

「PSIパルス感応、入力最大! 行くわよ!」

 

 アランがPSIパルス感応装置の入力値をMAXまで引き上げると、<アマテラス>は『赤ん坊』の真正面に躍り出た。『赤ん坊』はそれに反応するかのように一段と強い鼓動を脈打ち始める。

 

「衝撃波、来ます!」

 

「全量子スタビライザー、次元深度黒二〇! 踏ん張って!」「量子スタビライザー、次元深度黒二〇!」カミラの指示に復唱しながら応えるティム。<アマテラス>の4枚の翼が煌めき、時空間の壁を引き裂くように突き刺さる。衝撃波に煽られるも、<アマテラス>は体勢をなんとか保つ。

 

「シールド、船首に最大展開!」「了解!」直人は短く答えると、PSI-Linkシステムを通してシールドの出力を前方に集中させる。前方を示すモニターに薄い皮膜のようにシールドの発光が現れ始めた。

 

「針路そのまま! 全速前進!」「ヨーソロー!」

 

『赤ん坊」は巨大な頭を持ち上げ、ゆっくりとその瞼を開いて行く。その眼窩は深い闇……はるか集合無意識の底まで続いているのか、波動収束フィールドによる構成限界の為、激しく揺らいでいる。

 

 直人はその眼差しの奥に吸い寄せられるような感覚を覚える。

 

 ……間違いない……この目だ……ずっとオレを見てる……なぜ……

 

「これよりターゲットを『サラマンダー』と呼称する」

 

「ナオ! PSI ブラスター全門一斉斉射用意! 目標、前方『サラマンダー』!」

 

 表層無意識との同調率が上昇するにつれ、『赤ん坊』、否、『サラマンダー』の収束確率も追従して引き上げられる。『サラマンダー』は、はっきりと<アマテラス>を喰らい尽くすべき獲物と認識した。

 

 目覚めの咆哮は時空間を震わせ、熱風を巻き起こす。それは炎の壁となって、<アマテラス>に押し迫る。

 

「アラン! シールド消耗監視! ティム、このまま押し通る!」

 

「いけぇぇ!」ティムはサラマンダーの産み出す炎の壁に、<アマテラス>の舳先を突き立てた。

 

 炎と水のせめぎ合いが、爆風のように周辺時空間に広がると、亜夢の肉体にも次元を超えてその衝撃が広がり、亜夢の体もそれに反応する。

 

「シールド損耗率、九〇パーセント! まだか⁉︎」アランが声を張り上げる。

 

「オーバードライブ、セーフティ解除! 一点突破よ! 船首が入り込めばそれでいい!」「了解!」

 

 ティムがオーバードライブのセーフティレバーを引き倒すと、機関音が激しい悲鳴をあげ始める。

 

「ナオ! シールド制御を私に回して。あなたはブラスタの方を!」「は……はい!」

 

 キャプテンシートには、<アマテラス>の全操縦機能が備わっている。カミラはPSI-Link インターフェースモジュールに手をかけると、シールドの操作を直人から引き継いだ。神経が焼きつくされるような熱が、カミラのその左腕を襲う。

 

「うっ……!」痛みに耐えながら、カミラは直人がこの熱量を引き受けていたことに感服する。

 

「隊長!」直人はカミラの苦痛にすぐに気づく。

 

「構うな!」カミラは、自分を気遣っている直人を一喝した。

 

「PSI Linkフルコンタクト! 同調、八〇超過と共にブラスター発射!」「はい!」

 

 今はお互いを気遣っている場合ではない。直人は気持ちを切り替えブラスターの発射準備にかかる。PSI-Linkシステムによるブラスターダイレクト操作に切り替え、軽く目を閉じて意識を集中していく。

 

 インナーノーツは、日頃から変性意識状態に意識的に移行する訓練を重ねており、緊迫した状況下でも瞬時に変性意識状態に入ることができる。特に直人は変性意識状態に入り込みやすい。

 

 直人の意識の中に、大きな波のように押し寄せてくるエネルギーの奔流……<アマテラス>が今、同調を確立している亜夢の表層無意識の波動であることを直人は直観する。

 

 イメージの中にターゲットである『サラマンダー』とそこに重なるように照準が現れる。(正面モニターにもそのイメージが立ち現れ、直人の照準状況をモニターできるようになっている。)

 

 ……熱い……そして重い……

 

 ……これは火、情念の火……

 

 照準を絞りこんでいくと『サラマンダー』からのPSIパルスも直人に入り込んでくる。炎と水のせめぎ合い……それはまるで生と死の葛藤……

 

 ……生きたいの……

 

 ……どうして? ……死ぬの? ……

 

 ……定めだから……

 

 ふとまた聞こえてくるあの声。直人はハッとなり、自己の精神をその声に寄せていく。同じ声のようだが、二つの人格が会話をしているかのようだ。

 

 ……受け入れる……ただそれだけのこと……

 

 ……いや! ……いやぁぁぁ! ……

 

 

「シールド損耗九十八パーセント! 機関爆発寸前!」

 

 アランは<アマテラス>の耐久が限界に達していることを告げた。

 

『サラマンダー』は口腔を拡げ、<アマテラス>に喰らい付こうとする。

 

「まだよ!」カミラの一言でサニ、ティム、アランは覚悟を決め、直人の一撃に全てを託す。

 

 ……わたしは死なない! 死ぬのはおまえだ! ……

 

 ……おまえだけだ!! ……

 

 激しいプレッシャーで直人に押し迫る『サラマンダー』の波動。

 

 ……ダメだ! そんなことをしたら、キミは! ……

 

 思わずそのプレッシャーに呼びかける直人。

 

 ……!!

 

 直人の存在に気づいた『サラマンダー』が一瞬たじろいだ様な感じがした。<アマテラス>の船首でくすぶっていたエネルギーが減圧し、<アマテラス>は『サラマンダー』の口腔の中に吸い込まれるように船首がめり込んだ。

 

 それと同時に、正面モニターに表示されていた同調率カウンターが、八十を突破し、照準がロックオンを決めたことを知らせる。

 

「今よ! PSIブラスター発射!」カミラは空かさず発射指示を声高に叫ぶ。

 

「発射!」変性意識状態のまま、直人は右手でブラスターのトリガーをひいた。

 

 両舷PSI ブラスターで生み出されたエネルギーストリームは、片舷毎に渦潮のような回転を作りながら前方へと押し出され、二条のジェット水流の様な形状の光線となって『サラマンダー』の開け放たれた口からその奥へと吸い込まれていく。

 

「全速後退! 離脱!!」

 

 カミラの号令にティムは目一杯の速力で<アマテラス>を逆進させる。

 

 <アマテラス>が『サラマンダー』から離れると、その炎が次第に弱まっていく。代わりに体内から大量の水が湧き出した『サラマンダー』は、その形を保てなくなり、自ら湧出させた水の中へと溶けていった。

 

 その水は一層勢いを増し、やがてあたり一面の炎の世界を瞬く間に水の中に覆い隠していく。浄化の洪水だ。

 

「PSI現象化反応ダウン! 正常値へ移行!」

 

「バイタル急低下! 脳波、更に微弱!」

 

 亜夢の肉体は、更にエネルギーを失うかのように生命機能が低下し始め、下腹部の膨らみも元に戻り始める。

 

「ダミートランサー緊急停止! 急激な現象化引き戻しのショック症状だわ! カンフル剤投与!」

 

「真世、至急医療スタッフの応援要請!」貴美子の切迫した指示に、一瞬戸惑いを覚える真世。

 

「水槽から亜夢を開放、集中治療室へ搬送する」

 

 真世は貴美子の緊迫した表情の中、声が幾分和らいだのを感じた。

 

「おばあちゃん……それじゃ……?」

 

「ええ、やってくれたのよ。あの子達が」

 

 IMCの卓状モニターに映る映像にも刻一刻と変化が現れ始めた。海底火山群から噴き出していたマグマは次第に、色を変え、渦を描きながら海中に溶け込んでいく。

 

 その光景を微動だにせず見守っている藤川。

 

「やったのか? インナーノーツは⁉︎」その傍で東は、必至に<アマテラス>の探知を続けているアイリーンと田中に問う。先ほどのメッセージを最後に未だ<アマテラス>の行方を掴めていない。

 

「おい! あいつらはどうなってる⁉︎ IMC!」メンテナンスエリアのアルベルトは防護服に身を固め、<アマテラス>の帰還に備えていた。

 

「待ってください! まだ……」田中がアルベルトの剣幕に押され、気弱な返事を返す。

 

「くそ!」そう言いながらアルベルトは壁を叩きつける。

 

「最後につまらんヘマこくんじゃねぇぞ、ティム」

 

 

「……ん?」IMCの卓状モニターに映る光景を見つめていた藤川が流動する海底渦の中心に微かに煌めく光点を見出したその時だった。

 

「こちら、インナーノーツ、こちら<アマテラス>、インナーノーツ! IMC、応答されたし!」

 

 田中のモニターに<アマテラス>のシグナルが蘇る。

 

「<アマテラス>表層無意識域、帰還可能次元に浮上!」

 

 誰からともなく上がった歓喜の声がミッションの成功を告げた。

 

 日は天頂高く登り、IN-PSID中央の六角タワーを白銀に照らしだす。晴れやかな空の下、海は穏やかな波を湛えていた。

お読みいただきありがとうございます。


第一章前半まで投稿させて頂きました。如何でしたでしょうか?

よろしければご感想など頂けますと嬉しいです。


次からの第5話のインターバル回を挟み、後半へと続きます。

以下にて先行公開中です。こちらもよろしくお願いいたします。

アルファポリス:https://www.alphapolis.co.jp/novel/89439130/436403712

ノベルアップ+:https://novelup.plus/story/101556978

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