魂を持つもの 5
「予兆……」「どういう事だ……」「一体、何の?……」
想い想い立ち現れ、方々に散りゆく騒めきを、<イワクラ>会議室の暗がりが、なんとか押し留めていた。
「静粛に、静粛に!皆、藤川くんの話を聞こうじゃないか?」
ウォーロックは、再度、場を静めると藤川に発言を譲る。
「ありがとう……では、諸君」
藤川は、自席を立ち、資料が表示される大型スクリーンを背に、一同を見据えた。
「諸君も承知のとおり、インナースペースには、この世界のあらゆる情報が、PSI情報として書き込まれている。この地上のものも、我々の肉体の構成情報も、我々の魂も……」
「当然、我々の暮らすこの"地球"も然り……だ」
会議室が俄に騒がしくなる。
「まさか……『地球PSI情報場』仮説か?」ウォーロックが先回りをして藤川の真意を窺う。
「うむ。インナーノーツがインナースペースから持ち帰ったデータから、この仮説は、いよいよ現実味を帯びてきていると、言わざるを得ない……結論から言おう」
藤川は、一呼吸置いて、その場の一同を見渡す。
「二十年前の震災に始まる昨今のPSI特性災害、昨晩の水織川、そして今朝の地震。これらは一様にして、インナースペース深淵にあると言われる『地球PSI情報場』の変動を示している!」
藤川の発言が、会場を紛糾させる。
「なんと……」「まさか、そんな」「いや、有り得ない話ではないのでは?」「し、しかし……」
俄かに沸き立つ会議室の中で、マークは腕を組んだまま押し黙り、眉を顰める。貴美子と並んで座るハンナは、目を見開き、藤川をじっと見つめていた。
「『地球のPSI情報場』……確かに有力な仮説ではある。だが、証明された理論では無い。藤川くん、君の言う、その根拠とは?」
ウォーロックは、喧騒を他所に、藤川へ説明を求めた。
藤川は頷くと、アイリーンに資料を提示させる。先月、亜夢のファーストミッションの後、東が纏めた資料に、データを追加、補足したものだ。
「既に諸君に共有している資料もあるが……順を追って話そう」
藤川は、亜夢のファーストミッション後から開始された、インナーノーツの訓練を兼ねたインナースペース調査を順に紐解いていく。
彼らの調査は、日本近辺相当の余剰次元に限られていたが、藤川の気がかりは、二十年前のPSI特性災害の余波であった。
水織川のように、明らかに現象化を伴う傷跡を残す場所はともかく、災害の「エネルギー」が、現象化しないまま、余剰次元で燻っている可能性が、現象界側からの観測でもみられた。
藤川は、そうしたポイントをピックアップし、インナーノーツは、それらの調査にあたっていた事になる。(この間、現象界側からのサポートとして<イワクラ>は、日本列島をほぼ一周。水織川も本来はこの調査ミッションの調査ターゲットであった)
「こちらは、富士山と樹海一帯……こちらは、南海トラフの隣接余剰次元……琉球海溝……」
各地でサンプリングしたPSIパルスのデータと、<アマテラス>の"観測"によって、ビジュアル構成された映像資料を次々と表示していく。
先ほど目にした『諏訪湖余剰次元』程ではないが、現れた映像の中には、インナースペース深淵、集合無意識へと続く『PSIボルテックス』の様な場らしき影が写り込み、また正体不明の『PSIクラスター』、中には『エレメンタル』を形成しかけている存在との接触記録もある。
資料が切り替わる度、参加者同士、見解を述べあったり、驚嘆する声が上がったりしている。
「そして、これが昨晩の水織川と……今見て頂いた諏訪湖のデータだ。これらのPSIパルスから時空スペクトル分析法によって土地の物的固有成分を除去し、現象界の時空に変換したものがこれだ」
空間投影機によって、立体フォログラムで表現された各地のPSIパルスのパターンが描き出される。それらは全て、似通った波形を描き、同期して脈動していた。藤川の指示で、アイリーンはこれらの波形グラフィックを一つに重ね合わせていく。
「重なった!?」ムサーイドが目を見開いて声を上げる。
「うむ。これは各事象がバラバラではなく、ある共通する背景輻射の存在を示している。そして、これは我々の暮らす現象界の背景に存在し、絶えず干渉している……アイリーン、まずは過去60年のデータを……前に、東くんが作ってくれた資料……そう、それだ」
アイリーンは、IN-PSIDのサーバーから、データを取り出す。1ヶ月ほど前、亜夢のファーストミッションの後、内輪向けの報告資料として、東が用意したものだ。
「……少し、お待ち願おうか……」
急な会議となったため、資料の準備は万全ではなかった。藤川はアイリーンに指示しながら、即席の資料を拵える。
会議室の騒めきが俄かに増す。
「お待たせした」五分ほど経つ頃、藤川は再び口を開いた。会議室が静まるのを見計らい、アイリーンに準備させた資料を表示させ、説明を続ける。
「ご覧頂こう。これは、既に一度、諸君にもデータ共有しているが、改めて説明する。過去60年の観測データと一ヶ月ほど前に得たPSIパルスの輻射を比較検証した図だ。21年前、あの地震直前の際と、現在のPSIパルスのパターンが符合率77%。これに、ここ最近のデータと、昨日、今日のデータを加味して、再度、重ねてみたい」
藤川の合図で、アイリーンが最新のデータを加味すると、波形はお互いを吸い付け合うようにピタリピタリと符合していく。その符合率は、90%に達しようとしていた。
「ううむ……」「今は、あの大災害の直前と同じ状況だというのか……」
一ヶ月前、既に藤川や東が予測していた『世界同時多発地震』の再来……それは、明らかに現象化の兆しを強めていた。オブザーバーとしてIN-PSID本部から出席していた東は、唇を噛み締める。
「21年前との、この符合も……つまり、背景輻射が介在していたということ?」オセアニアの女性代表が、自身の理解を確認する。
藤川は、大きく頷き返す。
「……なるほど。これらの各々の事象で一致したPSIパルス背景輻射の存在……これが『地球PSI情報場』の根拠であると。さらに、近いうちに『世界同時多発地震』が再び繰り返される可能性が高まっているが、この背景にも『地球PSI情報場』が介在していると。君は、こう言いたいのかね、藤川くん?」
「その通りです。ウォーロック顧問」
「そんな!ちょっと待ってくれ!20年前の震災は、PSIの過剰利用が引き起こした、いわば人災だ!多くの実証データが示している!それを『地球PSI情報場』などという仮説を持ち出して!」マークは、怒りを隠す事なく捲し立て、口を挟む。
「可能性は無いとは言えないかもしれない……けれど背景輻射だけでは。何よりコウゾウ、貴方は、あの事故の当事者として、人の罪を背負い、誰よりもあの災害と向き合ってきた……私たちは、そんな貴方だからこそ、今日まで……」震えるハンナの声には、哀しみすら溢れている。
「ハンナ……」貴美子にも、彼らの気持ちは痛いほどわかった。これでは、まるでただの仮説に、過去の責任を転嫁するようなものだ……何故、夫はこんなことを……。
「マーク、ハンナ。二十年前の震災、あれはPSI文明の業、人の誤ち……私もその考えは変わってはいないよ」
「じゃあ……何故?」
「それは事象の一面であって全てでは無い、という事だ」
代表団を務める科学者達は、目を丸くする。
「ここ二十年ほどのインナースペースに関する知見も取り入れつつあるとはいえ、あの災害のメカニズムは、基本的には、現象化した事実から、人間の視点で、人間が認識できる範囲に限って構築したモデルが元になっている。一見、地球と人の関わりをうまく説明しているようで、あくまで人間の行為と、その結果しか対象としていない。その中で地球は、自然は、あくまでモノであることが前提なのだ……だが、果たして本当にそうだろうか?」
一同、腕を組み、藤川の真意を読み取ろうとばかりに、次の言葉を伺う。マークとハンナも口を噤む。
「……なかなか受け入れられる話ではないことは、私も承知している……だが、新しいデータを得る度、この『地球PSI情報場』の存在を認めねば、この背景輻射の説明はつかなかった……」
「あらゆる不合理を排除し、残ったものが真相である……か」ウォーロックは、母国の英雄的名探偵の言葉を思い出していた。
藤川は、呼吸を整え、毅然と顔を上げた。
「認識を改めねばなるまい……インナースペースを知った我々は、『地球PSI情報場』のサインを見た。これはすなわち、地球もまた、我々と同じ、"魂を持つ生命体"であるということだ!」
「地球の魂……」貴美子は、夫の真意が、幾らか見えたような気がして、顔を上げる。マークもハンナも、貴美子に釣られるようにして藤川へと視線を注ぐ。
「今、この『地球魂』は、現象界を巻き込んだ、大きな変化の只中にあると考えられる……我々IN-PSIDの使命は、この変化が齎す、現象界への被害を最小限に食い止めるのは勿論、同時に『地球魂』、『ガイア・ソウル』の究明に全力をあげることだ!」
代表団らは、もはや反論もなく、藤川の話に聞き入っていた。
不確かな要素は確かに多い。だが、不思議と藤川の説は、深層無意識下の何かと響き合う感覚を、その場の全員が感じ取っていた。
藤川は、目を見開き一同を見据えた。
「皆の力が必要だ!各支部へ、エントリーポート解除キーを持ち帰ってもらいたい。これより、各支部のインナーミッションを始動する!」




