龍脈航河 3
「亜夢……やってくれるの?」
『アムネリア』はカミラの問いに、静かに頷く。
アランも頷き、アムネリアの提案を受け入れることに同意した。
「所長、チーフ。この次元の観測は、非常に困難です。さっそく亜夢の能力を借ります!」
「やむを得んな……了解した。真世!」IMCの東は、カミラの上申を受け、真世へ亜夢の生命維持プログラムのスタートを命じる。
「バイタル正常、プログラム問題無し。オッケーです、東さん」
三度のインナーミッションを体験し、真世もオペレーティングシステムにだいぶ慣れたようだ。
……変に意識したら……
サニが乗船際に口にした言葉が甦り、直人はモニター越しの真世につい目がいってしまう。
……サニが余計なこというから……
直人の胸の裡が、悶々と蠢き出していた。
「よし、カミラ。こちらは準備OKだ。進めてくれ」
「わかりました。ナオ!」
「は、はい!」不意にカミラから名を呼ばれ、直人は裏返りそうな声を何とか押し殺す。
「生体トレースギアを装着、サンプリングの準備を!」「えっ……も、もう?」
「サンプリングには同意した筈よ。覚悟を決めなさい」カミラは冷徹な眼差しで突き放す。
「大丈夫。人間誰しも、やましい事の一つ二つ、いつも心の中にあるもんさ。何を見聞きしたって、皆、お前のこと、軽蔑しやせんよ」
ティムの軽口に、一同揃って頷く。
「簡単に言ってくれちゃって……」呟きながら、ダッシュボード下に収納されていたヘッドギア状の装置を取り出す。
……ったく……
渋々と、直人は装置を頭上に運ぶ。
『……他人事だよな……心の声が聞こえるってのに……皆んなして……』
一同の視線が直人に向けられる。
「……な、何?」
『な……何なんだよ?ちゃんとやってるっしょ。何でそんなに見る……』
ハッとなって装置を遠ざけ、ブリッジを見渡す。自分の心の声と思っていた音声は、ブリッジに音声変換された声だったのだ。
リアルタイムトレースは、既にスタートしていた。どうやら装着と同時に音声とビジュアルへの変換が働くらしい。出発前の慌ただしい中であったとはいえ、「被りゃいい」としか説明しなかったアルベルトに文句の一つも言いたい。
「心の準備は、まだかしら、ナオ?」
思った以上に心の声がだだ漏れだ。心象風景もサンプリングを始めれば、次第にビジュアル化されていく事だろう。
もう一度、ブリッジを見回す。カミラとアランはいたって平静だ。ティムも何食わぬ顔で、正面のモニターを見据えている。
サニは、レーダー盤を食い入るように見詰め、目を合わせないようにしているようだ。<イワクラ>とIMCとの通信モニターに目を移せば、皆、固唾を飲んでこちらを見つめている。
……真世!……
直人の視線に気づいたのか、こちらをチラリと一瞥した。一瞬、視線が重なったような気がしたが、真世はすぐに自身のコンソールへと向き直る。
……くっ……考えちゃダメだ……今はミッションに集中するんだ!……
集中しようとすればするほど、胸の裡に仕舞い込んでいた想いが、ゆらゆらと湧き上がる。
「……だ……ダメです!やっぱ、できません!!」
どうしても、トレースギアの装着を身体が拒んでいた。「ナオ……」
皆、無理強い出来ることでは無い事をわかっている。それに、直人が、頑なに心を閉ざしてしまっては、ミッションも立ち行かない。
一同は、ただ直人を見守るほかない。
「……東くん、仕方がない。トレースは一旦見送ろう。このままではミッションに支障をきたす」
藤川の一声が、膠着した空気を解き解す。
「ですが……」
トレースを中止すれば、サンプリングも出来ない事を、事前にアルベルトから説明があった。リアルタイムトレース機能は、本来組み込まれておらず、出動直前に無理矢理、<アマテラス>の音声、及び映像入力にトレースギアの出力を接続していた。そのプログラムの書き換えとハード的な「切り離し」が必要であり、ミッション中にその作業を行えば、PSI-Linkシステム全体にも影響を及ぼす可能性があった。
東は、サンプリングの機会まで失われる事に、やや戸惑いを見せたが、優先すべきはそこでは無いことも理解している。
「……わかりました。データサンプリングは、機会を改めましょう。カミラ、先ずは調査を優先だ」東も、藤川の判断に従った。
「わかりました。サニ!」「えっ、あ、はい!」
直人の心内トレースが中止された事で、胸を撫で下ろしていたサニは、カミラに不意を突かれ、上擦った返事を返した。
「PSI-Linkモニタリングを亜夢のPSIパルスにフォーカス。オートマッピングを設定!ティム!」
カミラは、既にミッション続行へと意識を切り替え、航行指示を矢継ぎ早に飛ばす。
<アマテラス>ブリッジを見守るIMCも、東と田中がミッションの行程を粛々と進める。
真世は、自席のコンソールに表示される亜夢のバイタルグラフを見詰めていた。拍動の一定のリズムは、心地良さすら感じる。
……くくくっ……残念だったねぇ……
……!!……
突然、前回のミッションで感じた、"あの声"が、再び脳裡に木霊する。
……あの男の心の裡……覗いてみたかったろう……ふふふふ……
……な、何!?……
真世は、頭を抱え項垂れる。
……隠しても無駄さ……妾には、あんたの心根がよう見える……
……や……やめて……何なのよ、あなた!?……
……くくくっ……
「真世……真世!」「は、はい!?」
東が呼びかけていた。
「どうかしたか?」「い……いえ……」
東は、怪訝な顔色を浮かべたが、直ぐに亜夢のバイタルデータからPSIパルスなど、得られる情報を余さず記録するように告げた。
真世は、度々現れる『幻聴』を振り払うかのように、二、三度頭を振ると、作業に集中していった。




