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鳴動 4

 亜夢は、前転する様な形で、ドアと反対の壁にぶち当たり動きを止める。


「亜夢ちゃん!!」「危ない、下がって!」


 駆け寄ろうとした真世を、個室から追って出てきた亜夢の主治医が止める。医師に続いた看護師の男女二人が、手にした拳銃型オーラキャンセラーを亜夢に向けながら距離を縮めていく。


 廊下の端で(うずくま)る亜夢からは、あの赤く燃え上がるオーラが立ち昇っていた。


 真世の脳裏に、亜夢が、見境なく襲いかかってきた、数日前の記憶がフラッシュバックする。反射的に携帯しているオーラキャンセラーを取り出して構えた。


 ゆらりと身を起こした亜夢。瞳は燃ゆる炎を照らす色に揺めき、豊かな黒髪がふわふわと舞い上がる。


「亜夢ちゃん、落ち着いて!」


 その声に亜夢は真世を見定め、ゆっくりと距離を縮める。


 医師と看護師らは、躊躇いなくオーラキャンセラーの引き金を引く。


「うぐぁ……ああ……がぁ…………」


 亜夢は、その場に足止めされたまま、もがき苦しむ。


「よし、いいぞ!このまま」


 亜夢の炎は、時折、薄らぎを見せ始めた。


 オーラキャンセラーの効果なのだろうか……いや、記憶は曖昧だが、オーラキャンセラーで亜夢の能力を抑制するには無理があった。先日とは何か様子が違う。真世の直感が、そう告げていた。


「……あっくぁ……か……ん…………ど……り……たす……け…………な……お……ああ!!」


「亜夢ちゃん!?」真世は、オーラキャンセラーを構えたまま呼びかける。医師らは、オーラキャンセラーの出力を、更に上乗せしようとしていた。


「待って!亜夢ちゃん!!わかる!?」


「こわ……い……な……にか……が……あっうっ……くっ……」


「しっかり!亜夢ちゃん、大丈夫!?亜夢ちゃん!」真世は、身構えながらも、呼びかけを続ける。


「は……ぁ……ああ……あああ!!あ……たし……は……あ……む……?」


「そう、亜夢、亜夢ちゃんよ!」「あ……む……」


 悶える亜夢の身体から、赤々としたオーラが徐々に消え、瞳の焔は次第に、湖面の水鏡のような様相に覆われていく。


「……そ……う……我は……」


 突然、脱力した亜夢は、その場にへたり込み、床に伏す。


「もういい、止めろ!」医師は、看護師らにオーラキャンセラー照射を中断させると、すぐに亜夢の元へ駆け寄り、亜夢の状態を確認する。


「……眠ったようだ。よし、運んでくれ」医師の指示を受け、看護師は2人がかりで亜夢を個室へと運び入れる。


「先生、いったいどうして?」真世は、その場に残っていた医師に声をかける。医師は、額の汗をハンカチで拭うと口を開いた。


「地震直後から、亜夢は寝たままだった。また昏睡の兆候があったのでな、治療光投与を通常より多めにしたのが間違いだったようだ……目が覚めたのは良かったが、彼女の、あの力まで刺激したらしく、このありさま。すまんかったな」


「いえ……亜夢ちゃん、大丈夫ですか?」「うむ……どうやら昏睡は杞憂だったようだ。しばらく結界内で安静にして、様子を見る他なさそうだ」


「そうですか……」


「あの()のインナースペースは、自我の形成と共に、日に日に変化している。我々もそれについていかねばならんな」医師は、自嘲するように微笑みを浮かべる。真世もその事は、先程の亜夢の様子から感じ取っていた。


「ええ……あれ、そういえば、神取先生は?」


 先ほど亜夢が口にした、神取の姿が見えない事に、真世はふと気付いた。


「ああ、神取君か。彼なら地震救援の医療チームに呼ばれて、とっくに出かけたよ」溜息混じりに医師は答える。


「ここに入る前に、救急の方に居たんだが、あっちにも相当見込まれているようだ。時々手伝いに行ってるからな」


「へぇ……救急も。やっぱり優秀なんですね、神取先生」「なかなかいない逸材だろう、彼は。おかげでこっちはテンテコ舞いだ。なんせ亜夢は、彼によく懐いていたしなぁ……」


 苦笑しながらぼやく医師は、看護師に呼ばれ、亜夢の個室へと戻っていった。


「亜夢ちゃん……」真世は、その場でしばらく、閉まった扉を見つめていた。


 ——


 円形に造られた水盤は、たっぷりと水を溜めたまま時を止めている。絶えず、聖水を吐き出していた九頭の竜も、今はすっかりと息を潜めたまま、まるで渇きに飢えるかのごとく、その水面を恨めしく見つめていた。


 その竜の瞳が、何かを語りかけているようだ。


 じっと眺めていると、腕に鈍い疼きを感じ、手を広げてみる。


 両手の掌に、腕の方から巻き付くように、赤々とした痣が拡がっていた。地震で目覚めてから、身体の中で何かが蠢いている感じがあった。


 ……これは……何?……


 疼きと痣の正体を、竜が知っているような気がして、そっと心の中で問いかけてみた。


 竜は何も答えない。


(さく)ぅ!……咲磨(さくま)ぁ!」


 声のする方へと顔を上げる。


 深く被った大きめの野球帽のつばが、視界を邪魔する。


「かぁ様!」


 風邪をひいたわけでもないのに、"付けさせられた"マスクの下にも、ムズムズとした感覚が現れ始めていた。


 境内へと向かう階段を、郷中の皆が、列をなしてただひたすらに登っていた。その列をかき分けて、逆走する母は、時折、ぺこぺこと頭を下げながら、こちらへ向かってくる。


 郷の消防団の避難誘導に、黙々と階段を登る彼らは、やや奥まった場所にある手水舎を気にかけることはない。列を抜けた母は、息を切らせながら咲磨に声をかける。


「もう、ダメじゃない!勝手に離れて」


「ごめんなさい、かぁ様」


 マスクに隠されてはいるが、母親には、その愛おしい我が子の笑顔がはっきりと見てとれた。


 この子の笑顔の前では、不思議と昂った気持ちが溶かされる。


「もう、咲。ズルいー。そんな顔されたら怒るに怒れないんだから……」「ふふ」


 無理矢理付けさせられたマスクも、今はよかった。きっとマスクの下にも、掌のような痣が浮かび上がっている気がする。母が見たら大騒ぎだ。


「さ、いきましょ。もうじきレスキュー隊がヘリコプターで降りてくるって!」「え、そうなの?凄い!」


 母について、咲磨が歩み出そうとしたその時、今度は首元に締め付けられるような感覚を覚え、水盤を振り返る。


 一頭の竜の瞳が、何かを訴えかけているようだ。


「どうしたの、咲?」水盤を無言で眺める我が子。何故かそれ以上、息子に声をかけるのが憚られた。


「……ねえ、かぁ様……」「……なっ何?」


「……神様も、苦しんだりするのかなぁ?」


 咲磨は、竜頭に視線を向けたまま、呟くように問う。


「はぁ?……さぁ、どうかしらねぇ」


 咲磨は時々、こういう事を口にする。母は、無自覚に顔を顰めていた。


「あ、何でもない。行こう、かぁ様」


 咲磨はそう言うと、母を促して階段を登り始めた。


 暗く水を湛えた水盤は、風も無いのにさざ波を立てる。


 すると、竜頭が一つ、次第に首を垂れ、音もなく崩れ落ち、水盤の底へと沈んでいった。


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