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鳴動 2

「東君、インナーノーツは集合したようだな」


<イワクラ>に引き続き滞在している藤川は、モニター越しのIMCの様子を窺いながら呼びかけた。


<イワクラ>は、高波を避けて地震発生時に離水、停泊海上上空、高度300メートル付近で滞空している。


 後部発着デッキには、4機の探査ドローンが並び、IMS(Inner Mission Support)甲板作業員らが、ドローンの準備を進めている。第一次調査ドローンの5機が、順次、バッテリー交換へと戻ってきていた。(ドローンに限らず、車両、交通機関の動力は、PSIテクノロジーの一つ、次元転送技術を用いた、途切れることのない電力供給による可動を実現しているが、PSI災害地仕様であるこれらの機体は、災害による影響を考慮し、インナースペースから影響されにくい通常電池をメイン、補助としてソーラーパネルを用いていた。ドローンの電池による連続稼働は三時間程)


 先発のドローンと入れ替わりで、二次部隊が順次、飛び立って行くのが、オペレーションブリッジの船窓からも見える。


「所長、<アマテラス>の修理状況は芳しくありません。二時間ほどは見積もった方が良さそうです」


「うむ……まだ深刻な被害は報告されていないが、インナースペースの動きによっては、急速な事態悪化もあり得る。出来るだけ早く状況を確認したい。アルには悪いが……」「は、作業を急がせます」


 東と藤川が、打ち合わせを進める最中、突然、電話のコール音がIMCに鳴り響く。


「なんだ?」


「あっ……」慌てた直人が、コールを止める。IMCでは、インナーミッション時は、個人の通信機器は使用できないが、今はミッション待機状態であり、電話も遮断されない。そのことを直人はすっかり忘れていた。


 そうこうしていると、コールがまた鳴り出す。


「センパイ、いい加減出たら?」溜息混じりにサニが促す。


「あ……うん……」


「誰からだ?」困り顔の直人にアランが問う。


「……え?……あっ、と……母からです」


聖美(さとみ)さん?確か、松本に……直人、出ていいぞ。きっと地震で心配になったのだろう」東は彼なりの気を遣った。モニターに映る藤川も、直人を促すように頷く。


「……すみません」


 直人は、IMCの片隅に設けられた休憩ブースに向かい、電話を折り返す。


「松本、諏訪地方も大きな揺れがあった……ご無事なら良いのだが……」直人の母、聖美は、東にとっても先輩、直哉の妻であり、JPSIO時代には、よく世話にもなったものだ。休憩ブースから聞こえる直人の声に、耳を傾けてしまう。



「もう!お兄ちゃん、なんなの!?何回電話しても出ないから、お母さん、相当心配してたのよ!……あっ、お母さん!お兄ちゃん。やっとかけてきた」


 アームカバーに内蔵された端末のウインドウには、電話に応答した妹の沙耶が、眉を釣り上げて睨んでいる。松本の実家は、見える限りでは、大きな被害は無さそうだ。奥の部屋(母がピアノ教室に使っている)から、母が駆けてくる。


「ナオ、ナオなのね!?無事なの!?」


「ごめん……朝から呼び出しがあって、出られなかった」


 モニターに覗き込む母が見える。こちらの映像が見えていない事を妹が不満そうに口にする。

 母には悪いが、こちらの映像は機密上"映せない"ということにして、切っておく事にした。


「あなた、今どこ?まだ水織川の方?」「えっ?」


「……火災もあったんでしょ?その上、地震だなんて、怪我したりしてない?」


「IN-PSID……昨日のうちに戻ってた……」「そう……そうなの……」そう答える母の声は寂しげだ。


「ちょっとお兄ちゃん!どういうこと!?慰霊祭のあと、お兄ちゃん、こっちに寄るかもって、お母さん、待ってたのに、なんでそっちに」「こら、沙耶!いいのよ」「ダメよ!」


 母と妹の言い合いは、次第にヒートアップしていく。


 彼女らの声にIMCに集った一同が振り向き、怪訝な顔で伺う。その内容こそ聞き取れていないであろうが……気づいた直人は、仕方なく音声を脳内再生に切り替える。頭蓋内に木霊するヒステリックな妹の声が、ズキズキくる。


「ごめんなさいね、ナオ」「また、そうやってすぐ謝るの、日本人の悪い癖!」


「ごめん……母さん、昨日も今日も、大事な仕事なんだ……落ち着いたら、そっち行くから……」「うん……いいの。ナオが無事ならそれで」「ちょっ……ちょっと」「やめなさい、沙耶。あなたもまた来ればいいでしょ」「お、お母さん!!そういうことは……」「また、今度。ゆっくりね……じゃあ」「うん……ごめん」


 まだ何か言いたそうな妹の声を最後に、母が電話を切った。溜息と共に、脳内の残留情報を吐き出す。相変わらず、脳内変換機能は頭が痛くなると、直人は思う。何かで知った、30年程前にはすっかり廃れてしまったという、"イヤホン"という機材を何度欲しいと思ったことか……


 休憩ブースから出た直人の気配に、再度一同の視線が集まる。


「大丈夫か?実家の方は?」空かさず、東が安否を問う。「は、はい。大丈夫みたいです」


「そうか、よかった」安堵の表情を見せた東は、続けてインナーノーツに呼びかける。


「早々に呼び出してすまなかったが、<アマテラス>もしばらく動かせそうにない。昨日の今日だ。出番まで、休憩ブース(そこ)で身体を休めておいてくれ」


 カミラが東の指示を了解すると、インナーノーツの四人は、各々休憩ブースの方へと移動してくる。


 直人の目前を、サニは何か言いた気にチラッと一瞥して通り過ぎる。直人は咄嗟に、視線を逸らしてしまった。


 サニの後をカミラとアラン、最後にティムが続く。


「まぁた、あの妹ちゃんか?」すれ違いざま、ティムが肩を叩きながら声をかけてきた。幾分、電話の声が届いていたようだ。


「ああ……」「兄貴と比べて、随分と気が強そうだこと」直人は苦笑する他ない。


「そういうコ、嫌いじゃないぜ。一度、俺に任せてみない?」「……。…………考えとく……」


 ティムは笑顔を浮かべてもう一度、直人の肩をポンと叩くと、そのまま奥のドリンクサーバーに直行した。つくづく羨ましい性分だと、直人は思った。


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