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継承 2

 直人の意識は、まるで氾濫した河川のような激流の只中に投げ込まれていた。


 過去から未来へ連綿と続く、あらゆる生命の意識の積み重ねとでもいうのだろうか?


 それらを呑み込み、母なる源へと誘う……それが『メルジーネ』という存在の本分なのであろうか?


 自らの意識もまた、その流れの中の一つの泡に過ぎないのだ……直人はそう直観する。


 ……アムネリア……きみは……きみという存在は……この全てを引き受けて……


 胸の内で何かが、その流れに共鳴し、生み出された振動が全身を揺さぶっていた。


 何処からともなくアムネリアの声が響いてくる。


 ……なおと……


 …………あの者の魂はここに居ます……


 ……アムネリア!……何処!?あの人は何処に!?……


 ……すぐそこに……


 PSI-Linkシステムによって、心象に描かれるPSI波動砲のターゲットスコープには、幾重にも折り重なって、渦を巻く水流が打ちつけてくる。無理にでも自己を意識し続けなければ、たちまち濁流に飲まれることであろう。


 …………想いを重ねて……これは、貴方にしかできない……


 ……想いを……重ねる?……


 ”レギオンの木”、あの大珠の実の中に意識が囚われたときに感じた感覚を思い出しながら、直人は、その激流に意識を沈めていく。


 ……ナギワ姫……


 自身に叩きつけてくる水流の感覚が、激しい憎しみ、怒り、悲しみ、そして恨みとなって襲いくる。それが、震災被災者らの無念であることは直ぐに感じ取れていた。


「くぅ……っ!」


 直人は、PSI波動砲のグリップにしがみ付く。全身が引き裂かれそうだ。


「ナオ、エネルギー充填120%!いつでも発射できるぞ!」アランが声を張り上げている。


 仲間の緊張が、背中にのしかかってくる。



 直人は呼吸を整え、もう一度、更なる深みに変性意識を落としていく。


 …………皆……生きたかった……


 打ち付けてくる想念の波の中に、微かにあの大珠の実の中で聞こえた声がある。直人は、そこに精神の切先を集中させる。


 ……()は皆を……この地を……守れなんだ……


 ……皆を殺したは()……


 声に集中していくと、直人は喉元を押し潰されるような感覚を覚え始める。


 ……()は……()の定めを呪う……


 ……皆よ……呪え……愚かな……この()を……


 激しい痛みが喉元を襲う。それが何度も何度も繰り返す。


 ……大珠よ……愛おしき、()の地……()らが(たま)よ……


 …………()(たま)を喰らい…………


 ……黄泉がえりたまえ……


 拳銃型PSI波動砲発射装置のグリップが、べとりとしたものに包まれ、赤黒く染まった何かが滴り落ちる。


 ………大樹に実る果実のごとく、古き衣を脱ぎ捨てる蛇のごとく……幾度も生まれ変われ…………


 ……………遥か永き時を生き長らえたまえ……


 再び喉元を襲う鋭利な痛みが、熱を帯び拡がっていく。


 ……な……ナギワ姫!!……


 直人は、心象のターゲットスコープ中央に、不意にその姫の姿が浮かび上がる。


 巨大な翡翠の原石であろう大岩に、半身が水に浸かったような身を預け、青緑の光が宿る瞳を煌々とさせながら、自身の首元に鋭利な黒曜石の刃を突き立てていた。


 飛び散った血飛沫は、大岩を濡らす度に、まるで砂に染み込む水のように吸収され、岩の中の翡翠が暗緑の妖光を放つ。


 ……なぎ……わ……?…………


 血に塗れたナギワ姫の見開かれた青緑に灯る瞳が、直人を捉える。


 ……もういい!もういいんだ!……


 ……()を呼ぶ、うぬは……(たれ)か……


 ……貴女の魂を……送りに来た!……


 ……送る……?……だと……



 心象の中で直人は、PSI波動砲のターゲットを姫が身を寄せる大岩に絞り込んでいく。


 ……あの木……あの実の中で、オレは感じた……


 ……貴女の本当の想い……願い……



 …………それは、その翡翠じゃない!!…………


 直人の呼びかけに、ナギワはゆらりと身を起こすと、ふわふわと波打つ髪を逆立て、血塗れの首を振りかぶる。


 ……黙れ……


 ナギワが頭を一振りすると、その長い髪が直人を襲い、全身に絡み付いていく。


 直人の心象と同期して、特異点の中央に残る木の枝が無数に枝分かれしながら伸び、<アマテラス>に絡みついてくる。


 ブリッジの軋みと共に、ホログラムのアムネリアが、苦痛に顔を歪める。


「くっ!ナオ、どうした?PSI波動砲はまだ!?」堪らずカミラが叫ぶ。皆の視線が直人に集まる。


『……大丈夫……信じて……なおとを……』


 発したのは、ホログラムの『メルジーネ』だった。その清らかな声は、インナーノーツと彼らを見守る一同の焦燥を、たった一言で鎮めていった。


『なおと……』



 ……わかったようなことを……


 ナギワの髪が、直人の身体を徐々に締め上げ、直人の意識を探り回していく。


 ……ふっ……ふふふふ……はははは!!……


 ……そうか、うぬも同じか?……


 ……なれば!共に祈り、呪うがよい……大珠様がうぬの穢れも、過ちも……


 ……皆、喰らってくれようぞ!……


 ……うぬのその穢れが、大珠様の力となるのだ!!……


 翡翠の大岩が一際、青か緑か血の色か、いずれともつかぬ妖光に彩られる。直人は、その背後に奇妙な気配を感じていた。


 …………わかる……わかるよ……


 ……オレも……オレだって……そうやって……


 …………いたほうが……楽になれる……


 ……けど!……


 ナギワは、直人の意外な返しに僅かな怯みを見せた。


 直人は、心象の中で絡め取られた腕をなんとか持ち上げると、再びPSI波動砲の照準を大岩の妖光へと当てていく。


 ……けど……オレは……


 …………まだ、死ねない……


 ……犠牲にしてしまった……


 グリップを握りしめ直す。


 ………あの人達を弔い……あの人たちの願いを引き継ぐ………


 ……………貴女の願いを、現象界に継なぐ!!……そのためにも!……まだ、死ぬわけには!!……


 目の前の、奇妙な男の心は、今にも折れそうな、張り詰めた弓のようだった。ナギワには、その脆い心が、手に取る様に見えていた。


 だが、どういうわけか……そのギリギリで踏みとどまり、ナギワの誘いを跳ね除けていたのだ。


 ……なんだ……うぬは……何なのだ……


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