継承 1
「PSI波動砲、目標『レギオン翡翠巨岩部』!船首共振フィールド展開、ターゲットPSIパルスデータリンク!」
直人は、PSI波動砲発射装置のグリップを握り直し、グリップ側面のPSI-Linkモジュールに左手を添え、ターゲットに意識を注いでゆく。
<アマテラス>船首共振フィールドが形成され始めると、それに感応したのか、特異点の中央にのめり込んでいた古木の人影が、はっきりと形を現し始めた。逆に、辛うじて見え隠れしていたターゲットとなる巨岩部は、その背後、特異点の奥底へと沈み込み、時空間の闇の中に包み隠されていく。<アマテラス>の狙いが、巨石である事を感じとっているかのように……
「くっ!ターゲットのPSIパルス微弱!!ナオ、共振フィールドが形成されない!」アランのコンソールに示されるターゲティング同調率が、急降下していく。
目の前の人陰は、次第に浅黒の肌の女性を形作る。
簡素ではあるが、清廉な巫女装束らしきものを纏い、管玉と勾玉からなる首飾り、大振りな耳飾り、そして胸元には若草模様を描く大珠を身につけている。容貌は判別しづらいが、髪は波打ち、彫りの深い顔立ちのようだ。南海の海洋民族のような力強さと情熱的な印象がある。
現在の美的感覚からすれば、個性的ではあるが、所謂「カワいい」とされる部類の女性像である事は間違いなさそうだ。
「ナギワ姫!!」直人は、PSI波動砲発射装置を両手で握りしめ、付随するPSI-Linkモジュールを通して、精神を集中させながら目標の巨石を探る。
ナギワの姿形を現わした、特異点の中央部がゆらゆらと身を揺らす。すると、胸元の大珠の若草が、戸愚呂を巻く暗褐色の蛇のような動きを見せ、その中央部から無数の触手状の霊体を撒き散らす。『林武衆』によって操られていた『みずち』と似通った存在だ。
「前方、PSIクラスター反応!!多数!!」サニが即座に反応するも、<アマテラス>には回避も防御も有効な手立ては残っていない。
咄嗟にカミラは、キャプテンシートからトランサーデコイを連続発射し、ありったけの弾幕を張る。デコイに幾分食らい付くが、大半は弾幕を突破して襲いくる。<アマテラス>の船体に取り憑くと、『みずち』の群れが、船体を包む水の羽衣を侵食を始める。
……っうううっ……ぐっ……
「アムネリア!!」
ホログラムに投影されるアムネリアに、一つ、また一つと『みずち』が食らい付く。『林武衆』の術にはまった時とは違い、いたずらに『みずち』の侵食を許しはしないが、圧倒的な大群の前にアムネリアの力も徐々に削がれていることは、明らかだ。
同期して、<イワクラ>、及びIMCにも投影されていたホログラムも散り散りに乱れ、加えて、通信状況も悪化する。
「『メルジーネ』のPSIパルス、変調!!」
「真世!」アイリーンの報告に、藤川は、通信端末を起動して真世を呼び出した。
夢とも現実ともつかない、暗中を彷徨い続けていたようだった。そう、きっとまだ、眠っている。まだ、もう少しだけ、眠っていたい……
そんな欲求を打ち砕く目覚めのアラームが頭の中で反響する。
「真世!!」祖父の緊迫した声は、微睡から怠けた意識を引き摺り出すには、十分だったようだ。
ふと眼を開けると、白衣の長身の男が、ベッドを覗き込みながら、治療光を絶えず微調整している。ベッドに横たわっているのは、亜夢だという事はすぐにわかった。
「……神取……先生、あ……あたし、どうして?」
「真世さん?……おや、電話、よろしいんですか?」
真世の指輪端末が、連動して細かい振動音を立てていた。
「す……すみません…………あ、もしもし、おじいちゃん?」反射的に腰掛けていた丸椅子から立ち上がり、部屋の隅の方へ移動しながら電話に応答する。
「真世、亜夢は!?亜夢は大丈夫か!?」「えっ……亜夢ちゃん……え……えっと……」
記憶が混乱している。確かインナーミッションに参加していたはずなのに、何故、亜夢の寝室に?……ああ、そうだ、確か、亜夢の一方の魂、『メルジーネ』がミッションに入り込んでいて……それで……それで……
「真世!?」「……は、はい!?」
「代わりましょう」「えっ??」いつの間にか背後に立った神取が、混乱する真世の掌に形成されたディスプレイを操作して外部出力モードに切り替える。
「……せ、先生!?」目を丸める真世を尻目に、神取は真世のディスプレイを覗き込むと、藤川に呼びかけた。
「君が……神取君か?」「藤川所長とお見受けします。ご挨拶が遅くなりました」「う……うむ」
インナーミッションはまだ公然の技術ではない。藤川は、<イワクラ>のオペレーションブリッジを映し出している通信を音声のみに切り替えた。
「申し訳ないが、我々の機密技術の絡んだ件でな。音声のみで失礼する」「構いません。亜夢さんはご心配なく」
神取は、真世の肩越しに、ディスプレイを覗き込むようにして応答する。
顔が近い。耳の縁に神取の吐息を感じる。頬が仄かに熱を帯びていた。悟られまいと、咄嗟に真世は反対側に顔を背け視線を落とす。それを気にする風もなしに、神取は祖父と話を続けた。
「主治医の方針どおり、治療光投与でケアしています。"身体の方"は、落ち着いて来ています」
藤川は、神取の言い回しに引っかかるものを感じたが、今はそれどころではない。
「そ……そうか。では、引き続きその子の付き添いを頼む」「ええ」
「神取先生」神取には聞き慣れた声が、電話の向こうから呼びかけてくる。
「医院長、ご一緒でしたか?」
「詳しく言えないけど、もしかしたら、容態が急変するかもしれない……その時には、私にすぐ連絡を」「わかりました、こちらはお任せください」
間もなく通信が切れる。
「あ……ありがとう、ございます……何だか、ちょっと動転しちゃって……」「動転?」
「い、いえ……」
「……亜夢さんの容態は安定していますが、まだ注意して診ている必要がありそうです。真世さん、手伝ってください」「えっ……あ、はい」
真世は、記憶の混乱を一旦、傍に置き、神取の指示に従って、亜夢のケアに取り掛かる。
「神取先生に任せておけば、身体の方は心配ないわ」「うむ」妻のお墨付きだ。亜夢の肉体に関しては、今は神取に一任する事にし、藤川は意識を目の前のミッションに戻す。
『メルジーネ』のホログラムは、乱れたままであったが、亜夢と瓜二つの顔には、次第に強い意志が現れ始めていた。
……哀れな……この者らは我が……
……なおと…………貴方は、貴方の成すべきことを……
……我が……貴方の眼となります……
アムネリアは、再び眼を閉じ、『みずち』の群れに掻き乱された精神を統一していく。<アマテラス>のPSI-Linkシステムを通して、直人にアムネリアの知覚が流れ込む。
……なんだ!?これは!!……
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今日から第三章、最終話です!是非、最後までお楽しみくださいませ。




