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煉獄 4

 ……林武……其方達は……死してなお、そのようなこと……御所への未練か?……


 ……笑止!!……


 拳を打ち込んでくる坊主頭の僧侶は、生前、格闘技に精通していたのであろう。生身の肉体同士であれば、骨から砕かれたに違いないその一撃も、霊気が分散しかかった霊体では、神取の相手ではない。片手で拳を受け止め、念じると、坊主頭の霊体も形を崩しながら吹き飛んでいく。


 ……御所になど、未練など無いわ!……


 ……くっ!?……坊主頭を相手している間に、神取の背後に回った神主風の亡霊は、神取を羽交締めにせんとばかりに組みついていた。正面では、最後の力を振り絞る老法師が、霊力を錬りあげる。


 ……だが、御所には……


 …………他に行く場もない……あの子らが……


 神取は、苦悩に歪む老法師の念の中に、ありし日の記憶が見え隠れする。


 右も左もわからぬ小さな子供達が、集められ、過酷な訓練に晒されている。それを見守る林武の姿。


 脱落し、命を落としていく子供らもいた。慟哭を隠しながら見送る。


 やがて成長した子らは、御所の諜報部『烏衆』へと配属され、世界各地へと散ってゆく。


 その中でも有能な、次期、林武衆候補となる九名に名を授ける。そのうちの一人は、『臨』と呼ばれていた。今、目の前にいる、彷徨える魂、臨は、かつてはこの子供達の一人だったようだ。


『臨・兵・闘・者・皆・陳・烈・在・前』


 煩悩と悪霊を滅し、災いから身を守るという、九字の印に因んだ名。林武の長は、その九名に一人一人の個性を鑑み、また過酷な御所の任務を無事に全うできるようにと、願いを込めて名を選ぶ。子供達は与えられた名を嬉しそうに何度も反芻する。


 烏は、番号や定められた符合名で呼ぶのが慣例。独自に名を与えるなど、これまでの御所ではなかったことだ。


 ……『烏衆』に名を……朝臣殿……貴方は……


 ……貴方達の想い残しとは……


 ……ふん、笑うが良いわ!……神取!!……


 想いの丈をぶつけるように、老法師は力を放つ。力を失った神主を払い除けるのは、造作もない。そのまま神取は、老法師の放った念を切り捨てるべく、印を切る構えをとる。


 ……生きるのです……司……


 その一瞬、記憶の裡に呼び起こされる声。母の最期に聞いた言葉だっただろうか……


 構えたまま、神取は老法師の念を受け止めた。それはただ、生暖かいだけの温もり。既に、彼らの霊力は尽き果てていたのだ。


 …………笑え、など……笑うことなど……なぜできようか……


 ……か……神取?……


 …………親とは……人の親とは……そのようなもの、なのであろう………


 林武衆の一同の崩れた霊体が、心なしか生気を取り戻したかのように顔を上げ、神取を見上げた。


 ……なれど!……不意に荒げる神取の言霊が、亡霊達を揺さぶる。


 神取は幾分、語気を和らげて続けた。


 …………子とて、我が親が、死してのちも永劫の苦しみを背負い続けるなど……望みはせぬ……


 冷徹な物言いとは裏腹に、老法師は、神取の気配が微かに揺れ動いたのを感じ、はっと何かに気づいて彼を見やる。


 ……神取……其方……


 ……もう参られよ……貴方達のことだ……逝くべき先はおわかりのはず……


 林武衆に背を向けたまま、神取は諭す。


 ……神取、貴様、わかったような!……


 臨と呼ばれた若者の亡霊が、せめて一打、報復しようと進み出るのを老法師が止めた。


 ……止めよ……臨……もう良い……


 ……義父(ちち)上!……


 振り返り見れば、義父とその同志らにも穏やかな笑みが戻りつつあった。臨は、振りかぶった錫杖を力なく落とす。


 ……其方の言うとおりよの……神取よ……


 ……朝臣殿……



「……あれは……沢山の人の魂が……」


 前方モニターを監視していたティムが声をあげた。


 巨木の焔の中に数多の想念が、形を顕に、炙り出しのようになって浮き上がる度に、焼き尽くされ、白き光となって中空へと消えていく。


「……行き場を無くした魂を呼び、穢れを清め……天へと導く……翡翠の大珠に、その祈りを託していた……」


 直人は、捕らえられた大珠の実の中で、感じとっていた感覚を何とか言葉に換えて伝える。


「……でも……まだ苦しんでいる……あの人は……」


「あの人?」カミラが怪訝な顔つきで問う。


「ナギワって……聞こえた……悪霊なんかじゃ……なかったんだ……大木は、あの人の願いの形……『レギオン』の本来の姿…………」


「翡翠……ナギワ……?」モニター越しに聞こえる直人の言葉が、藤川には引っかかる。


「……沢山の人を……巻き添えにして……くっ……しまったことを……あの人は……でも……あの人の……本当の想いは…………!?」何かに気づいた直人は、不意に顔を上げる。


「何だ!?」同時にアランが声をあげた。


 その声に皆が顔をあげると、モニターの中で、急に風向きが変わったかのように、炎は上昇を止め、大木を中心に渦を巻き始めた。インナーノーツ一同は、目を見開く。


 直人は、再び胸の裡のざわめきを感じていた。


 ……まだ……終わりではない……なおと……


『アムネリア』という名で認識している存在の声が聞こえた気がした。


 ……あの人じゃない……あの人の想いに喰らい付いていた……別の何か……



 異変は、神取や林武衆の霊が留まる時空間(<アマテラス>のいる時空間から幾分ズレがある)にも波及してくる。


 ……うっ……くっ……


 …………ぬうう…………


 ……何だ、この重苦しい霊威は!?……


 神取と林武衆らは、霊力を集中し、自らを持って行かれぬよう踏ん張るが、霊力を使い果たした彼らは、次第に引き摺られていく。


 ……うわああ!!……


 ……臨!!……


 臨の霊体をなんとか引き留める林武衆ら。


 ……やはり来おったな……ヤツは現世を諦めはせぬ……


 ……ヤツ!?……


 …………古より地脈に潜む……何かがおる……我らは…… 其奴に……


 ……神取、あれは其方でも手に余る!……


 確かに維持限界が刻一刻と迫る神取の念体も、ただ立ち尽くし、自身の形を保つので精一杯だ。肉体へ帰還しようにも、下手に動けば忽ち念体を持って行かれそうだ。


 ……我らが……残された力で盾となろう……その間に戻るがよい……


 ……朝臣殿!……何故!?……


 ……言ったはず。同僚の……よしみじゃて……


 老法師は、ニヤリとした表情を霊体の顔に作って見せると、神取に背を向け、僅かばかりの結界を展開する。


 ……ぬうう……


 ……長!!……


 ……お供仕る!!……


 坊主と神官が加勢に加わる。


 ……くっ……神取!……臨と呼ばれた霊体は、神取に背を向けたまま言霊を投げつけてくる。


 ……お前に頼める義理でないのは百も承知!……


 ……なれど…………義弟妹(きょうだい)らを……頼む!……


 そのまま振り返ることなく、臨は彼らの術の一部に加わった。四人の霊体が一つに重なり、光り輝く障壁となって、引力の前に立ちはだかる。


 神取は、自らの念体にのしかかる力が軽くなるのを感じると、直ぐに意識を亜夢の病室に残る肉体へと指向し始める。


 ……我らが林武の誇り、生き様!全てこの一念に!!……


 ……しかとその眼に刻め、神取!!……


 …………かたじけない……林武衆……


 ……さらばだ!!……


 神取は、ただ元の肉体へと意識を集中することで精一杯だった。薄れゆく異界の光景の中で、林武衆の光の輝きが膨れ上がり、砕けちる。



「……!?……義父(ちち)上……」


 兵は、何かが胸の奥深くに触れた気がして、顔を上げた。


「ん、如何した……兵?」訝しげな眼で、風辰翁が伺ってくる。


「い……いえ……」


 兵はモニターへと視線を戻す。モニターの異界船の活動の様子からは、とうとう林武衆の形跡は、あの言霊と護符の他、何も見つけることはできなかった。


 だが、兵は悟っていた。


 ……逝かれたのだ……


 万感の想いが込み上げてくるのをひたすらに胸の底に留める。


 異界船の活動はまだ続いている。何かの引力源のようなものに捕まって身動きが取れないようだ。


 すると、モニターの映像が不意に乱れ始めた。

 兵の配下のオペレーターらが、すぐに調整にかかるも映像が安定しない。


「何事か?」不愉快そうにオペレーターへ問いかける風辰翁。


「……義眼装用者の脳波が乱れています。そろそろカメラの使用限界時間に達します!」


「構わん!そのまま続けさせろ」風辰は、オペレーターへ不満をぶつける。


「し……しかし……」


「義眼カメラと付随する秘匿転送システムは、使用者の視神経と脳にかなりの負荷をかけます。これ以上の使用は危険かと……」兵は、狼狽するオペレーターに代わり説明する。


 睨みつける風辰翁に臆することなく、兵は淡々と続けた。


「ここでムサーイドに倒れられでもしたら、IN-PSID側に義眼カメラが露顕する恐れがあります。ここは一度、引かせた方が無難です」


「…………ふむ……尤もだな。良かろう」


「はっ!ムサーイドに諜報活動の停止信号を!」


 兵は直ちにオペレーターに命じる。風辰翁は、立ち下げられようとしているモニターに、黙したまま眼を見開き注視している。


 映し出されるモニターの中で、<アマテラス>と <イワクラ>、IMCが、古木を包み込むように突如形成された、"時空歪曲場"への対処を模索していた。


「……地脈が、ざわめく……か……やはり、残された時は少ない」


 風辰翁が溢した言葉に、オペレーターへの指揮にあたっていた兵は耳を奪われる。


「……異界船……この難局乗り切ったなら……いずれまた逢おうぞ」


 間もなく、インナーミッションを映し出していたモニターは、音もなく暗転した。


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