突入!インナースペース 5
「……時空間転移……」
藤川からふと言葉が漏れる。
「如月君! 今の発作のレコードから深層無意識からのPSIパルス発信座標を特定できるか?」藤川は振り返りながら、モニターの方へ言い放った。
『バッチリ採れてますよ! そちらに転送します!』如月から即答がある。IMC田中の担当するナビゲーションシステムにすぐさま座標データが送られてきた。
「その座標へ時空間転移を強行。転移明けと同時に同調回復し、深層無意識の目標を捕捉、可能な限り表層無意識との同調を高めたブラスターによる沈静化措置を行う」
藤川は、口早に新たなオペレーションプランを提示した。
「所長、リスクが大きいのでは? 転移明け後、表層との同調を回復させるには、転移中も表層と最低でも五十パーセント程度は同調をキープさせながらになります。転移中は<アマテラス>は無防備。もしその動きを深層無意識に察知されたら……」東はすぐさま藤川の立案したプランのリスクをつく。東にとって、インナーノーツのリスクコントロールこそ、最も大切な仕事の一つである。
「確かに問題はそこだ……要はタイミングとPSI バリアの耐性にかかっているのだが……」
『それなら何とかなるかもしれんぞ』通信モニターに割り込んで立ち上がる、もう一つのウィンドウに技術部長アルベルトが現れた。<アマテラス>メンテナンスドッグのコントロールルームからの通信だった。
『<アマテラス>とのやりとりはこちらでも聴かせてもらっていた。色々と不安な点もあったんでな』アルベルトは唐突に切り出した。
「おいおい、盗み聴きとはやるね。おやっさん」ティムが突っ込む。『人聞き悪いこと言うなって』アルベルトは苦笑しながら返す。
「アル……何か良い手があるのか?」
『こんなこともあろうかと……』得意げな笑みを浮かべながら続けるアルベルト。
『……というか、船首の装備が間に合わなかったんでな。その埋め合わせなんだが……』
「もったいつけないで早く説明してくれよ」ティムにとってアルベルトへのツッコミは反射反応なのであろう。
「船首装備の空きスペースにPSI 精製水の増槽タンクを設置しておいた」
「はぁ……よりによって水ぅ? そんなん、何かの足しにでもなるの?」サニが期待外れだと言わんばかりに反論する。
「いや、待て……これはかなり使えるぞ」アランはアルベルトの思惑を見抜きつつあった。
『そのとおり。PSI 精製水は適当な情報をインプットすれば、大体のものに応用できる。特にインナースペースの中ならなおのことだ』通信に加わる全員の視線がモニターのアルベルトに向く。
「コイツでシールドを作るのよ」
アルベルトは、<アマテラス>に仮設増設したPSI精製水増槽と船首装備射出口、またこの射出機構まで機関から伸びた、エネルギー伝導管の図面を展開しながら説明する。
増槽タンクは、主に第一PSIバリアの消耗、及びPSI反応炉のトラブルに備えて、その際のエネルギー源とすることを想定して設置していた。インナースペース突入時、その推進燃料としても使用している精製水であり、増槽タンクはその五回分を蓄えているそうだ。
また、これをエネルギー弾として船首装備の射出口から打ち出し、いわゆる『武器』に転用する事も想定していたらしく、シールドはこの応用で実現できるという。
「こいつを<アマテラス>に送ってくれ!」
アルベルトはそう言うと、即席で組み上げたパラメーターコードのデータをIMCへ転送した。アイリーンは言われたとおり、そのままそのコードを<アマテラス>へ転送する。
『そのコードで、PSIバリア第三層に、船首発射口から船尾にかけて、流体運動を付加する。あとは、発射口から精製水に射出データをインプットしながらリークさせれば、船体をすっぽり覆うシールドの出来上がり、ってな寸法だ』
「時空間転移への影響は?」藤川は十分有効性を認めた上で、懸念点のみ訊ねる。
『誤差範囲だろう。ま、やってみんとわからんがな』
「うむ……」藤川の瞳に力が宿る。
「表層意識の侵食状況からみても、迷っている余裕はない。皆、直ちに準備にかかってくれ」
「はい!」IMCのアイリーンと田中は、直ちに準備にかかる。
「貴美子! 転移時の発作に備えてくれ。最大出力で現象化を抑え込むんだ。設備を潰しても構わん」藤川は彼の妻をまっすぐに見据えながら指示を加える。
『やってみるわ、コウ!』そう答える祖母の目は、祖父の目とそっくりだ……真世はそう思わずにはいられない。
<アマテラス>も時空間転移に備え、行動を開始した。
「第三PSIバリアパラメーターコード入力! 流体運動開始!」「船首装備への閉鎖弁開放。射出データ入力、PSI精製水、リーク開始します」アランと直人は連携しながらシールド形成作業を進める。
「船体表層に収束反応。シールド形成確認!」
<アマテラス>の船体を波立つ水の皮膜が包み込んで行く。風に吹かれる湖面の如く、船首に開かれた扁平な六角の口から溢れ出た光放つ水泡の一粒一粒が、意思を持つかのように、船首から船尾にかけ煌めきを放ちながら踊るように流れていた。
「おやっさん! ナイスアイディア!」
「綺麗〜」
その様子を船体内部側から映し立つブリッジモニターの光景にティムとサニは思わず声を上げる。
暫し俯いていたカミラもその声にふとモニターに視線を戻した。
「続いて時空間転移に入る。……いいな、カミラ?」アランが穏やかな口調でカミラに確認する。
「え……えぇ」
アランはいつもどおりの鋭い眼差しでカミラを見つめている。しかしその表情はどこか柔らかい。カミラはその眼差しを暫し見つめると、アランに軽く微笑み返し、顔を上げた。
「インナーノーツ、こちらの準備は完了だ!
あとは頼むぞ!」通信モニターから東の檄が飛ぶ。
「了解。<アマテラス>、これより時空間転移により目標座標へ向かいます!」カミラは凛として答えた。
「目標座標入力、時空間LV3 相対時空座標11—10—0.8!」
アランは自席の操作パネルに向き直り、着実に準備を進めていく。
「本丸へ切り込むわよ。皆んな、覚悟はいい!?」
カミラは仲間に問いかけながら自分に言い聞かせていた。サニが、ティムが、直人が、そしてアランがカミラに引き締まった笑顔を返す。
皆の命、預かる。カミラは無言の笑顔で返した。
「同調復元! 時空間転移、開始!」
"水の羽衣"が一層うねるように波立つと、太陽の女神は再び黄泉の闇へとその身を押し込めてゆく……
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