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汝等ここに入るもの、一切の望みを捨てよ 4

 神取の『念体』は、目眩のような感覚に襲われていた。幾多の時空間を超越する存在と対峙してきた際の感覚に近いが、その比ではない。


 一瞬のうちに身を捩じ切られるような感じだった。肉体と繋がる細い霊子線を辛うじて繋ぎ止める。


 ……なおと!……


 神子の震える声が、神取の意識を引き戻した。


 ……く……これは……まさか「相関伝心」……あの青年の心と神子の相関があるというのか?……


 かつて修行時代に教わった知識を、神取は思い出していた。一度、何らかの作用で強力に結びついた魂同士は、それぞれが宿る肉体がたとえ大きく隔てられていても、瞬時にお互い相関を維持しつつ共有し合う事が起きる。親子や双子の兄弟など、主に肉親同士の間に稀に見られる事があり、「虫の知らせ」などもこの類いの一つだという。


 ミクロの世界において、2つの粒子が強い相互関係にある状態で、一方の粒子の状態が他方の粒子へと距離の隔たりによらず伝播するという「量子もつれ」という現象が知られているが、これとよく似た事が魂の間にも起こるという事だった。


 ……なるほど……これならば結界程度で遮られるはずもない……か……


 神取はあたりを見回す。


 廃屋のような場所だが、その像は絶えず揺らいでいる。常人であれば、吐き気を催すやもしれない光景だ。


 ……『異界船』は?……ん!?……


 神取の目の前に、迷い込んだ白い鳥のようなものが、廃屋を奥へ奥へと進んで行く。


 ……あれか?……


 神取の念体は、神子に連れられ、既に<アマテラス>の作り出す波動収束フィールド内に足を踏み入れていた。(施設結界のデータを基にフィールド形成しており、後から入り込んだ神取も神子も<アマテラス>には認識されていない)


 なるほど、玄蕃が言っていたように、この力場には強力な『召喚』作用が働いているようだ。霊体の身であるにもかかわらず、窮屈な肉体のような枷を感じる。「異界船」に察知されようものなら、この場に瞬時に「もの」となってその姿を晒すだろう。


 神子はこの力場を警戒して、『彼』との距離をとったようだ。彼女の能力であれば『彼』の間近に出現もできたであろう。だが、それはこの仮初の物理現象場において、下手をすれば質量と質量の衝突を生み、互いを傷つけ合ってしまう恐れがある。


 ……だが、どうしたことだ、あの小ささは?……


 神子の意識と共にある神取は、神子が通常世界で感じ取っている尺度でこの空間を認識していた。従って、スケール調整した<アマテラス>は、彼等と同等程度のサイズになっていたのである。


<アマテラス>は長く伸びた通路の先で進路を変え、壁の陰へと姿を消してゆく。


 神子は、宙を舞い、何かに駆り立てられるように後を追う。


 ……神子!……


 呼び止めようとするも、先程から生臭い腐敗した水と、朽ちた骸のような臭いを念体が感じとっている。それは次第に濃厚になっており、念体であるにもかかわらず、息苦しささえ感じていた。


 ……確かに、急いだ方が良さそうですね……


 顔の前面を上から下へとさっと手を走らせると、「雑面」が形成され、神取の念体の顔を覆い隠す。『異界船』にはまだ勘づかれていないようだが、用心のためだ。そうする間に、神取の念体も宙空に浮き上がると、浮遊したまま神子に続いた。



<アマテラス>は、先程、現象界でドローンが侵入したルートをトレースする様に、ゆっくりと進む。


 研究所の様相は、揺らぎがありながらも<アマテラス>が同調した「半年前」の時間軸に沿っている。施設のインナースペース情報は、結界が感知している情報を基に構成しているが、結界が感受できていない建物深層部は、先の失われたドローンから送られていたPSI観測情報を合成し、<アマテラス>と「インナーノーツ」らの自己観測で補完する形でなんとか構成していた。


「ティム、構造物との接触に注意して。インナースペース蓄積情報でも、波動収束フィールド内で収束している限り、現象界と同程度の強度があると思って」「了解!」


「特に、あの異質PSIパルスの影響をまともに受けている……現象界の空間、物質構成情報以外の次元混入もあるかも知れない。サニ、全周スキャン、十分警戒してくれ」アランが補足する。


「はぁ?もう、どうやれってのよぉ」サニは不満を露わに、一向に砂嵐に乱されるレーダーを、リアルタイムスキャンが可能なレベルに解析感度を上げ、何とか読み取れる程度になるまで調整を続ける。



「<アマテラス>、精製水処理区画入り口に到達!停船しました!」研究所見取り図にマッピングされていくプロットを確認しながら、田中が声を上げた。


 じきにIMCと<イワクラ>に、<アマテラス>からの映像が送られてくる。厳然たる『門』とも言うべき扉が目の前にその姿を見せている。


 緊急時の処理区画からの脱出用に設けられたという扉……


 幼い直人が、この向こうにあるものにあるものを求め、彷徨い込んだ扉……


 20年間開け放たれたままの扉の内側の空間が、混沌の歪みを禍々しく描いている。地獄の怨嗟が、その異臭を<アマテラス>に容赦なく吹き付けているかのようだ。


「Lasciate ogni speranza, voi ch'entrate(イタリア語--汝等ここに入るもの、一切の望みを捨てよ--)」


 忌まわしき門に刻まれているという詩の一節が、ハンナの震える唇を通して溢れ落ちていた。


「扉内、時空深度計測……最深推定レベル5、だが計測可能域限界値だ……それよりも深い可能性もある」


「<アマテラス>潜航可能域限界近く……でも進む他ない」カミラは胸に隠した何かを握りしめ、自らを鼓舞するように声を張る。


「アラン!ミッションタイムリミットは?」


「残りちょうど30分」「短期決戦で決める。第3PSIバリア、扉内領域変異空間に同期!」アランはコンソールへ向き直り、即座に作業にかかる。


「ナオ、ここにもマーカーを打つ!6番準備!」「6番発射管、開く!」


「サニ、出来るだけ安定した座標を特定!」「えっと……特定しました!座標コード、0-4-7-0!」


「ターゲット座標、0-4-7-0、マーカー、射出!」「マーカー、射出!」


 放たれたマーカー弾は、扉上部で壊れた姿を晒している『PSI HAZARD』警告灯に突き刺さる。


「PSI バリア、同期開始確認!」


「出力増幅、針路そのまま。行くわよ!」


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