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汝等ここに入るもの、一切の望みを捨てよ 3

 研究所跡地の結界は、玉虫色の繭を紡ぎながら、内側へと垂れ落ちてくる。その繭糸の糸目を押し広げながら、<アマテラス>が次第にその姿を顕した。


「波動収束フィールド、スケール拡大補正!倍率25」


 波動収束フィールドのスケールを拡大する事によって、研究所跡地が<アマテラス>のサイズに比して拡大し、<アマテラス>はヒトと同等サイズになる。やや大型のドローンといった具合だ。


「降下角20、アラン、IMCとの通信状況は?」


「結界中継基地と繋いだ。だが、さらにこれを外側の天蓋結界コントロールと中継する事になる……良いとは言えないな……ましてや、この異様なPSIパルス反応の中だ」


「レーダー解析率も低下しています!まるで磁気嵐よ」突入からこの方、チリジリと乱れるレーダー盤をバンバンと叩き、サニは不満をぶつけている。


「だから……そんなことしたって治らないから!壊れるわよ。やめなさいって」「もう!」と、もうひと叩きして、渋々隊長の苦言に従う。機器は叩けば治るという信仰は、サニにとっては意外と根深いようだ。


 ティムは、先程、調査ドローンが侵入した正面玄関付近で停船させる。もっともここは通常時空間の背後に潜む、インナースペース。時間軸の揺らぎが建物を揺らいで見せている。


「結界に強反応があった時間帯が顕著に収束しているようだ。差し当たり、19年前の結界建設後、間もなく。それと現時間。その間にも波はあるが絶えず反応がある」


 インナーノーツの一同はモニターに波打つ景観を見つめながら、アランの状況報告に耳を傾けている。


「特に強い反応は、半年前だ」


「<イワクラ>から報告のあった……何者かの侵入?」「ああ、関係ないと考える方が不自然だろう」


 カミラは小さく頷く。


「所長、チーフ!」顔を上げると、乱れたモニターに映る藤川と東に声をかけた。


「<アマテラス>はこれより、半年前の強反応に時間軸同調し、追跡を継続します」


 藤川と東は頷き同意を示す。


「妥当な判断だ。田中!<アマテラス>のトレースに細心の注意を」「そうしたいところなんですが……」


 東の指示に答える田中は歯切れが悪い。


「何だ?」「みてくださいよ。これじゃあ……」


 田中のモニターもまた、磁気嵐のようなノイズに掻き乱されている。東は、コンソールの調整ダイヤルを右に左に回しながらチューニングを試みるも状況は改善しない。


「所長、<アマテラス>のトレースはかなり厳しいですね……このままミッションを継続するのは……」結界が破られ現象界に異変が波及すれば、どれだけの被害が出ることか……これは退けないミッションなだけに、東も言葉を濁す。藤川もしばし口を閉し、思索を巡らせていた。


「コーゾー、アレを使ってみないか?」彼らがやり取りするモニターに割って入ったウィンドウが声を上げている。<アマテラス>ドッグ制御室に居るアルベルトだ。


「多元量子マーカー?テスト中じゃなかったのか?」藤川はアルベルトの言わんとする事にすぐ気付く。


「ははっ。今がそのテストだ」アルベルトは笑って答えた。


「おっ!?さっすが、困った時はおやっさん、真○さんってか?」と発したのはティム。


「真○?誰、それ?」ジト目のサニに、ティムは乾いた笑いを立てる。


 ……「真○さん」って……「波動砲」もあるのに……そのワード出しちゃだめじゃん……メタメタじゃん……内心そう思いながら、直人は背中にヒヤリとしたものを感じる。次元を超えた創造主に、文句の一言でも言ってやりたいものだ。


「その、マーカーとは?何なのです?」


 カミラも説明は受けていなかった。


「ああ。ファーストミッションからこれまで、通信状況が悪くなったり、切れたりがしょっちゅうあっただろ?何とかできないかとコーゾーから相談受けてな。開発にあたっていたものだ」


 アルベルトは、資料を展開しながら説明する。トランサーデコイに時空間通信の増幅リレーと、座標記憶装置のユニットを、デコイのPSIパルス発振ユニットと換装して組み込んだもので、同射出機から発射が可能となっている。これを航路上に付設しておく事で、<アマテラス>と現象界との通信PSIパルスを増幅しながら、時空間を跨いでリレーできるという。


 また、この実体弾を包み込むPSIバリア展開用のPSI精製水量で、稼働時間(最終的にマーカーがインナースペースのPSI情報に還元されるまで)をコントロールでき、最大2週間程度の稼働が見込まれている。これは、長期化するミッションを想定したもので、マーカーの信号を辿れば、一度帰還して再突入した際に、同時空間座標へと復帰する事も容易になるという事だ。


「アラン。左舷のトランサーデコイ射出機をテストモードに。それで4発装填できる」「了解、確認する」アランはさっそく確認作業に入る。


「おいおい、随分と準備がいいじゃねぇか?」やや悪態づいたティムの言葉に、一同、確かにとばかり頷く。


「明後日の性能検査でテストしようと準備していた試作弾さ」


 アルベルトは得意気に鼻を鳴らす。なお、実際には弾に注入するPSI精製水は、設定時間に合わせて<アマテラス>PSI精製水増槽から必要分注入して使用する設計だが、試作弾には予め精製水が注入されており、効果時間は1発あたり約30分という説明を付け加えた。


「だが4つきりだ。それに性能の保証もできん」


「とにかく試してみましょう。アラン」「準備はできている」


「ナオ、左舷デコイ、5番発射管開け!」


「5番発射管、開きます!」「施設の入り口正面に付設する。サニ、座標データを」


 サニから転送された座標データが、直人のコンソール照準に入力される。


「マーカー、照準固定!」「射出!」


 デコイ発射管から放たれたマーカー弾は、まるで重力に従うように放物線を描き、広く間口がとられた玄関のテラスへと突き刺さる。


「マーカー信号確認。時空間通信を再チューニングする」


 マーカーを介した通信は、船内と通常空間とのタイムラグが多少あるが、マーカーの増幅機能により通信もだいぶクリアになり、磁気嵐状の乱れの中で<アマテラス>の時空間座標も的確に捉える事が可能となった。


「いい感じじゃないか、おい!さっそくデータ採らせてもらうぞ」アルベルトが嬉々として作業にかかる気配がブリッジまで伝わってくる。


「ったく、おやっさんにとって俺らはモルモットかねぇ」ティムは両手を天井に向けながら肩をすくめる。


「この先でドローンが消息を経っている。十分、警戒しながら進んでくれ」


「了解です、チーフ。皆んな、第一種警戒体制で進む、監視を厳とせよ!」



 直人の左手が添えられた、翡翠色の半球の底から、まるで<アマテラス>の体内を透視するかのように、見つめる眼差しが、ゆっくりと直人の顔を仰ぎみる。


 愚かにも、自らの巣穴へと足を踏み入れる獲物……食すには、ただ待てば良いのだ……

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