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汝等ここに入るもの、一切の望みを捨てよ 1

 騒然と自席から立ち上がる真世の気配に、東と田中が振り向く。


「……真世、どうした?」


「あ……東さん……こ……ここに……」何かに怯えながら自席のコンソールモニターを指さす真世。東と田中は怪訝そうに駆け寄ると、モニターを覗き込む。


「ん、解析が終わったのか?」「えっ?」


 真世がモニターに視線を戻すと、ちょうど直人のPSIパルス診断結果が出たところだった。


「精神汚染の心配はなさそうだが……やはりだいぶ乱れてるな」東は言いながら、自身の腕時計を確認する。


「ミッション完了予定まで、長くてあと40分……直人にもそのくらいが限界かもな……」


 真世の見た能面のような顔はすっかりモニターから消えている。見間違えだったのだろうか……?


 ……くくく、ちょいと脅かしすぎたかねぇ……


 ……まぁ挨拶はこの程度にさせてもらうよ……


 真世が微かに鼻腔の奥に感じ取っていた白檀の香りが、自身の体に吸収されていくように消えていく。反射的に口と鼻を手で覆う。


 ……気のせいじゃない……何なの!?……



「あっ!センパイ」


<アマテラス>ブリッジを映すモニターから、直人の回復に安堵するサニらの声が聞こえてくる。


「カミラ、直人の様子は?」


「はっ……」「大丈夫……です」東の問いに答えようとしたカミラの言葉を遮り、直人は身を起こしながら答えた。


「隊長……すみ……」「もういいわ。いけるの?」今度はカミラが、直人の言葉を遮って問う。


「はい……」



「ちっ、美女二人の介抱付きってか」<イワクラ>オペレーションブリッジで、事の経緯を見守っていた如月が、苦々しい顔でくだを巻く。男ばかりのブリッジスタッフもその言葉にニヤケ顔を晒す。


「いい気なもんだ……はうぅ!!」如月の濁声は、鳩尾に決まった齋藤の裏拳に遮られた。


「みっともない……いい加減にしな」


 齋藤の剃刀のような言葉の刃は、身体を丸めて悶える如月を尻目に、ブリッジの男衆の顔を引き締め直した。



「うちの女性達は……どうも手が早いな」先程のサニとティムが脳裏をよぎった藤川がつい、言葉を漏らす。


「あら……殿方が余計な一言が多いのでなくて?」貴美子は、夫の方を見やるともなくその言葉をさらりと受け流す。藤川はひとつ、咳払いをする。


「……ごもっとも」豊かな髭の下に、モゴモゴと隠すように呟きを漏らした。



「アイリーン、このまま直人のモニタリングデータをリアルタイムで中継できるか?」東からの要請に、アイリーンは直ちに中継回線を確認する。(インナースペースを利用した通信は、大容量かつほぼ瞬間の通信が可能であるが、データの現象界とインナースペース間での変換には変換装置のスペックにより、それなりに時間がかかる)


「PSIパルスパターンはデータ量が大きいので……そちらとの通信だと、3分おきなら」「それでいい。やってくれ」「了解」



「真世」アイリーンとの通信を終えた東の呼びかけに、真世ははっとなって調子外れな返事を返した。


「どうかしたか?」「い、いえ。なんでもありません……」


 東は真世の様子を怪訝そうに伺っていたが、それ以上、追及はしなかった。


「直人のデータが3分おきに送られてくる。君はデータを都度解析、異常があったらすぐに報告だ」「わ……わかりました!」


 真世は、自席に戻るとさっそくデータの受信を確認する。


 ……風間くんのデータ……


 押し黙ったままそのデータが表示されるモニターを虚げに眺める。あの能面が再び現れることはなかった。


 ……風間くん……



<アマテラス>のブリッジに、再び緊迫した空気が戻ってくる。同調感度は落としたままであり、モニターは朧げな何かの像を映し出してはいるが、それが先ほどまで映し出されていた風景なのか、あの死霊たちなのか……この仮初の「安全地帯」からは何もわからない。


「サニ、結界のデータサンプリングは?」


「さっきの収束反応でばっちり採れてます!」


「なら戻る。ナオ!」


 直人のコンソールモニターから、操作ロックの表示が消える。


「やはり貴方に任せるわ」


 直人が振り向くと、カミラは軽く微笑んでみせた。


「隊長……」


「身の振り方は自分で決めなさい」


 直人は軽く俯き、気持ちを整えて顔を上げると、正面に向き直った。


「戻った途端、また"さっきの"に出会す可能性もある。直人、PSIブラスターの準備を。ティムはすぐに高度修正!」カミラは船体各部の簡易チェックを手早く進めながら(船底部のダメージも、ミッションに支障のない軽傷と確認できていた)指示を飛ばし、モニターをざっと確認し終えると同時に顔を上げた。


 直人も心を整え、先程は拒んだPSIブラスターに、改めて意識を乗せる。


「行くわよ!同調復元!」


 再び、波動収束フィールドの靄は色味を取り戻し、意味ある形が再構成されていく。あの死霊らの大半は、先程の得体の知れない"触手"によって連れ去られ、残りは行き場なく彷徨っている。再び彼らの頭上に出現した<アマテラス>に気づく気配はない。


 ティムは高度を下げながら、突入ポイント正面へと<アマテラス>を誘導する。


「"さっきの"も居ない?今がチャンスね。サニ、結界のサンプリング照合。念のためもう一度確認して」「了解。……大丈夫、サンプリング、同期とれてます!」「オッケー。アラン、PSIバリアへデータ入力」


<アマテラス>の表層が、研究センターの結界と同期しながら玉虫色に揺らぐ。


「状況からして、さっきの収束体(PSIクラスター)が異変の元凶。"ヤツ"を追う。微速前進、結界へ突入!」


 結界は、先ほどまでの激しい揺らぎが収まり、たおやかな表情を見せていた。まるで<アマテラス>の侵入を待ち侘びているかのように……。


 ……誘っている?……


 あの"触手"のような怪異は、研究センターの奥底で、獲物を虎視眈々と狙っている。獰猛で冷酷な捕食者の瞳が、自分の心の動揺を見つめているようだ……微かに震え出すPSIブラスターにおいた左腕に、直人は押さえつけるように力を込めた。


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