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突入!インナースペース 4

「<アマテラス>との通信は⁉︎ まだ回復せんか?」藤川の声も焦りを隠せない。

 

「依然、空間変動のため、通信波をキャッチできません!」

 

「インナーノーツ……」東は力無く呟くしかできなかった。

 

 

 <アマテラス>は海底から伸びる『手』に執拗に追いかけ回されていた。

 

「アラン! 現在のPSI パルス同調率は?」

 

「六十七パーセント! ……先程から、どういうわけか上がり続けている」

 

「アラン、同調率セーブ、二五下げ! 波動収束フィールドを維持できるギリギリまで落として!」「了解! 同調率、赤二五!」

 

 波動収束フィールドが変動し、モニターに映る像がピントのズレた写真のようにブレていく。輪郭のボヤけた『手』は目標を失い、<アマテラス>の舷側スレスレを掴む。

 

 行き場を失った"手"は、そのまま火球群に戻ったかと思うと、海水に溶け込むように消えていった。

 

「エネルギー反応低下! 腕状収束体、消失……助かったぁ……」サニが安堵と共に報告した。

 

「……やはり……」カミラは一連の動きから自身の推測の確信を深める。

 

「通信信号キャッチ! IMCからだ」

 

『インナーノーツ! 無事か⁉︎』アランがメインモニターに通信映像を投影すると、食い入るようにこちらを覗き込む東の顔が現れた。

 

『チーフ。なんとか……無事です』カミラの答えに東は安堵の表情を見せる。

 

「何があった?」東の隣から、藤川が落ち着いた声で問いかけてきた。その声とは裏腹に、額には薄っすらと汗が滲んでいる。

 

『"手"の化け物に襲われたのよ! 怖かったんだから!』サニが憤慨したように状況を報告した。

 

「"手"?」

 

『波動収束フィールドで形成された収束体です。我々を追いかけてきました』訝しむ東に、カミラが冷静に答える。

 

『"手"……ですって?』そこにもう一つウィンドウが立ち上がり、貴美子が会話に入ってきた。通信は彼女のいる保護区画にも共有されていたようだ。

 

『今やっと落ち着いたけど……今回の発作は激しかった』

 

 貴美子は、先の発作で、亜夢の腕から発火のような現象が起き、その"手"で、全身をかきむしっていたことを伝える。

 

 カミラも成り行きの詳細をIMCと保護区画に詰めているスタッフらに報告した。

 

「……つまり、深層無意識が、表層域を侵食している。そういうことだな」

 

 報告を聴いた藤川は、カミラの推察を言葉に現す。

 

『おそらく……』

 

 一同は暫しその結論に口をつぐむ。事は想定以上に深刻だった。

 

「……って、どういうことでしょー?」案の定、サニはよくわかっていない。

 

『深層無意識に押しやられた抑圧されたエネルギーが、表層無意識、つまり『心』を侵し始めているのだ……』藤川が簡潔にまとめる。

 

 表層無意識は、魂次元の最外層にあたり、脳や人体の各器官とPSIパルスにより直接結びついており、意思や行動の源として、人のパーソナリティを決定づける、いわば人体のOS。

 

 PSI心理学が体系化されると、『心』とは、インナースペースと肉体の橋渡しとなる無意識の表層と定義された。(通常認識している『意識』は、この時代、脳が司る現象界の認識に対する反応である思考、感覚、感情、直感の機能は『心』とは別とされ、『心』はこれらを背後から制御していると考えられている)

 

 一方で深層無意識は『個』として成り立つ基盤を成す層であり、魂の核となっているが、表層無意識がパーソナリティを形成する過程で、いくつもの可能性の情報がこの次元に留め置かれる。また、その更に深い次元となる集合無意識域と絶えず密接に時空間情報をリンクしており、そこから流れ込む膨大な情報から『自己』の魂、『セルフ』を定義づける情報を構築し、また『自己』に不要な情報に対して防波堤の役割も担っているらしい。

 

 表層と深層の無意識域に明快な境界は無く、通常、この二つの層で一つの魂を形成していると考えられており、深層のエネルギーが表層に作用し、パーソナリティや身体に重大な影響を与える事(時に心身の崩壊を招く。これがPSI シンドロームの大まかなメカニズムと考えられていた)はあっても、深層の無意識が表層の無意識にあたかも別の意思を持って攻撃的なアプローチを加えるケースは珍しい。

 

「表層無意識との同調率が上昇したのも、侵食が進んで行き場が無くなった表層無意識が、この船を拠り所にしようとしたのでしょう。それに食いつくかのように収束体が襲ってきました」カミラが結論の根拠を肉付けする。

 

「あ、それで同調率落としたら追って来なくなったわけね」「デコイに食いつかなかったのもそれか……」確認するように呟くサニと直人。

 

「でも、それじゃ自分で自分を侵食するようなもんだろ。そんな事あんの?」「あり得なくはない……」ティムの素朴な疑問にカミラは答える。

 

「……それに……」そこまで言ってカミラは、俯くようにして不意に言葉を区切る。幾分短めのボブスタイルにまとめた、艶のあるブロンドの髪が彼女の表情を覆い隠した。

 

「……深層無意識に居るのが自己とは限らない……」独白するかのように呟く。

 

「?」ティムはカミラの様子に疑問を感じながらもそれ以上口に出る言葉がない。

 

「カミラ」アランは気遣うように彼女の名を呼んだ。その声にハッとなるカミラ。

 

 アランは、カミラの方を向き、静かに首を横に振る。直人、ティム、サニの三人はその二人のやり取りを怪訝そうに伺った。ただ、カミラがジャケットの上から何かを握りしめているのに直人はふと気づく。

 

 

「所長……どうしますか?」東は藤川の判断を仰いだ。

 

「うむ……」東は続ける。「深層の無意識にアクセスするには同調率を再び上げていく必要があります。しかし、同調率が上がれば、<アマテラス>への攻撃も再開するでしょう」

 

『肉体の発作もまた起きるわ……生体維持システムも限界よ……』貴美子が補足する。

 

 藤川は、通信モニターに背を向け、無言でIMCの中央にある卓状モニターに映る、ビジュアル構成された亜夢の心象風景を見つめた。

 

 微動だにせず凝視している。頭の中でいく通りものシミュレーションをしているのだと、貴美子はモニター越しの夫の背中からすぐに理解した。

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