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閉ざされた街 3

 強風にはためく幾枚もの織布のように、此方を捕らえれば此方がまた靡く……コンソールに図式化された結界の捉え所のない揺らぎにサニの苛立ちは募る。


「あーもう!!」サニがウェーブの髪を無造作にかきあげたその時、ブリッジを衝撃と警告音が襲う。


 地上にいたはずの死霊らが一人、また一人と<アマテラス>の翼、上甲板、センサー周りなどにしがみついてくる。この想念場に重力の縛りはないのであろう、自らが想起した場へとある程度自由に瞬時に移動できる者もいるらしい。


 大抵の者は<アマテラス>表層のPSIバリアに弾かれて、元いた地上へと戻るが、また次、また次とその一団は徐々に膨れ上がっていく。気づけば、背後モニターには、地上から<アマテラス>へ向かう、「死霊の柱」が出来上がりつつある。


「サニ!早くするんだ!あの数に取りつかれたらひとたまりもないぞ!」アランはサニに作業を急がせる。


「そ……そんなこと言ったって……」焦るサニは余計に作業が滞る。


「時間を稼ぐ。ナオ、トランサーデコイ、1番から4番、地表へ向けて発射準備」「デコイ、発射準備!」


「運動アルゴリズム、ランダム。1番から4番、順次、てぇー!」「デコイ、発射します!」


<アマテラス>の左右後方ウイングの付け根から、順次発射されたトランサーデコイ弾は、直ちに垂直降下し、地を這うように<アマテラス>の固有PSIパルスを発しながら四方へと飛び去る。それに釣られた死霊らが数体姿を消すと、「死霊の柱」は一時崩れ"落ちる"。(重力的な作用ではない。彼らが反射的に落ちると想起するから地上に戻される。生前の肉体的記憶が「落下」の現象を作っている)


 だが、次の瞬間には、先程までの柱に肉付けするかの如く膨れ上がり、容赦無く<アマテラス>へと距離を縮めていく。


<アマテラス>も第二、第三波とデコイを発射するが、イタチごっこの程にしかならない。しかも死霊達はすぐに学習したかのように、もはやデコイに騙されることさえなくなり、<アマテラス>本体に肉薄する。


「まだなの!?サニ!!」結界の揺らぎは先程から何かに反応しているのか、一層激しくなる。


「無理、無理、無理!!無理よぉ!!こんなのぉ!!」あまりに揺らぐ図表に、サニは目を回しながら嗚咽感すら感じ始めていた。


「とにかくやる!!」カミラは一喝する。


「チーフ、このままでは!PSIブラスターを!」「!?」カミラの判断に東は目を丸める。


「良いのか、カミラ?この状況で死者の霊を撃てば……」「彼らの魂情報に変質をもたらしかねない……でも、こんなところに縛りつけられているのは、彼らも本意ではないはず!」言いながらカミラは、何かに祈るように胸元に潜ませたモノを握りしめていた。アランは、カミラの覚悟を理解し、口を閉ざす。


 PSIブラスターは、インナースペース内に蓄積される「存在情報」に働きかける強力な力だ。対人ミッションであれば、その対象となる魂からもたらされる情報と<アマテラス>の相互リンク「PSI-Link同調率」によって効果が決まる。魂がその変化を望み、それに寄り添うことで初めて効果を生むのである。


 だが、今の状況は、死霊の個々の魂とのリンクはない。下手をすれば、一方的に死者の魂を傷つけ、冒涜する可能性を孕んでいる。インナーノーツの基本的なスタンスとして、生者であろうと、死者であろうと、その魂に寄り添う……それが最優先ではあるが、この状況は倫理の議論をする余裕を与えてはくれない。


「……!やむを得まい。使用を許可する。よろしいですね?所長!」


 東はカミラの判断を支持した。藤川は瞑目し、沈黙を守る。


「所長!!」


<イワクラ>ブリッジのスタッフ、そしてIN-PSID各支部代表らの視線が藤川に注がれる。

 彼の判断が、今後のインナーミッションの一つの指標となっていくことは、間違いないのだ。


「……彼らに引導を渡すこともまた……我々の使命か……」


 藤川は目を開き、静かに頷いてみせた。


「よし!使用を許可する!急げ、カミラ !!」


「はっ!ナオ、PSIブラスター全門開放!結界突入まで、彼らを寄せ付けるな!」


「サ……PSIブラスター、全門開放……エネルギー伝導開始……も……目標、後方霊体群」


 脈打つ胸の鼓動を押し殺し、直人はPSIブラスターの照準を合わせこんでいく。


 ……助けて!子供がいるの!……


 ……見捨てないで……


 ……何やってんだ!……早く降りてこいよ!……


 ……お腹すいたよぅ……痛いよぅ……


 PSI-Link システムモジュールに置いた左手に、直人は彼らの救いを求める手が絡みつく感覚を覚える。


「PSIブラスター、撃ち方始め!!」


「くっ……ブラスター……」


 直人の心象に死霊の柱となった者たちの一人一人の顔が浮かび上がる。この人達の命を奪ったのは……


「ナオ!急いで!!」直人が躊躇う間にも、彼らは<アマテラス>へ襲いかからんばかりに彼我の距離を狭めていく。


「できません!!」PSI-Link モジュールを硬く握り締めながら、直人は俯く。


「ナオ!?」仲間達の視線が、直人に注がれる。


「助けを求めているんだ……あの人達は……」


「しっかりして!!彼らはその想いに縛られているから、こんなところで苦しみ続けているのよ!」


「わかります……けど……撃てば、あの人達の魂だって……オレは……もうこれ以上、あの人達を傷つけたくないんだ!」


 直人の叫びが、<アマテラス>のブリッジを凍りつかせたのも束の間、再び警告と衝撃が襲いくる。


「喰いつかれた!」PSIバリアの変動から、アランは死霊らに取りつかれたことをすぐに悟る。


「くっ!PSIバリア、最大出力!弾き飛ばせ!」


<アマテラス>の船体の煌めきが増す。幾らか死霊らを弾き飛ばすも、効果は然程ない。


 騒然となる<ブリッジ>を固唾を呑んで見守る他ない、IMCと<イワクラ>。その中にあって、如月は苛立ちを隠せない。通信モニターの前へと進み出ると、ひび割れた怒声を直人に浴びせかけた。


「さっさと撃ちやがれ!へっぽこエース!仲間を殺す気か!?」


「リーダー……」如月がここまで怒りを露わにするのは、IMSのメンバーにもそう覚えがない。


「お前の仕事は何だ!?今、生きている人達を守る事じゃねぇか!?死人に引き込まれてんじゃねぇよ!」


<アマテラス>ブリッジを揺すらんばかりの怒声にも直人は反応せず、俯いたまま頑なに拒む。

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