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閉ざされた街 2

 光のカーテンは、水飴のように伸びながら<アマテラス>を包み込む。


「出力、黒2。このまま突破よ!」カミラの発令をすぐに実行に移すティム。結界からの抵抗はほとんど感じられない。


<アマテラス>が出力を上げると、内側に伸びきった結界の膜は、彼女を抱き抱え続けるのを諦めたかのようにふと手放す。伸び切った部位は縮み、結界の一部へと戻っていく。


<アマテラス>は突破の勢いそのままに、結界内を滑空していった。


 結界内は、仄暗い濃霧に包まれている。その一部は現象界でも視認できるほどであったが、この次元では更に濃度が高い。鉛色の霧が<アマテラス>に纏わりつき、モニターに映し出される視界を瞬く間に奪う。視界だけでなく、霧は強い引力を伴い、<アマテラス>を更なる次元の深みへと徐々に引き摺り込もうとする。


「強引な招待ね。いいわ、潜りましょう!アラン!」カミラは意を決する。


「第3PSIバリア、時空間連続シフトモードへ。深度設定LV2。サニ、波動収束フィールド、自動同期で展開。監視、しっかり頼む」


「りょーかい、副長!」


「何が出るかわからん。気をつけて進め」現象界から確認できているのは、天蓋結界内に残った3機のドローンが収集したデータのみ。件の研究施設跡地を中心に、現象化し得る可能性のある、強力な反応がある事くらいしかわからない。気休めにしかならない言葉だと、東は自分の言葉に苦々しく口を歪めた。


「ナオ、PSIブラスター、及びトランサーデコイ、準備!不意の対処に備えて」「はい!」


 結界内に侵入した<アマテラス>を追跡していたドローンの超空間カメラの映像から、<アマテラス>の像が、次第に濃霧の中へと消えていく。


「<アマテラス>、次元潜行開始!ドローンの超空間カメラ、補足限界です」アイリーンの報告と共に、<アマテラス>は完全にドローンの映像から姿を消す。


「次元深度……1.5……1.8…………」サニが次元潜行状況を刻一刻と告げる。「次元深度LV2に到達!」


 モニターの霧は、もはや暗闇となって<アマテラス>を覆い尽くしていた。


「何も見えねぇじゃねーか!」ティムはモニターの闇に不満を叩きつける。


「波動収束フィールドは?」「感応はあります……ですが自己観測では……」サニは戸惑いながら答えた。


「カミラ、先程収集した結界データをPSI-Linkシステムへ入力。結界が感知したインナースペース情報で波動収束させるんだ。自己観測より確かなフィールド空間構成ができるはず」藤川が助言する。


「了解!アラン」藤川の助言をアランはすぐに実行した。


「よし、結界PSIパルスとリンク形成できた。サニ、もう一度、チューニングを」「はい!」


 波動収束フィールドが徐々に濃霧を意味のある形へと再構成していく。


<アマテラス>の真下に道路が幾つか浮かび上がる。渋滞が道を埋め尽くしている。


 前方からいく筋かのひび割れが地を走り、分断された道路には車が数台嵌まり込んでいく。


 その後方には玉突き事故。彼方此方から立ち登る黒煙。


 音声に変換された、けたたましいサイレン、泣き叫ぶ声、苦痛にうめく声、怒声……


 IMCにも共有されたその音声と映像に、真世は思わず耳を塞ぎ、モニターから顔を逸らしてしまう。


 一方、市街の中央の方へ目をやれば、街を貫く河川は荒れ狂い、堤防を越えて、周辺の家々を押し流している。河川の水は異様な発光と共に、あり得ないほど水嵩が増す。普通の河川の氾濫ではない。何らかのPSI現象化反応を伴っているようだ。可能な限り高いところへと逃れた避難者をじわりじわりと追い詰め、容赦無く飲み込んでいく。


 この地に尚も呪縛された被災者らの叫び、引き裂かれた大地の叫びが、今も結界に刻みつけられている。インナーノーツと<アマテラス>が捉えた光景を共有する全ての者が、言葉を失う。


 この街は、あの地震当日そのままに、輪廻をひたすらに繰り返しているのだ。


 亡くなった者はもとより、生き延びた者でさえも、この日、この時に意識を留めおくならば、時として結界を超え、忽ちにこの瞬間へと引き込まれる。肉体は生きたまま、死霊らと共にこの想念場を彷徨うことだろう。


 まさに『地獄』とは、こうした世界を言うのであろうかと、その場の一同は、各々の宗教観を超えて、感覚を共有していた。


 PSI-Linkシステムモジュールから僅かに逆流してくる数多の死者らの想念が、直人の"原罪"を撫で回していく。


 直人が肩で何とか呼吸を整えようとしているのは、離れた後席のカミラにも見てとれた。


「同調感度下げ。赤2」


 カミラの指示に、アランが応じようとしたが、直人の発した声が、彼の手を止める。


「……だっ……大丈夫です……このまま……」


「ナオ……」


 受け止めたい……否、受け止めなければならない……あの人達の無念を……


「このまま……"あの場所"へ!」


 直人は、自分を奮い立たせるように言い切ると、顔を上げる。


「ナオ……」カミラは、直人の覚悟を受け止めると、凛として顔を上げ、声を張る。


「座標修正、急げ!目標地点へ向かう」


 水織川研究センターは、天涯結界のおよそ中央に位置する。川の氾濫と地割れに襲われた市街地よりやや離れた郊外に位置するが、天翔ける<アマテラス>であれば数分もあれば到達できる距離だ。


 研究センターあたりは、震源地にも関わらず、市街地よりも被害は少ない。地盤強度、水害コントロールの観点から建設場所を選んでいたことを物語る。また、施設内、及び周辺には避難所となる施設もいくつかあり、街から避難した住民らが、震源地となったこの施設付近の方へ押し寄せてくるという、奇妙な形となっていた。


「……あの病院……」<アマテラス>が捉えた映像に、見覚えのある建物を認めた貴美子が声をあげた。市街地と研究センターの中間あたりに位置した、水織川総合病院である。


 当時、貴美子が勤めていた病院であり、多くの被災者の収容にあたった。研究センターで負傷した藤川や、急性PSIシンドロームに陥った直人を受け入れたのもこの病院だった。


 貴美子は、三人目の孫を産んだ前後から体調を崩しがちだった実世の診察のため、幼い真世ら三人の孫を連れ、病院に来ていた。彼女らは、そこで被災したのだ。


 災害拠点病院であり、被害も少なかったため、忽ち市街地から逃れてきた被災者らが、病院の周りに群がっていく。モニターにはその様子が生々しく映し出されている。だが、受け入れは重症者が優先され、避難難民となる者も後を経たない。


 この次元で肉体というオブラートを剥ぎ取られ、感情剥き出しとなった被災者らの残留思念は、構うことなくお互いに苛立ちと憎しみを延々とぶつけ合っている。


 あの時、たまたま病院の中にいた自分たちは運が良かったに過ぎない。


 居た堪れず、貴美子は顔を背けた。


 避難難民は続々と水織川研究センターの方へも迫る。多くは避難もままならないうちに命を失い、自らの死を悟りきれず、この想念場を彷徨い続けることとなったであろう死者の霊達である。


 研究センターに迫るほど、そこから発せられていたPSIパルスは強まり、死霊達のPSIパルスと同調していく様をアランの解析モニターが示していた。まるで、両者が引き合うように……


<アマテラス>はその上空を高度を下げながら進む。


 避難者らも、同時空間に降り立った<アマテラス>の存在を感じ取っているようだ。ある者は仕切りに手を振り、ある者は手招きをし、多くの霊達が歪な叫びを上げる。音声変換された声は、口々に救援を求める声だ。<アマテラス>をレスキュー隊の到着だと見なしている。


「申し訳ないけど、彼らにかまっている余裕はない。研究センターの結界もさっきの要領で突破するわよ。アラン、サニ!」


 カミラの指示で、二人はすぐに作業にかかる。


 結界の突入に備え、高度と速度を下げる<アマテラス>の後方に、死者の行列が迫る。


 研究センター結界は、天蓋結界にも増して、内側からの謎のPSI パルスにより激しく揺らいでおり、スキャンの調整に、サニはもたつかざるを得ない。


 そうしている間にも死霊らは<アマテラス>の後方に迫ってくる。


「サニ、急いでちょうだい」背後を捉えたモニターに迫る、死霊らの形相。モニターを監視するカミラに嫌な予感をもたらすには十分だった。


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