黄泉へ 4
夕陽を飲み込んだ日本海は、すっかりと闇に覆われている。現象界の海中を投影した隣接余剰次元、インナースペース最浅の「現象境界」に、突如、時空間の歪みが現れる。
次第に歪みは形を整え、<アマテラス>の船体が姿を現す。
「時空間転移、完了!<イワクラ>誘導ビーコン指定座標との誤差0.2」
IN-PSIDより緊急発進した<アマテラス>は、「現象境界」域で、<イワクラ>の指定した座標へと僅か1分足らずで到着する。
(インナースペースは時空間座標情報がホログラムのように織り込まれている。そのため、移動先の時空間情報を与えれば、瞬間移動、いわゆる「ワープ」も可能であり、宇宙開発において、恒星間航行への応用も有力視されている。ただ、現状では移動先の精密な情報を移動元で取得する術はなく、その技術は開発途上にある。なお、小型、かつ情報量的に簡易な物質であれば移動元、移動先が設定されている場間での輸送が可能であり、近年、運送業に応用されてきている。時空間情報を保護するPSIバリアがあれば、安全な人の移動も可能だが、PSIバリアは今のところIN-PSIDにおいて、実証段階にある秘匿技術であり、そもそも民間で運用できるような技術では無い。人の瞬間移動のシステムは未だ実用化には至っていなかった)
<アマテラス>のモニターは現象界の海底の様相を映し出す。明度補正された海底の様相は昼よりも明るい。海面には<イワクラ>の船底が見える。<アマテラス>を導くように、船底に誘導灯を灯している。
「<イワクラ>誘導ビーコン捕捉。ポート接続に入る」
ティムは<アマテラス>の水平角を現象界の<イワクラ>と同期させると、そのまま<アマテラス>を<イワクラ>の船底部に近づけていく。
その様子は、<イワクラ>の超空間カメラでも捉えられ、オペレーションブリッジのモニターにビジュアル構成されて投影されている。
「コウ、あれが"ニッポンの船"か?」モニターを食い入るように見つめながら、マークが問う。
「そう、PSIクラフト"一号船"<アマテラス>だ」
各支部の代表らは、<アマテラス>の資料には何度も目を通している。しかし、実際に稼働している様子を目にするのは初めてだった。
「こんな形で、インナーミッションに立ち会う事になるとは……」ハンナは複雑な表情を浮かべている。
代表団の皆も、同じような顔つきで、モニターを見つめている。ムサーイドは腕を組み、押し黙ったまま画面を見上げていた。
<イワクラ>船底の誘導灯で囲まれた部位に<アマテラス>上部昇降ハッチカバー部が何の抵抗もなく"めり込んで"いく様子を接続確認用の超空間カメラが捉えている。続いて<アマテラス>の船体上半分ほどが<イワクラ>の船底へと飲み込まれた。二者が同時空間にあれば、あり得ない光景だ。見守る一同は、思わず息を呑む。
「<アマテラス>コネクションポートに侵入確認!」「よし、コネクションポート、排水開始!」如月の発令により、コネクションポート内を満たしていたPSI精製水が抜かれていく。
直人はブリーフィングルームの小窓からその様子を見つめていた。仄かにポートの中程が発光している。その発光は次第に形を帯び、盛り上がったドーム状の<アマテラス>昇降ハッチカバーを水の中から浮き出させていく。
その全景が水面に浮かび上がると、カバーが後退して、昇降ハッチが露わになる。
「コネクションポート内部に<アマテラス>ハッチの局所現象化確認。排水停止。タラップ渡せ」
ポート内部から機械作動音と金属の噛み合う音が聞こえると同時に、ポート入り口の上に灯っていた『PSI HAZARD』警告灯が消灯し、ブリーフィングルームのポート入り口扉が開く。
『待たせたな。タクシーの到着だ』如月の声がブリーフィングルームに響く。
『しっかり頼むぜ、インナーのエースさん』
「……」如月の濁声に、直人はムッとなるがそれを一旦、腹に抑え込み<アマテラス>の昇降ハッチへと駆ける。
水面に浮かぶ昇降ハッチ周りの下、コネクションポートのプールに半分ほど残ったPSI精製水の中に<アマテラス>の船体の影は見えない。水面が「この世」と「あの世」の境界となっているのだ。
直人を迎え入れた<アマテラス>からタラップが外されると、直人を包み込むように再びカバーが閉じる。
「ハッチカバー閉鎖を確認!コネクションポート切断、降下深度30!」
ハッチカバーが次第に、時空間境界を成す水面下に溶け込んでゆくかのように潜り、その姿を消してゆく。
「おっかえり〜〜センパイ!」ブリッジのスライドドアが開くと、サニがいつもの調子で声をかけてくる。「よっ!定刻通り、ただいま到着!ってなっイツ!」体を捻って振り返ったティム。まだ腰の痛みが引いていないようだ。
「だ……大丈夫?」「へーきへーきっ……たた」サニは強がるティムに舌を出して追い討ちをかける。
ブリッジに漂う妙な安心感に、直人は思わず顔を綻ばせる。アランが振り返り、微笑まし気に見つめているのにふと気付く。直人は、はにかんで視線を反対に落とす。
「ナオ、急いで」「は……はい」カミラの促しで、直人は急いで自席に着いた。
カミラはIMC、及び<イワクラ>オペレーションブリッジを映すモニターへと向き直る。
「<アマテラス>よりIMC、及び<イワクラ>へ。直人の回収、完了しました!これよりJPSIO水織研跡地の調査へ向かいます!」
「ああ、ちょっと待ってくれ……齋藤くん、アイリーン、どうかね?」<イワクラ>オペレーションブリッジから指揮をとる藤川は、先を急ぐカミラを制しながら、齋藤と、予備席を借りたアイリーンに作業の進捗を確認する。
「ちょうど今……」「……分析結果、出たところです」齋藤とアイリーンは返事を返しながら、分析結果をモニターに出力する。その映像は、<アマテラス>とIMCの各モニターにも共有された。
「こ……これは!?」東は思わず声を上げた。




