跡形 5
サーチライトに、無機質なこの区画とは異質な、塊が映り込む。
「……まさか……齋藤!」如月の指示に齋藤は素早く反応する。ドローンを急行させると、マニュピレーターでその塊に触れた。
塊を覆うボロキレと化した繊維物は、辛うじて衣服の一部である事を物語る。布切れをマニュピレーターで持ち上げたその時。
「きゃ!!」思わずモニターから目を逸らす齋藤。モニターを注視していた一同も、あるものは顔を背け、あるものは瞬きも出来ないまま凍りついた。
ボロキレの破れ目からゴロリと人の足先のような物体が転げ落ちていた。原型はほぼ失われているが、古風な足袋と草鞋、千切れた脚絆……間違いなく人の足であった事を物語る。
「ぶった斬られた……のか……」如月が状況から推測する。「侵入したというのは、この……」貴美子が震える声を漏らす。
「齋藤くん、他に何かないか?この人物の手がかりになりそうなものは?」藤川の指示に齋藤は、ドローンを旋回させ辺りを照らす。よく見ると、少し離れた場にいくつか、同じような骸の一部らしき塊が見える。齋藤がドローンを急行させようと、スティックを押し倒したその時、PSI現象化警報がけたたましく鳴り響く。
「何だ!?」展開する全てのドローンにアラームが立ち、モニターの全画面は真紅の表示に包まれた。
「この反応……やばいぞ!齋藤、直ちにドローン全機、撤収だ!!」即座に反応した如月が捲し立てた。
施設上空に展開していた3機のドローンは、即座に反転すると、結界ゲートへ急ぐ。
「何やってる、齋藤!急げ!!」「……っく、動かない!?」上昇し、その場から逃れようとするドローンは、強力な重力場に捕まったかのように高度が上がらない。同じように引き寄せられているのか、周辺の瓦礫がドローンを襲う。センサーが次々と破損し、各グラフは意味をなさない直線と化す。
かろうじて届いているカメラ映像は、激しく渦巻く水流のような光景を映している。その中で、何かキラキラと煌めくモノが見えた次の瞬間、「それ」は螺旋を描くようにしてカメラに向かってきた。
ドローンの外部マイクが一瞬拾った、己のボディが発する不快な断末魔が聞こえるのと同時に、それがカメラが捉えた最期の映像となった。
--SIGNAL LOST--
暗転したモニターに、ただその一言だけが残る。ブリッジの一同は暫し茫然とその画面を眺める。しかし、事態は彼らに息つく暇を与えない。
残ったドローンは結界ゲートを脱し、そのゲートを再び閉ざす。にも関わらず、ドローン各機は、『PSI HAZARD』警報を発し続けていた。
「な……何だこれは!?」モニターを睨めていた如月が声をあげた。
残った3機のドローンの次元スコープは、地上に蠢く、幾つもの不審なオーブを捕らえている。
天蓋結界内でいつの間にか醸成された、灰褐色の霞が其処彼処で渦を巻き、鈍い光を仄かに放つオーブを次々と生み出していた。
やがてそこにハッキリと人のような形が何体も浮かび上がってくる。通常の光学カメラすら、その様子を捉えることができていた。
「……街の残留思念が……半現象化しているのか?」
彼らはゾロゾロとJPSIO跡地の方へ向かってくる。それと呼応するかの様にJPSIOの結界が、黄色から赤色のグラデーションに彩られていた。結界への何らかの干渉を示す視認効果による発光だ。
唐突に、窓に眩い光がブリッジに差し込む。その光にブリッジの一同は、視線を引きつけられた。空に上がった幾つものスカイランタンが、青白く発火していた。燃え落ちているものもある。「ランタン」といっても有機ELで発光する、火を使わないものであり、可燃性のものは積んでいない。異常現象である事は、明らかだった。
さながら青白い鬼火と化したランタンが、天蓋結界を周遊しながら、その電磁場に触れ燃え尽きる幻想世界を創り出す。しかし、そのような演出は予定されたものではない。
一方で、水織川天蓋結界を囲う様に設けられていた、スカイランタンを飛ばす、慰霊祭のイベント会場らしき場所や、海上からランタンを飛ばす自走ボートからも、火の手が上がっていた。
如月が咄嗟にモニターの一つをテレビに切り替えると、彼の狙い通り、すぐに慰霊祭を中継する番組が現れた。
『……火の手が!……発火したランタンが落下して……あっ!!あちらからも!!……いったい……何が起こっているのでしょう!?……火の手がますます……沢山の人が、一度に押し寄せて……うわっ!!』『どけ!!どけよ!!』『火が来るぞ!!』最も海沿いの会場の一つが、既に騒然となっている。
発火したスカイランタンが落下、あるいはこれから天に舞いあがる準備をしていたランタンが次々と発火。あたりに延焼を撒き散らす。海風に煽られ、仮設テントや、出店していた屋台などに飛び火し、突然の出来事にパニックを起こした観客達が一斉に逃げ惑う。
『ダメだ、とにかく避難だ!』レポーターらも、それ以上の報道は無理と判断し、避難者らの波に飲まれていく。もはやカメラは乱れに乱れ、揉みくちゃの様相しか示さない。放送局のキャスターがしきりにレポーターに呼びかけていたが、まもなく、上空から撮影中のドローンカメラに映像が切り替わると、いくつかの同じような会場らしき場所で火の手が上がっているのが見える。
「残留思念……沢山の……人……」
藤川の思考の中で、飛び交う言葉と廃墟の中からドローンが送ってきた最期の映像が交錯する。
「集団心理……もしや!」




