突入!インナースペース 3
<アマテラス>の後方に激しい衝撃が加わり、ブリッジを攪拌する。咄嗟に身を屈めるクルー一同。
「何!?」カミラは乱れた髪をそのままに顔を上げる。
すると、いつの間にか全てのモニターに赤黒く光る火球のようなモノが点々と顕れ、<アマテラス>を取り囲んでいく。
ゴボゴボと水槽の結界水の中で、大小の気泡が突如生み出され始めた。亜夢は苦悶の表情を浮かべながら、再びもがき始めた。
「また発作か!?」如月が声をあげる。
「真世! 結界水濃度プラス二!」貴美子は、何度か発生した発作で、対処方法を掴んできていた。真世に続き、医師らにも対応を指示していく。
「IMC! また発作が始まったわ! <アマテラス>はどうなっているの?」
貴美子の問いかけにアイリーンがモニターに出て現状を報告する。
「通信障害が発生中です! おそらく、対象の精神活動と何らかの接触があった模様!」
そのモニターの後ろから藤川が割って入る。
「貴美子、そちらはとにかく亜夢の身体を持たせる事に注力してくれ」「わかったわ!」
「一時、五時、六時、十時の方向に収束体群! 収束数十二! 収束率七十八パーセント!」
「ティム、進路そのままで機関最大! 振り切るわよ!」「ヨーソロー!」
「ナオ! PSI ブラスター一番四番準備! 前方の収束体群をなぎ払う!」「PSIブラスター一番、四番照準! 軸線に乗りました!」
「ブラスター、撃て!」
<アマテラス>の上部両舷に装備された半球形の計六門のブラスターのうち、両舷の各一基が青白い閃光を放ちながら、空間に雷雲のようなエネルギーストリームを形成すると、そのままビーム状の光の束となって、迫り来る火球を打ち砕く。収束体としての実体を保てなくなった火球は、次々とインナースペースへと還元されて消えていった。
全速力で突っ切る<アマテラス>後方からも、火球が迫り来る。
「<アマテラス>後方、収束体群四! 下方にも収束反応! 来ます!」
「キリがないわね。ナオ! トランサーデコイ射出用意!」「トランサーデコイ射出準備よし!」
「誘導座標2—1—1。発射!」「発射!」
<アマテラス>後部主翼の付け根のトランサーデコイ射出機から、<アマテラス>の固有PSIパルスを擬態したデコイが射出される。
数体の収束体がデコイに向かって突進し波動収束フィールド彼方へと飛び去っていく。だが、残りはそのまま<アマテラス>の後方に食らいついたままだ。
「ダメだ! ほとんど喰いつかない! まだ追ってくるぞ」デコイの誘導状況を観測していたアランが即座に効果を判定し報告した。
「……くっ!」カミラが口元を固く結んだその時、空間に激震が走る。
赤茶けた海底岩盤に亀裂が生じ、赤黒く焼け爛れたマグマ流が流血のように溢れ出す。亀裂からは、先程の火球の大群が放出され、<アマテラス>のいる『海域』へと拡がっていった。
<アマテラス>を追っていた火球の群れも、この大群に飲み込まれ、その大群はみるみるうちに、海水を赤黒く染めていく。<アマテラス>は、回避行動をとりながら目標地点を目指し、全速力で離脱。
「海水を侵食している……」アランは、その光景を端的に表現する。
「そんな……この海域はまだ無意識域でも表層のはず……まさか!」カミラには、このインナースペースで起こっている事態が見えてきた。
「後方に高エネルギー収束反応‼︎ これは……」サニが、レーダーに映し出された「その形」に息を飲む。
「メインモニターにビジュアル投影! 収束補正最大!」
前方のメインモニターにウィンドウが立ち上がり、先ほど噴出した火球群が、一つに集まりながら巨大な影を形成し始めていた。
「……"手"だ……」
呆然とティムが言い放つ。他のクルー達もその光景から目が離せない。腕を形成する部位からは、赤黒い溶岩が明滅し、脈動する血管のように浮き上がって見えた。
突如、警報が鳴り響く。
「下方にも高エネルギー反応収束中! 来ます!!」「面舵九〇! 全速回避!!」
ティムが舵を右へ切り、<アマテラス>は急激に進路を変える。先程まで<アマテラス>がいた空間を、火球群で形成された火柱が貫いた。その火柱も、黒々とした影を形作り、もう一つの腕へと姿を変えていく。その先端に、もう一つの『手』が形成されるや否や、<アマテラス>へとその指先を向けて来た。
「追って来た!!」レーダーを監視していたサニが、焦り混じりに叫ぶ。
「狙われている!? ティム!!」「逃げるっきゃないね!」ティムはカミラの指示を理解し、船を走らせる。
「バイタル異常検知! 体温、血圧、脈拍、呼吸……どれも上昇中!」真世は悲痛な声で報告する。亜夢の肉体にも次々と異常事態が起こり始めた。
「PSI 現象化反応! まずいぞ!」如月が叫んだその瞬間、ピキッピキッと何かが砕ける音が聴こえてくる。
亜夢の保護水槽、特殊ガラス壁面に亀裂が入り始めていた。
「結界水槽が……」貴美子達は水槽の亀裂に唖然とする。その光景に、もはや対処の術がなくなって来たことを悟る。
「……おばあちゃん、何……あれ……」
亀裂に目を奪われていた一同は、真世の怯えるようなその声に、亜夢に視線を向けた。
ノースリーブのウェットスーツのため、彼女の腕が真っ赤に紅潮しているのはすぐに見てとれた。しかし、それだけではない。彼女の腕を薪のようにして、燃え盛る炎のような影が包み込んでいる。亜夢は何かを探るかのように、自身の身体を炎が包む両の手で啄む。そのたびにウェットスーツの表面が焦げ、めくれ上がる。
「冷却は!?」「目一杯です! 間に合いません!」
「全ダミートランサー、レッドゾーンに突入! 許容限界まであと五パーセント!」
貴美子達が施してきた亜夢の延命措置は、尽く無効化されていく。
「ここまで……なの……亜夢……」




