表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
109/232

跡形 4

壁面の至るところに、和紙に黒、又は朱の墨で何らかの呪詛らしき文言が書かれた護符が貼り付けられている。齋藤がドローンを旋回させながら壁を照らしていく。区画の全周を囲うように護符が貼り並べられていた。禍々しい呪術の痕跡である事は、各支部代表らの目にも明らかだった。


「oh……crazy……」マークが言葉を漏らすまでもなく、紛れもない狂気がこの空間に漂っている。


固まったままの男性オペレーターを尻目に、齋藤は奪った操作スティックを巧みに動かし、ドローンを処理施設が並ぶ区画最下層へと導いてゆく。


異様に湿気が高い。床面には至るところに水が溜まり、時折、頭上から落ちる水滴が波紋を拡げる。


————


「亜夢……さん……あの、夕食は……?」担当看護師が、恐る恐る尋ねる。


亜夢は、ベッドの上で身を起こし、窓に描かれた、赤く焼け残る空を茫然と眺めたままだ。食事にはいっさい手を付けていない。


『昨日の亜夢』ならば、看護師もお得意の「食育」を今日も実践していたところだ。好き嫌いの激しい亜夢と一戦交えるのも、内心、楽しくなってきたところだったが、『今日の亜夢』は違っていた。


この日の亜夢は、「静謐」そのものだった。


話には聞いている。亜夢は『二人居る』事を……2日前に『昨日の亜夢』が表に現れ始めるまでの間は、ほぼこちらの人格だったというが、目覚めても微睡にいるような状態であった"彼女"には、然程何も感じなかった。


だが、今はその人格がはっきりと覚醒している。看護師にとって、今日は"彼女"との初めての出会いの日となった。


人……なのだろうか?


ふとそんな疑問とともに、亜夢の湛える底知れぬ「静謐」に、畏れすら感じていた。


窓を眺めていた亜夢が、何かを感じったように目を見開いた。呼応するかのように突然、テレビのスイッチが入る。リモコンはテレビの傍に置かれたままだった。


「ひっ!!」驚いた看護師は、後ずさると背後のドアに思い切り身体を打ち付ける。


亜夢はそれを気に留めることもなく、テレビの方へと顔を向けた。


『……故人へ……失われた故郷へ……想いを乗せたランタンが……今ゆっくりと空へ昇って行きます……』


ナレーターの解説をバックに、テレビの中でスカイランタンが一つ、また一つと夕闇の空へと舞い上がっていく。震災20周年慰霊祭、夜の部が始まっていた。ランタンは、イベント開始から終了まで約2時間、絶え間なく空に上げられるらしい。



水織川市街地を臨む、<イワクラ>オペレーションブリッジの船窓にもスカイランタンの灯火がポツポツと見え始める。だが、その様子にブリッジの誰一人として気づかない。


ドローンカメラが映し出す、貯水区画最下層。壁面や荒れ果てた床、破壊されたままの貯水槽……その至るところに護符が貼り付けられている。ドローンの回転翼が作り出す気流に巻き上げられた護符が、暗黒の中空を舞う。


「……いったい……誰がこんな事を」貴美子の夫に重ねた手が強張り、更にしがみつく。


ドローンのマニュピレーターを駆使して、齋藤は目の前の床に貼られた護符の一枚を剥がしとる。すぐさまドローンのセンサーが捉えた分析データが送信されてくる。


「……そこまで古いものではないな……文字が書かれたのは一年、いやせいぜい半年程度……」分析結果を如月が読みとる。


「……つまり、この半年の間に、この札を持ち込んだ侵入者がいる……」状況からシンプルな答えを提示するムサーイドの声に抑揚はない。


「……そういう事になるな」藤川も同じ結論を出していた。


「もしや、結界のコードも?」コードの仕組みを把握しているIMSのメンバーらには、先程のコードエラーの原因も見えてくる。


「うむ。規制庁の特急コードは基本年一回、更新される……だがその間に、特級コードによる立ち入りがあった場合にも更新される。つまり規制庁の特級コードを使用して侵入した何者かがいた……そう考えるのが無難だろう」藤川は、代表団にもわかるよう状況を説明する。


「しかし、不正でもコードが変更されたなら、さすがに規制庁でも気付くのでは?……なのに?」齋藤はIMS皆の疑問を代弁した。


「……規制庁にも認知されない……何者かの仕業……」呟きながら藤川はドローンの映し出す映像を睨む。侵入者も気になるが、藤川はその映像にも違和感を覚えていた。


……何か、おかしい……



ドローンのサーチライトが照らす限られた空間であったが、藤川が事故後、施設封鎖直前に立ち入った際の記憶に残る光景とは、だいぶ異質なものに見える。


ドローンのライトに部分的に浮かび上がる貯水槽、崩れた瓦礫、キャットウォークの折れた支柱、立ち並ぶ制御盤……全てが一方向に撫で斬りにされたかのように、あらぬ変形が加えられていた。


この先には、震災の日、迷い込んだ幼い直人を発見した『中央浄水タンク』付近。この変質はそこからもたらされた……藤川の直感はそう告げている。


「ドローンを浄水タンクの方へ」藤川は、直感に従い、ドローンを移動させる。


直人は鬼胎を抱えたまま、モニターに食い入る。


ドローンが近づくに連れ、PSI現象化反応を示すグラフが急激に上昇を示し、モニターには『PSI HAZARD』の警告が灯る。


カメラの映像が安定しない。


一瞬、何かの影が横切ったかに見えた齋藤は、それを追跡しようとドローンを急旋回させた。


「あ、あれは!?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ