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慰霊の日 4

献花の列の中に、藤川夫妻らに続き、俯き加減に順を待つ直人。


その姿を目に留めた真世は、気重な表情を浮かべたまま視線を落とす。


「真世……。父さんから聞いたわよ」


真世は背を向けたまま、母の声を受け止める。


「ごめんね、真世。私がこんなばかりに。あなたに苦労かけてしまって」


「ママ、そうじゃないの!」真世は思わず母の方へと向き直った。


「私の事はいいのよ。こうしてまだ生きてる。あなたとのたくさんの時間をもらえたわ」「ママ……」


「でも、直人くんのお父さんは……直哉さんはもう……」直人の父のことを話す母はどこか悲しげだった。


「直人くんを……支えてあげなさいね」「…………うん」真世は小さく頷いていた。



「な……お……と……」駆け寄った神取は、亜夢の口から辿々しく零れ落ちる言葉を耳にする。テレビモニターには、「あの青年」が花束をそっと慰霊碑に添え、深く頭を垂れながら黙祷している姿が映し出されていた。心なしか他の参列者よりも長く頭を垂れ続けている。


……やはり、彼か……

 

「亜夢さん、席とれましたよ。さあ」神取は促しながら、両手で亜夢の肩を押すようにして、席へと導く。されるがままに亜夢は辿々しく歩を進める。後髪を引かれるように、瞳をテレビの直人に向けたまま……


「亜夢……ちゃん?」神取が戻った気配に、真世は再び振り返る。その瞬間、先日、荒れ狂う獣の如く襲いかかってきた亜夢の形相が脳裏を過り、真世は思わず身構えた。


「大丈夫、もう『飛びかかったり』しないですよ」「えっ……?」神取のその言葉に違和感を覚える真世。……やはりあの時のことは……真世がそう考えるのも束の間、神取はすぐさま言葉を繋ぐ。


「聞いてませんか?今は『大人しい方』です」「大人しい……?……あっ!」亜夢がどうやら二人の人格を有しているらしい事。その事は祖母から伝え聞いていた。療養棟のスタッフらにも、その事は既に伝達済みのようだ。


表に現れる症状こそ、解離性同一性障害(多重人格)と酷似しているものの、解離性同一性障害がこの時代、無意識の表層とされた「心」レベルの分離性障害であるのに対し、亜夢はさらに深層から分離し、異なる性質を持った魂が一つの肉体を共有している状態にある。


そのような症例は、IN-PSIDのスタッフも皆初めてであり、確固たる療養方針もまだ立っていない状況ではあるが。


「亜夢……さん?」真世は、恐る恐る呼びかけてみる。亜夢は未だテレビの方へ意識を奪われたまま、まだ髪をゆっくりと撫でるような仕草を続けていた。


「神取先生、もしかしてその子の?」「ええ、担当に入らせてもらいました。この間、ちょっと面倒見みていた流れで」実世の問いかけに柔かに答える神取。


「あ、そうそう。そしたら急に看護師さんにこの子の誕生会やるからって誘われましてね」「誕生日?」


亜夢の出生には謎が多い割に、意外にも生年月日の情報は、亜夢のカルテと共に、IN-PSIDにも引き継がれていたのである。ふと、亜夢のミッションの際に、目を通したカルテにも記載があった事を真世は思い出していた。


 「ええ、明後日のようですよ。よかったらお二人も?」神取は和かな表情を崩さず、二人に問いかける。


「私はこんなだから……真世、あなた行ってあげなさいな」「えっ、で……でも」


「私の事はいいから。たまには一人でのんびりさせて頂戴」体調を崩しがちであったここ最近、真世は殆ど母の部屋で共に生活している。


「ちょっと、ママぁ!」頬を膨らませる真世を余所に「神取先生、娘をよろしくお願いします」と言いながら、ザルに残った「麦切り」を集めとる。


「わかりました、真世さん、それじゃよろしく」「えっ……あ……はい……」母のペースで押し通されてしまい、なんだか釈然としない。


「じゃあ詳しい話は看護師さん達にでも。さてと……この子にも何か食べさせてみますか。そのザル……でなくて……」「麦切り」「ははは……それにしてみます」ジト目の実世の視界から逃げるように、神取は給仕カウンターへと注文に向かう。


「そ……それじゃあ……お邪魔させてもらうね、亜夢……さん」恐る恐る声をかける真世に、亜夢は終始無言だった。


その間、真世は、ずっと繰り返している亜夢の髪を束ねる仕草が、妙に気になっていた。



「……我々、IN-PSIDは二度とこのような災害を発生させぬよう……」演壇に立った藤川は、慰霊碑に向かい、一言一言噛みしめるように語りかける。


その声を掻き消そうとするかのように、拡声器を通して叫ぶ声が、参列者席の直人の耳にも届く。この中央の会場にたどり着くまでに、その声は音量を失い、はっきりとは聞こえないが、『PSI利用反対』『JPSIO解体』『IN-PSIDは日本を去れ』『被災者への賠償』……そんな言葉を繰り返しているようだった。


PSIがこの時代の文明の根幹を成し、生活の基盤となって50年程。度重なる災害、PSIシンドロームの誘発……PSI利用が進むほど、不信もまた膨れ上がる。


--PSI利用以前にまで世の中を戻す--


彼らはそう主張する。その方がPSIによるリスクは低減されるであろう。だが、PSIテクノロジーがこの時代にもたらした恩恵もまた、計り知れない。単にPSI利用を停止する事で、果たして世界が抱える問題を解決できると言うのだろうか……


直人は膝に置いた両手を固く握りしめ、演壇の上の藤川を見上げた。小柄な所長の背が、何故か一段と大きく見える気がした。

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