時は来たれり
夕焼けが近付き空が赤銅色へと変わり、夜がすぐそこまで来ているのを感じる。町の人々はモンスターの奇襲から逃れようと、それぞれの家に閉じ籠もり、町は昼間の活気が嘘のように消え、廃墟のような虚無感を感じさせる。
いつの間にか、俺を無料で手に入れた幸運な男も俺達を置いてどこかに逃げてしまったようだ。
仕方ないことだ。人間は皆自分の命を大切にする生き物なのだから。俺みたいな服のことなど見捨てるのもよくわかる。ただ布の服の一枚ぐらい持って帰っても問題ない気もするが...
「細かいこと気にしてる場合じゃないでしょ。どうすんの?町の入口に噂のモンスターが集まってるみたいだけど?」
シェミ-の言った通り、ここから30mは遠くにある町の入口に何かが集まっているのがうっすらと見える。あの小人のような小さなモンスターは見覚えがある。
「ひいふうみい、と。見たところありゃゴブリンか?ゴブリンの群れがざっと30ぐらいはいるみたいだな。」
30匹ものゴブリンが軍隊の如く、列を作って町の中へと侵入してくる。
「ゴブリン程度ならまだ雑魚の範疇だと思うが...この町には戦えるやつはいないのか?俺達じゃどうしようもないし。」
「残念だけど町中にいるのは、ほとんど冒険を始めたばかりのルーキーよ。ローナの町は冒険を始めるのにうってつけの拠点なだけで、腕利きの人間は別の町に行ってしまっているのよ。」
「なるほど、RPGのように順序があるわけか。」
だが、こちらに近付く一匹のゴブリンを見て一気に焦りが生じる。
「なっ?!おい、なんだよあれ?」
ゴブリンの右手にしていた小刀をよく見ると、生々しい血の痕がついていた。その血はまだ完全に乾いておらず、さらに左手には何かの動物の頭蓋骨を握っていた。
「あんたの記憶の中では、ゲームに登場する雑魚モンスターかもしれないけれど、あいつらはイタズラで人を殺すのよ。人を殺すのに躊躇などない。この周辺ではゴブリンによって、殺される人間が少なくないのよ。」
そうか。いや、そうだよな。甘く見ていた。モンスターとは本来は人間に危害を加える存在なのだから。だが...このままでは...
「あ、あいつらを止めないと町の人間が殺される!な、なんとかならないのか?!」
だが、やつらは待ってくれない。
「助けてーっ!」
少女の悲鳴が耳に入る。声の聞こえた方へ視線を向けると、ゴブリン数匹が小さなタルを囲んでいた。
「まさかあの中に人が...!」
このままでは、彼女は殺されてしまうだろう。
だが、今の俺では、布の服の状態では視線は動かせても身体は動けない。
「くそっ、見殺しになんて出来るかよ!」
これが運命なのだろうか?
服として生まれ変わった者の定めなのか?
いや、そんなはずはない!
人間は誰しも生まれた意味を持っている。
意味なく生まれるものなど絶対にありえない。
俺が人として死に、布の服になった
ことにも理由があるはずなのだから...
「.....」
「おい、何黙ってんだよ、シェミ-?!お前も何か打つ手を考えろよ?!」
「手なら思い付いてるわ。」
「え?」
「けど、一つ聞かせて。あなたは何のために戦うの?」
「は?」
「悪を倒すため?誰かを救うため?それとも自分のため?」
彼女の口がいつもよりも重く俺に向けられる。だが答えは決まっている。
「んなもん最初から一つだ。」
'世界を救うために決まってんだろーが'
その瞬間俺の回りに淡い光が包み込む。
「うおっ!」
「わかった、ならいい。私の力ではあんたを元には戻せないけど元の姿に似せることは出来る!」
変化の魔法'メモルタ!!'
刹那、日の入りとともに俺は在りし日の姿を取り戻す。
「ゴブリンども!!どこ見てんだ!コノヤロー!」
ゴブリンがその声に反応する。
仮の姿ではあるが、俺は人としての形を手に入れた。
さあ、もう迷いはない。
戦いの幕開けである。