冒険の幕が開けない
どうしてこうなったのか?
あれよこれよと考えてるうちに時間だけが過ぎていく中、布の服状態で身動きひとつ取れない俺は、ただ頭を回すしかなかった。
「考えても無駄でしょ?そんな状態で何したって無駄よ、無駄。」
必死になって状況把握に努める俺の眼前では、人間の手のひらサイズ程しかない少女が小さな羽をはたきながら毒を吐いてくる。
言葉の通り高みの見物を嗜んでいるというわけだ。
「ふざけんな!そりゃ俺は呉服屋の息子だし服に縁がないわけじゃない!けどよ、おかしくね?もし異世界に転生出来るなら勇者は無理だとしてもせめて冒険者、いや村人、最悪魔物だってかまわねー!」
だが、そんな望みが叶うことはなく行き着いた先には、ボロボロで薄汚れた布の服となった自分がそこにいた。
「あら、そんなに悲観しなくてもいいじゃない?とても似合ってるわよ、10ゴールドさん。」
「人を金の単位で表現すんな!悲しくなるわ!」
とはいえ、よくよく考えてみたらそもそも人間を値段で表すなら、いくらと聞かれてパッと答えを出すのははっきり言ってかなり難しいことだと思う。だが、今の俺は見ての通りの布の服なのだから、あっさりと値段で表現されてしまう。なんと悲しいことか!
そもそも人って言ったけれど、今の俺は完全な人外なわけだし。
動物でも植物でもないというね...
「まあ、そう深く考えないほうがいいわ。呉服屋の息子が学校に行く途中に不慮の事故で亡くなって、そうして今度は服に転生出来たんだから中々ロマンチックじゃない?」
「ロマンの欠片なんて何ひとつねーよ!服要素が絡んだところでロマンなんか感じるか!むしろ不満だっつーの!って、待て待て待て待て?」
「??どうかしたの?」
「いや、おかしいだろ。だって俺は呉服屋の息子とは言ったが、学校に通ってるなんて言ってないし。その時、どっかの馬鹿にやられて死んだってのも言ってないはずだ!」
そう、このことは転生した俺だけが知っていることのはずだ。
「ああ、それなら魔法であんたの記憶を読んだのよ。別に大したことじゃないわ。」
「えっ?魔法?何、お前魔法が使えるのか?」
それならそうと早く言って欲しい。魔法が使えるというのなら、この状況を改善することが出来るじゃないか。
「ああ、一応忠告しておくけど魔法で人間にして欲しいとか、そういうのは無理だから。ていうか、そんな魔法ないし。」
心を読まれていた。こいつ読心の魔法も使えるのか?ていうか、出来ないのかよ。
「いや、そんなことは滅相も考えてない。ただ結構時間も経ってるわけだし、いいかげん名前のほうを教えて欲しいと思っていたとこさ。」
まあ、嘘だけどもあえて意地を張る。転生する前は結構自己中だったが、どうやら服になっても根本的な性格は変わってないらしい。そのほうが何かと都合がいいけどな。
「ふーん、まっ、そういうことにしておくわ。あたしはシェミ-。見ての通りの妖精よ。」
妖精シェミ-はそう言って、俺の周囲を軽やかに飛び回る。どうやらここにきていきなりの妖精アピールというわけだろう。そんなことしなくても、見た目から10割がた妖精なのはわかるけども。
「ええい、気が散るから四方八方に飛ぶな。つか、今さらこんな質問も、変なんだけどさ。ここは、一体何処なんだ?」
「ここ?ここはオルセア大陸のど真ん中、叡知の森の中よ。」
大陸?森のど真ん中?いっきに情報が更新されて頭の整理が追いつかなくなる。てか森の中だって?
「そう、森の中。そして残念だけどあんたの物語はここで終わりを迎えそうよ?」
どうやら俺の異世界物語はまだ始まってもいないまま、エピローグに突入しそうなようだ。