幼なじみの彼
風の強い日だった。春一番と言えば聞こえはいいが、毎回こうも夜中に起こされては甚だ迷惑なものである。古びた窓はガタガタと音を鳴らし、どこか遠くで隙間風が吹く音も聞こえる。眠い目を擦りながら、俺は重い腰を上げた。
患者を起こさないよう、気配を消して真っ暗な廊下を歩く。俺が104号室の前で足を止めたのは、隙間風のような音に抑えた咳が混じっているのに気付いたからだ。また朝までやり過ごす気だったのか、と小さくため息をつき、そっとその戸を引いた。
幼なじみの彼は――案の定、厚い布団に顔をうずめて咳を押し殺していたらしい。
「余計に苦しくなるぞ、我慢するな」
傍らに置いてあったクッションを背もたれ代わりに差し入れると、彼はそこに背を預けぐったりと凭れかかった。色素の薄い柔らかな髪は月明かりに照らされ、彼がぜえぜえと胸を喘がせる度に揺れて、艶めいていた。
「...ッヒ───、ヒュッゼぉ、っげほッゲほ、、、っおこし、てッ、ごめ、っセほケホッ…」
「無理して話さないでいい、ほら、口を開けて」
そう言って、薄く開いた唇に吸入器を差し入れ、危うげな呼吸に合わせて少しずつ薬を吸わせる。強ばった身体をほぐすように胸の辺りを優しくさすってやると、荒かった呼吸は次第に深い寝息へと変わっていった。伏せられた睫は繊細で、すらりと通った鼻梁は彼の芯のある心を思わせた。そっと布団を掛け直し、病室を出る。布団に咳出された紅を見てしまったのは、夢だったことにしよう。