ヒロイン改めまして
とんでもない高校生活が終われば、必然、大学生としての学生生活が待っている。
それは当たり前で、別に学ぶことがいやだとかそういうわけではないのです。大学に上がることによって、全てから解放されると思っていたくらいですから、諸手を挙げて喜んでいたのです。
だいたい、なんでいとこは、あれをして続編と言ったのか。
あれってどう考えたって続編じゃない。続編って言うから、てっきりまた大学生活も、悪役やる羽目になるかと思って、そこそこ、暗澹とした気分で、それでも、首謀者にされるくらいであれば、交わしようは幾らでもあると高をくくっていたのが裏目に出ました。
まさかの、予想の斜め上を行ってくれました。
「ほら、今回は、夕顔瀬様が主人公なのっ」
パッケージを掲げ、実に楽しげにそう言った、いとこ。
あの時の夢の続きを見た私は、前回同様その場で崩れ落ちた。
そして、心の中で悪態を吐く。
君は一度日本語というものの根幹を学び直した方がいと思うよ。それは続編って言わず、スピンオフとかそう言う言い方するものでしょう。
と、思っていたら、夢の中の私も突っ込んでいた。
何故あの時ここまで思い出さなかったのか。どうしてここまで事態が進んでしまったところで思い出してしまったのか。いっそここまで来てしまったのであれば、思い出さない方が精神衛生上幸せだったような気がしないでもない。
けれども、現状私一人の問題ではなくなっているため、思い出したというのは、そう悪いことでもないのかも知れないと思うことにする。
学生生活も順風満帆。高校と違って、クラスメートという括りがない分、大学では不要ないざこざを起こすこともないと、安心していたけれど、波風は放って置いても立つもので、少々の衝突は予想の範囲内。
まだヒロインらしき子も出てきていないし、本番は来年かななどと思っていた、一週間前の私を叱りたい。
「お嬢様。僕が不甲斐ないばかりに」
長椅子の横でさめざめと泣く従者が実にうざったい。お前そう言うキャラじゃなかったでしょう。だいたいが私の奇行と言われる数々を冷めた目で見てたくらいふてぶてしい性格してた癖にっ。
「お前、それやってて薄ら寒くならないわけ?」
「実は半分くらい」
「ああそう」
理性半分強制力半分と言ったところかしら。私たちの間は、そう言う甘酸っぱいものすら乾燥させる殺伐としたものでしたからね。裏の世界を見すぎたとも言いますが。
「だいたい、お嬢様に四六時中付き添ってて、愛の育まれる隙なんて感じたことがないのに、なんでっ」
血の涙を流しそうな雰囲気の従者にさすがに私もなんと言ったものかと考える。主従としての信頼はあったとは思うのですが、それすらだめ出しをされそうな口ぶりです。
「それは認めるけど、お前もたいがい口が悪いわね」
いつものように長椅子に座ってだらしなく肢体を投げ出しつつ、従者を見詰めれば、心底嫌そうな表情を隠しも、取り繕いもしない。
「僕の理想は、外見だけなら、阿佐比さんでしたからね」
「ああ。そう言えば、ああいうふわふわした子が好きだったわね」
分かりやすい可愛い子を好む従者の性癖はさておき、これでは仕事にならないと半ば開店休業中の私と、突如舞い込み始める私の婚約の打診とともに送られてくる目録を、ババ抜きでもするようにテーブルの上に並べて楽しそうに選んでいるお父様。
ぼんやりと、その後頭部を眺めつつ、そっと、天辺から禿げればよろしいのにと、呪詛を唱えつつ、溜息を吐いた。
「絢音。高校時代に悪名を轟かせすぎて、同年代のめぼしいところからは、ほとんどお声がかからなくなったお前を貰いたいという、奇特な人間が現れたんだぞ。大人しく嫁に行ってしまえ。特に私の心の安寧のために」
大学に上がってからは随分と大人しくしていたのだが、やり過ぎた時の反動は未だおさまっていないと言うことなんでしょうね。最近精彩に欠いているのは分かっていましたけど、業績は上がっているとのことなので相殺ということで、許して貰えないだろうか。
「一言一句違わずお母様に告げ口しますわよ。お父様。お父様は絢音のことがお嫌いなんですわって嘘泣き込みで」
「止めろ。今は重要な商談中だ」
冷静に突っ込まれて興が削がれる。心配性のお母様のことだから、私の言葉が悪ふざけだと分かっていても、心配をしてくれるだろう。
心配で、商談を無理に終わらせて帰ってくる可能性もある。確かにそれはまずい。お父様ではなく、お母様が対応しているのには、それなりの意味があるのだから。
「今は自重いたしますわ」
仕方なく引き下がると、自分で引き起こしておきながら、ほっとした表情になる。お父様は、本当に悪事に向きませんね。いっそ、清々しく、小悪党になれば良いのに、無駄に善人を貫き通そうとするから、矛盾が出るんですよ。主に心的な。
「お前が、もう少し大人しくしていれば、私の気苦労も減るんだと言うことを忘れているだろう」
「さて、何のことでしょう。心当たりが多すぎて」
中学時代と違って、行動範囲も増えたお陰で、高校時代は、少し羽目を外しすぎた。私自身も、ここまで、特殊な人脈が広がるのは予想外だった。
いや、ちょっとは広げようと思ってはいたので、言い訳するつもりはないのですけど、少しばかり予想より、広がりすぎたのは、反省はしている。
もっとも、お母様には優秀な人材が増えて良かったと褒められた。ただ、お父様が統括しているので、気苦労は右肩上がりらしい。とは、従者情報ですけど。
「全部だ全部。お前のお陰で、色々と飛び出したのを引っ込めたり誤魔化したりと大変なんだからなっ」
あら。そんな元気な子が居たのか。
「全く何一つ面白いことは無いからな。絢音」
じっと見詰めてくるお父様の視線をそっと避けると、長椅子の前のローテーブルに、嫌がらせとばかりにドサドサと釣書が積み上げられた。
「今日中に見ておけっ」
「はーい」
気のない返事をしつつ、一番上の一枚をつまみ上げて、大袈裟に溜息を吐いてみる。
いっそ、釣書をタワーのように組んでみたら楽しいだろうか。暇つぶし程度にはなりそうな気がする。
そんなことを考えていれば、お父様がじっと睨むように見詰めているのが見えた。
はいはい。とりあえず上から下まで開けば良いんですよね。開けば。後は、統計でも作って、並べ直した後に、最近懇意になった方に、ちょっと裏取りを頼んでみるのもいいか。
しかし、本当に困ったものですよね。まさか私をヒロインにして、砂糖菓子みたいな恋愛劇が繰り広げられる。とか考えた人間は、絶対、頭湧いてますね。
いや、よくよく考えてみれば、本来の悪役令嬢をやっていた、ゲームの中の夕顔瀬 絢音様は、可愛らしい方だった。だいたいが、嫌がらせの数々も、漫画やテレビ、小説などから手に入れたもの。しかも、人の手を使って悪人にするのはいやだという理由で全て単独犯。毒虫の類いは自分で探せず、仕方がないので、ネット通販で買えるような餌用の虫を怖くて開けられなくてビニールごと入れてるとか、嫌がらせも中途半端。
子供の癇癪のような言い分で、頑張っていたのだから、なんか、すごい残念な子で、ファンも付くだろうなと、妙な方向に納得出来る。
そう考えれば、あの性格なら、確かに乙女ゲームのヒロインに抜擢されても行けるなと、なんとなく思った。
しかし、中身が私の状態で、悪役ならまだしも、ヒロインとか無理がありすぎでしょう。
なにより、私の相手は決まっている。少なくとも、私はそう思っている。しかしこればかりは相手のいる問題であるから、強く思っているわけではないけれど。
「元婚約者さんの一発逆転を信じていらっしゃるんですか? お嬢様」
まるで見透かしたような言葉を、面白く無さそうに言う従者に、私は苦笑する。本来なら楽しげに言うような言葉を、苦虫を噛み潰したように言ったことに、自己嫌悪に陥るまでが、今の従者の標準装備だ。
「だって、約束しましたし」
約束とも言えない約束だ。婚約者、いや、元婚約者殿がそんな気持ちで言ったとも思えないから、これはあくまで私の独りよがりなのだけど。
「面白くないって思う自分に吐き気がします」
心底いやだというのがよく分かる言葉に、さすがに無理強いはしたくなくて、提案をしてみる。今までもさんざん言ったが、却下され続けていた。
「大学在学中、お仕事お休みする?」
居なくなると多少の不自由はあるが、代わりが居ないわけじゃない。この子ほど、上手く立ち回る者は居ないとは思っているけれど、多少を大目に見れば、従者の仕事そのものの代わりは立てられる。
ただ、こんな風なやりとりが出来ないのは、いるだけ邪魔なので、居ない方がいいかと思う程度には、この従者を重用してるのは確かだ。
しかし、従者は私のそんな想いが分かっているわけではないので、自身の心の保身を図って、私の提案を断わっているに過ぎないのだが。
まあ、それはそれで楽しいので、私としては問題ないのだけれども。
「無駄な気がしますので遠慮します。無駄でなかったときも悲しいんですが、無駄だったときは心が折れます」
「難儀な状態ね」
無駄なときに心が折れるほど私の恋の相手はいやだというのか。さすがは従者だ。よく分かっている。私も、さすがに従者を攻略しようとは一筋ほども思っていない。
「本当にこれ、お嬢様の言うゲーム期間が終わったら元に戻るんですよね」
不安そうに従者が問いかけてくるが、明確な答えを知る術を私は持たない。
「お前がうっかり私に攻略されなければ」
手順も分からないから回避のしようもないのが現状だ。むしろうっかり攻略を進めたくなくて、閉じこもっているのだから。
「お嬢様」
「前にも言ったけれど、私はゲームがあったと言うことは覚えていても、何がどうなったという記憶まではないのよ。故に私が誰かを攻略したとしても、それは全て神の采配。と言うことで、諦めなさい」
さすがに従者だけはどうにもできずに現在放置している所なんだけど、本当に私、うっかり攻略してないよなと、日々不安が募る。
「思考放棄は死んだも同然ですよ。お嬢様っ」
つかみかからんばかりに詰め寄ってくる従者に、打つ手なしと、両手を挙げた見せた。
「恋愛は私の管轄外です」
「止めてください。そう言うしおらしいこと言うの。うっかり可愛いとか思う自分に目眩がしますっ」
悲鳴のように叫ぶ従者に打つ手なしの私は、堂々巡りの言葉を繰り返しす。
「本当しばらく休んだら?」
自室に籠もっていれば、少々状況を改善できるんじゃないかと思うんだけど、まあ、従者の言うようにどうにもできない可能性もゼロではないし。
強くは言えないのも確か。私が誰かと婚約なり結婚なりをしてしまい、無理にゲームを終わらせると言うのが良いんだろうけど、それはそれで私の方の問題が残る。
「いっそ誰かに命でも狙われててください。そうすれば、まだこう言う甘い感じにはならないかと思うんです」
「お前ね。それ、恋愛フラグ一直線だと思うわよ。鈍い私でも」
「え?」
心底分からないという顔をする従者を、さすがに可哀相だと思い、説明をしてやることにする。
「狙われている間は良いけど、命のやりとりをしているような極限状態の男女って、どう考えても吊り橋効果だと思うんだけど、どう思う?」
「あああ。完全に手詰まりっ」
頭を抱えて蹲る従者を見ると、哀れとは思うが、これ以上どうにもできないというのが、正直な話。
「私が付合って上げるから、運動部系の何かをやったらどう?」
体を動かして発散してみればいいのではと、苦肉の提案をしてみれば、従者はどろりと濁った眼を向けた。
「止めてください。お嬢様に良いとこ見せようとか思って頑張る自分の姿しか想像できません。しかもお嬢様が目の前にいないのでストッパーが低そうです」
「あー」
騒ぎつかれたらしい従者は、もう何もかもあきらめたような声で、とつとつとありえそうな未来を語ると、ばったりと床に突っ伏した。
「いっそ貝になりたい」
「なっても、良いわよ」
この場だろうと、別に問題はない。少しばかり邪魔かもしれないが、それは迷惑をかけている分と、割り切れる程度だ。
「お嬢様冷たい。僕のことをもう少し気に掛けてくださっても良いじゃないですか」
「仕方ないわね」
両手を広げて従者を誘えば、嬉しそうに飛び込んでくる。単純思考になってるのね。普段なら絶対やらないだろうに。
「お母様直伝っ」
「ぎゃーっっ」
良い子はマネしてはいけない方法で、従者の意識を刈り取った。
白目を剥いた従者を見て、お父様も顔面蒼白になっている。明日は我が身であることを理解しているのですね。期待には添いますわ。お父様。
「お母様。お父様が酷いんです」
尽かさず国際電話をかけ出した私に、止める手立てのないお父様は、がっくりと両膝をついた。
お母様に現状の嘆きを伝えながら、私自身も遠い目をする。
ヒロイン改めまして、いっそ、悪役令嬢に戻りたいのですけれど、どうしたものですかね。
前作2作書いたときからヒロインルートはあって、今までちまちまと書き進めてました。
方向性決まらなくて、なかなか終わらなかったのですが、従者が酷い目に遭っただけで終われば良いのではと決まった瞬間、あっという間に書き上がりました。
他の攻略対象とか無駄に出した方が良いのか悩んでいたもので。
従者が実は、ヒロインルートの複線で、悪役令嬢ルートでは本来いなかったとか、ここで書かないと分からない伏線がひっそりとありました。