そこで覚醒なんて反則です
優雅な午後のひと時。木漏れ日が非常に良い感じに注ぎ、小鳥たちの煩くはない程度の囀りだって聞けてしまうここは流石、名門の学術園故だと何度来ても感動し、心を癒しにと足を運んだ事か。
学業を修め、信頼できる友や従者、それに家の為になるような繋がりを作る事が本命であれど、この時ばかりは皆心を体を休め、思い思いに過ごしたいもの。
そんな空間に爆裂弾(攻撃魔法下等Ⅱ)を投げこんできたようにして、一人の令嬢を数人で囲みこみ、断罪を高らかに叫び、更には令嬢の反論の言葉に煽られて次期騎士団長か噂された実力者が令嬢の首に剣を振りかざそうとした。
その瞬間、目も開けていられないほどの閃光が満ち、気付けば周りは皆倒れるか気絶し、刃を向けられていたはずの令嬢だけが立っていた。
令嬢もあまりの事に驚いているらしく、目を見開いていた。
口を開け放したはしたない顔には流石になっていなかったところを見るに、やはり彼女は貴族の中の貴族であるなどとも微かに思いもしたが。
「おお、コンチェルナよ。遂に、遂に己の力に目覚めたか!」
抑えきれない力の奔流の中、けれどそれに臆した様子もなく一人の杖を持ったまるで幼い頃読み聞かせられた絵本の中から出てきたような魔法使いを連想させる老人が突如転移魔法を伴って現れ、感極まった様子で危険物質になりかけている令嬢に近付く。
令嬢も令嬢でその魔法使いらしき人物の声と姿を見てまた驚いた。
「大爺様?どうしてこちらに。御体のご容態がよろしくない筈では」
「なに、可愛いコンチェルナの為ならばこの老体なぞ酷使してでも馳せ参じようぞ。それより、今はそなたじゃ。その沸き起こる力を制御し、周りにこれ以上被害が出ぬようにしなければならん」
そういうと魔法使い、もとい大賢者とも名高い令嬢の曾祖父にあたる彼は左手を振った。
するとどこからともなくずらりと白いローブに身を包んだいかにもな集団が現れ、令嬢の周りを取り囲む。
そしてそれぞれに持つ魔導書や杖、大きな魔石のついたペンダントを手に、力を高め、詠唱をしていく。
それはとても神聖な、まるで神殿か何かを疑似的にその場に作り出していくかのような不思議な圧と空間を生みだしていった。
戸惑い視線を巡らせながらも曾祖父の言葉を待つ令嬢と、自分が連れてきたものらが作り上げるそれに一つ満足そうに頷きさぁ、と大賢者は令嬢を促した。
「儂の後に続いて言霊を捧げよ、コンチェルナ」
「は、はい!」
「我は願う」
「我は願う」
「悠久なる時より目覚めたる力を収め、今ここに次代の英雄の名を引き継がん事を」
令嬢が続く前、大賢者の言葉によって愚かなる者達の内、僅かではあるが思い出したものがいた。
決して忘れてはならない、否、王太子と彼女が婚約しなければならない理由たるすべて。
コンチェルナ・ラグズドゥール・ミナカミ。彼女の身分は侯爵令嬢であるが、その元々の身分を与えられた由来は何世代か前に異世界より現れ世界の闇を払い、幾人もの人や国を救った英雄にあった。
数々の国を救い、民を慈しみ、神と名のつく邪神をも圧倒し退けた彼の功績を称えるものは今も尚多い。伝記やおとぎ話、歴史書などにも多く記されその名は薄れる事はなく受け継がれている。
そして英雄の子孫らにも極々稀にではあるが英雄の力が受け継がれ、国や世界にも変革を齎すような発見や発明、改革を起こす事が度々あったのだ。
故に次期英雄として覚醒と呼ばれる決定的な現象を迎える前ではあれ、ちらほらと片鱗を見せていたコンチェルナを王家や他国は欲していた。
……英雄の力を持つものらが国に縛り付け、御せるようなただ人ではないにしても恩恵に肖りたいと思ってしまうのは人の業の賜物だ。どうしようもない。
そんな欲に囲まれ、浚われかけたり洗脳にも近いような事をしようと企む輩を排除しつつ、気にかけ憐れんでいたのが大賢者と名高い曾祖父と令嬢の父母だ。
彼らはコンチェルナの身の安全の為に、数度かは王族の保護という名の囲いを退けたが他国からの間者や暗殺者などの脅威に、背に腹は代えられぬと渋々王子との婚約を賜った。
それがどうだ。
王子は自分からコンチェルナとの婚約破棄を言い出した。
しかもその直後に命の危機に晒されたコンチェルナは覚醒。
曾祖父も彼女の一族も諸手をあげて喜んだ。
これで憂いはきっぱりとなくなり、コンチェルナは自由だ。
コンチェルナを言いくるめたり周りから手を出そうとしてくるものや災厄からは曾祖父を筆頭にした一族総出でどうにかすればいい。
コンチェルナと同世代には覚醒した者はいないが少しばかり年の離れた従兄弟や遠い親戚の中にはパラパラと存在しているのだ、彼らもそうなるまでに散々に国や刺客などから手を焼いた事からきっとコンチェルナに手を貸すだろう。
一族の結束は凄まじく強固だ。
コンチェルナが完全に英雄としての力を制御してしまう局面になって慌てて我に帰った王子が口を開く。
「こ、コンチェルナ!お前は私の婚約者であったのだから、だからっ」
「だから力を手にしたならば、国や己に従うのが道理と?そう申されるつもりですかな、殿下」
大切な大切な曾孫の儀式の最中、騎士見習いをけしかけて殺しかけまでした男が何をほざくと偉大なる賢者はひどく冷たい眼差しと口調で王子を窘める。
そして青ざめ静かになった王子から視線を再びコンチェルナへと戻すと、先程とは打って変わって穏やかな目で続きを促した。
コンチェルナの薄紅色の唇がそれに答えるよう、言葉を紡ぐ。
「悠久なる時より目覚めたる力を収め、今ここに次代の英雄の名を引き継がん事を」
先程と同じく眩い光がコンチェルナの体から溢れだし、その場にいた皆の目を眩ませた。
その後の事はなんて事はない。元々美しくあったコンチェルナであったが覚醒により、まるで神話から抜け出てきた女神の如し美貌を湛えた英雄になり、周りの目を釘付けにしながら大賢者たる曾祖父に手を引かれ断罪の場から離され、両親や祖父母そして曾祖父と共に国からも出て晴れて自由の身となった。
王家や貴族、民達は必死に押し留めようとしたが霞を掴むかのように手応えはなく、苛立ちの矛先はやはり勝手に女を作り断罪しようと動いた王子とその取り巻きへと向かった。