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偽善1
いつも駅で見かける彼女に恋をしていた。
しかし、声をかける勇気なんてなかった。
ただ見つめるだけの日々が続いた。
そんなある日。
彼女が線路に落ちる瞬間を目の当たりにした。
その瞬間、時が止まった。
目の前に何かが現れた。
「貴様はあの子を救いたいと願っているな」
そう僕の方に問いかけていた。
僕以外の人間は停止している。
「はい」と僕は答えた。
「では、自分の命と引き換えに彼女を救う覚悟があるのならば、彼女の手を引け」
そう目の前の何かは言った。
自分の命と引き換え。
つまり彼女を救えば代わりに自分が電車に轢かれて死ぬわけだ。
恋人でもない、話したことも無い相手のために、死ぬ。
そんなこと、迷う必要もない問題だ。
しかし、だらだらと目的も無く生きている今。
他人のために死ぬのも有りなのかもしれない。そう思ってしまった。
「あと30秒だ」
そう目の前の何かは言った。
だらだら生きて、だらだら死ぬ。
しかもあの子を救うチャンスを見逃したという事実を抱えて。
それならば。
そう思い、彼女の手を引いた。