鬼女教師家守桃子
同居人で、同じ学校に通い、同じクラスでもある家守桃子。
しかし、学校では俺と桃子はあんまり絡むことはない。
なので、俺が学校における桃子の動向を逐一把握しているわけがなく、
「ああ、そうだよ。 それにしても丁度いいところに来たな、桃子。 何の用で図書室に来たんだ?」
桃子とバッタリ図書室で遭遇するなんて、まったくの予想外だった。
「……丁度いいところ? わたし、借りてた本を返しに来ただけだよ」
「特にこの後用事があるわけじゃないんだな?」
「? ……うん、特に用事はないけど……?」
勇人が俺の意図を察する。 そう、俺にはいるじゃないか。 こんなにも頼れそうな人物が。
「桃子、頼みがあるんだ。 俺と勇人に数学を教えてくれ……!」
「俺からも頼むぜ」
「えっ……?」
まさか、俺と勇人に勉強を教えろと頼まれるとは思っていなかったのか、若干困惑気味の桃子。
「……数学を教えればいいの? 別に、いいけど……」
一瞬戸惑った桃子ではあったが、どうやらちゃんと教えてくれるみたいだ。
「よっしゃ! これで赤点回避率が格段に上昇したな」
「だな。 桃子、本当にありがとな。 俺たち二人だけだったらどうなってたことやら……」
桃子さんマジ感謝。 持つべきは、頼れる同居人だ。
「教える前からそんなに感謝されると、照れる……」
と言って、本当に照れた様子の桃子。
「じゃあ、さっそく……」
桃子が席に着く。
そして、バッグから取り出したのは……。 眼鏡ケース?
「……あれ? 桃子、視力悪かったっけ」
「これは、気分を変える為の伊達眼鏡。 わたし、視力は悪くないよ」
気分を変える? どういう意味だろう。
桃子は眼鏡ケースから取り出した赤斑の眼鏡を取り出し、それを装着する。
今まで眼鏡をかけた桃子を見たことは無かったが、いざ見てみると、だいぶ似合っていた。
とても知的でクールな女性といった感じだ。 いかにも有能そうで、これは何だかズルいと思ってしまう。
「最初に言っておくけど、わたし、教えるからにはビシバシいくから。 ……覚悟してね?」
覚悟。 覚悟って、どのくらいの覚悟だろう。 桃子の言う覚悟って、きっとレベルが高いんだろうなぁ。
「……………………」
勇人が視線を俺に向ける。 何か言いたげな目だ。
目は口ほどに物を言う。 ことわざにもそうあるように、嫌でも勇人が何を言いたいのかわかってしまう。
(これ、大丈夫なのかよ)
きっと、そう言いたいんだろう。 わかる。 わかるぞ、勇人。 俺も急に不安になってきたところだ。
「ちょっと待ってて。 準備するから」
と言って何やら準備し始める桃子。 何かが足りなかったのか、席を立ってどこかへ行ってしまう。
その間に俺と勇人は、
「……たぶん、大丈夫じゃない」
「大丈夫じゃないのかよ!」
「俺たちは目覚めさせてしまったんだ。 鬼女教師家守桃子を」
「人見、知ってるか? 女教師ってワードをインターネットで検索すると、九割以上エロいのしか出てこない!」
「し、知らなかった……。 てか、何でそんなワード検索してるんだよ!」
「女教師は男のロマンだろ? 違うか?」
「ち、違いない……! 負けたよ、俺の完敗だ」
といったやり取りを小声でしていた。
それから、桃子が何冊かの本を持って席に戻ってきた。 数学の参考書のようだ。
「まず、今から一時間でテスト範囲の基礎問題を完璧にする。 その後、図書室が閉じる時間になるまでテストに出る確率の高い応用問題をこなしていく。 それだけ押さえておけば、赤点はまず取らないと思う」
「一時間……? ちょっと難しいんじゃ……」
「その考えが、甘い。 テスト本番は、制限時間が存在する。 わたし個人の考えとしては、問題を解くのに制限時間が存在するのは好きじゃないけど、現実として素早く問題を解かなければいけないのだから、テスト勉強でもそれを意識すべき」
「確かに、それもそうか……」
普段、ゆっくり問題を解いて正解に辿り着いたところで、本番の時に素早く問題問いて正解を導き出せるかという話か。
「ましてや、テスト本番はきっと緊張するはず。 いつも通りに問題を解けるとは限らない。 だから、普段から少ない時間内に素早く問題を解いておくことで、余裕を持って本番に挑むことが出来るの」
「その通りでございます……」
正論すぎて、思わず敬語になる。
「例えば、テストの制限時間が五〇分だとしたら、そのテストを五〇分丁度で解けるような勉強をするのはダメ。 三〇分で解いて、残りの二〇分を見直しに使うくらいのつもりで勉強をしないと」
勇人の方を見る。
……なんてこった。 もうついていけないといった顔をしている……!
「ちょっ……、ちょっと待った! 一時間で基礎問題を完璧にするって言ってもよ、俺がいつまでも理解できなかったら、一時間オーバーしちまうぜ?」
勇人の言う通りだ。 桃子が一時間で完璧にすると宣言したところで、俺たちが一時間で完璧にできる保証はどこにもない。
「大丈夫、理解させるから」
「理解させるって言っても……」
「安心して。 わたし、人に教えるの、得意だから」
桃子。 そのことについては、俺は何も心配はしていないんだ。 俺が心配しているのは、もっと別の事なんです……。
「無駄話はもう止めて、早く、始めよ?」
勇人とまた目が合う。
(おいおい、俺はもっとのんびりテスト勉強をするつもりだったんだが……?)
(……しょうがないだろ。 俺だってこんなつもりじゃなかった)
といったやり取りは俺の想像なわけだが、とりあえず心の中で謝罪しておこう。 ソーリー勇人。
そして、桃子の厳しい指導の下、俺たちはテスト勉強を頑張り続け、あっという間に三時間が経過した。
時刻は午後八時。 空はすっかり薄暗くなり、腹の虫もそろそろ鳴りそうだ。
「本当はもっと進めたかったけど……。 続き、いつやる?」
「いや、もう大丈夫だよ桃子。 今日の勉強だけで、赤点を取る気がまったくしない! なあ、勇人!」
「ああ……。 赤点なんて取るわけないぜ……」
ゲッソリ。 こんなにやつれた勇人を見るのは初めてだ。
「……そう。 なら、いいけど。 じゃあ、帰ろ?」
荷物をまとめ、図書室を後にする。
意外にも、桃子と一緒に帰ることはあまりなかったりする。 五木と三人で帰った時以来か。
そういえば、五木は数学得意なのだろうか。 仮に得意じゃなかったとしても、真面目に授業を受けて復習もしているみたいだから、赤点は取らないんだろうけど。
「じゃあ、また明日な」
勇人と別れ、桃子と二人きりになる。
数学の赤点を回避したかったのは本当だが、それ以上に気になっていることがある。 それは、二人きりじゃないと話せないことだ。
「なあ、桃子。 確か、今日のはずだよな。 魔術会から魔術師二人がこっちへやって来るってのは」
ちょうど一昨日、桃子が話していたことだ。 魔術師二人が我が家へやって来る。 ……居候である俺が我が家なんて言葉を使うのはちょいとアレだが。
「……うん。 そのことだけど、色々あってだいぶ遅れるみたいなの。 でも……」
「でも?」
「その遅れて来ると言った時刻になっても、まだ何の連絡も来てないの。 それどころか、こちらから連絡しても返事が来ない」
「……嫌な予感がするな。 反応がないということは、スマートフォンが使用できない状態に置かれているということか?」
スマホを紛失・破損したか。 あるいは、電池切れ。
「わからない。 もしかすると、二人共スマートフォンをどこかに置いて来ているのかもしれない」
「置いて来ているって、何でだ? 携帯電話は携帯するものだろ。 ましてや、今日は桃子と連絡を取り合う必要があるのに」
「……戦闘の可能性があったからなのかもしれない。 こちらへ来る魔術師二人は、二人共雷属性の魔術を得意とする魔術師なの。 だから戦闘時、電子機器を身に着けないようにしていることが多い」
「そりゃまた、面倒だな……」
雷属性魔術を使うからといって、そんな事をする必要あるのだろうかと思うが……。 まあ、万が一がある。 念には念を入れているというわけだろうか。
「……啓人。 わたしたちで手分けして、二人を探したいんだけど、協力してくれる? 行き違いになる可能性もあるけれど、このまま家で大人しく待機だなんて、していられない……」
仮に、この街まで来ているのなら、二人で手分けして探せば見つかる可能性が高い。
桃子を一人にするのは心配だが、俺と桃子は連絡し合うことが可能だ。 見つけ次第、連絡を取り合い合流をすれば良い。
「もちろんだ。 俺なら探知魔術みたいなのも使えるしな。 ……二人の容姿の特徴は?」
「男性の方は、歳は二十六。 名前は鬼山竜紀といって、背が高く、一八〇センチは超えてると思う。 例えるならば、若くて女子生徒からモテるけど、ぶっきらぼうで女心がわからない数学教師みたいな人」
……何だその例えは。 わかるようで、わからないぞ。
「女性の方は、ちょうど五木紗羽より少し低いくらいの背丈で、黒髪のセミショート。 年齢は十九歳。 そしてこれは、二人に共通していることだけど、どちらも指輪をつけているはず」
「指輪……?」
「そう。 魔術会が第二世界の魔動武器を複製しようと試みて生み出した、魔道具」
魔術会はそんなことまでしているのか。 正直、呆れた。
「その道具には、どんな効果があるんだ?」
「魔術を発動することによってかかる体への負荷を軽減する効果があるの。 緩衝材みたいな役割って言えばいいのかな」
なるほど、それは強力だ。 これだから人間は恐ろしい。 道具によって人間は、魔物や魔人との差を埋めようとするのだから。
「でも、桃子はその指輪を付けていないんだな。 まあ、目立つからしょうがないだろうけど……」
「わたしは指輪より、もっと良いものを持っているから」
「もっと良いもの……? 何だそれ、気になるな」
仮にも家守家の次女だ。 とんでもなく強い装備をしていてもおかしくはない。
「わたしは自宅から東側、啓人は自宅から西側を探す。 それでいい?」
「ああ。 二人を見つけ次第、連絡を取り合おう。 いいな?」
「うん」
桃子と一旦別れる。 桃子は探知魔術を習得していない。 きっと、二人を探し出すのは困難だろう。
俺はどうだ? 俺は、桃子よりも鋭い感覚を持っている。 何より、俺には探知魔術と同じ機能を持つ、特殊な力がある。
――魔眼。 魔人なら、多少性能に個人差はあれど、誰もが持っている能力だ。 単純に眼の機能全般を向上させるだけではなく、探知魔術に近い事も可能だ。
「……………………!」
魔眼を発動し、感覚を研ぎ澄ます。
この反応は……桃子だ。 さっき別れたばかりだから、まだ近くにいる。 桃子は闇属性耐性魔術を展開しているから、探知に引っかかったというわけだ。
もっと遠くへ意識を集中する。
「……っ……!?」
微かに捉えた、この違和感。
これは……。 俺の知らない存在だ。 しかも、複数。
いや……、それだけじゃない。 未知の存在以外にも、何かある。 俺は、この感じを知っているような……?
違和感のする方へ、急ぐ。
場所はそこまで遠くない。 それに、俺の知っている場所だ。
時間は俺を待ってくれない。
時計の針が進む度に、空はより黒く染まっていく。
まるで、不穏な空気が広がっていくかのように。




