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図書室へ

 

 翌日。 

 昨日は日帰りで施設に行き、とても(主に美野川みのかわさんが運転する車により)疲れてしまったわけだが、二日連続で学校をサボるわけにもいかず。

 文化祭が終わり、ついに七月も中旬に突入。 いつも通りの学校生活を再開する為、学校へ向う俺。 授業を受け、ただ時計が進むのを眺める日々が戻ってくるのだ。

 

 ちなみに、桃子は無事復活して、俺より早く学校へ行ってしまった。 風邪が完全に治ったのはもちろん、精神的にもだいぶ余裕が出来たように見える。 ひとまず安心だ。

 そして俺はと言うと、実は本日、寝坊をしてしまった。 何たる失態。 起きた時、時計を見ると時刻は十一時を指していたのであった。

 

「あれ……?」

 

 そんな訳で、昼前に登校したわけだが……。

 

「よお人見。 随分と遅い登校だな」 

「……なあ、勇人。 今日、五木は来てないのか」

 

 俺が遅刻して来たのに対し、特に理由を聞こうとはしない勇人。 

 それはさておき、五木の姿が見当たらない。 高校入学以来、無遅刻無欠席の五木がだ。

 

「ん? ああ、そういえば来てねーな。 俺も遅刻して来たから、理由は聞いてないぜ?」

「そうか。 五木が学校に来ないなんて、珍しいな」

「確かに珍しいな。 人見が欠席するのとはワケが違う」

「お前が言うか……」

 

 普段の行い、とても大事。

 それにしても、本当に五木はどうしたんだろう。 三年間無遅刻無欠席を目指していると言っていたのに。 

 まあ、五木だって桃子みたいに体調を崩すことくらいあるだろう。 だから、そこまで心配するようなことでもないのかもしれないが……。

 

 

 

 昼休みも終わり、五限目。 

 五限目の科目は、倫理だ。 眠くなる時間帯に、眠くなりそうな授業。

 

「人見、早く行こうぜ」

「ああ、ちょっと待ってくれ」

 

 倫理の授業は、二年A組の教室から少し離れた教室で行う。 選択科目の授業は、だいたい教室を移動することになるのだ。

 勇人も倫理を選択したので、俺はいつも勇人と共に倫理の授業を行う教室へと向かう。 

 いつもと言っても、互いに休んだり遅刻したりするので、一人で向かうことの方が多かったりするわけだが。

 

「この知行合一ちこうごういつという考え方はですね、後に江戸時代初期の儒学じゅがく者にも影響を与えているんです。 きっと、実践的な思想に共感をしたのでしょう。 現代に生きる私たちも、この考え方には考えさせられる部分があるかと思います」

 

 倫理の担当教師は、白髪交じりの髪をした、中年の男性だ。 高校の教師というよりは、大学の教授といった印象。

 

 それにしても、知行合一……か。 

 知ることと行うことは、本来一つのもので、行わなければ、本当に知っているとは言えない。 中国の思想家の考えらしい。

 

……確かに、考えさせられる思想だ。 俺のような人間にとっては特に。

 善いことだとわかっていても、それを行わなければ、ただの知識でしかない。 知識はあくまで人の道具。 道具を使うのは、人自身だ。 道具が勝手に何かをするわけではない。 道具は人が使うからこそ、効果を発揮する。 道具をただ収集するだけで終わってしまってはいけない。

 

 きっと、世の中の多くの人間は、道具自体は持っているはずだ。 こうすることは善いことだと、わかっているはずなんだ。

 

 例えば、転んで倒れている老婆が目の前にいたとして。 何もせずに通り過ぎることが善いことだと思う人が、本当にいるのだろうか。

 

 親とはぐれ泣き叫ぶ幼児が目の前にいたとして。 それを見過ごし、何事も無かったように振る舞うことが善いことだと思う人が、本当にいるのだろうか。

 

 虐められ、辛そうにしている少年がいたとして。 その少年を無視し、関わらずにいることが善いことだと思う人が、本当にいるのだろうか。

 

 味方が誰もいなくなって、生きる意味を失いかけた少女がいたとして。 その少女に何も言わず、何もしないことが善いことだと思う人が、本当にいるのだろうか。

 

 本当は、みんなどうするべきかわかっている。 知っている。 道具を持っている。 

 けれど、知っているからといって、必ずしも知識通りの行為をするわけではない。

 

 もちろん、色々な理由があるだろう。 

 以前、桃子が言っていた。 責任ある行動。 中途半端は良くないと。 

 傷ついた野生の雛鳥を、下手に人間が保護してしまうと、人間の匂いが染み付いたその雛鳥は、元の居場所に戻れなくなる。 それと同じだ。

 

 でも、本当にそうなのか? 

 後先を考えるのは確かに大事だ。 もしかすると、自分が良かれと思ってした人助けが、その人を更に不幸にすることだってあるのかもしれないし、自分が不幸になる可能性だってあるのかもしれない。 

 

 けれど、だからといって、関与しないことが賢い在り方なのか? 

 何もしないことが、善いことなのか? 

 正直者は馬鹿を見続けるのか? 

 結果が全てなのか?

 

 わからなくなる。 正しさが、わからなくなる。 善悪がわからなくなる。 何もかも、わからなくなりそうだ。

 五木の言った通りだ。 世の中は、矛盾だらけ。 全くもって、きっちりしていない。 だから、きちんとしようとすればするほど、辛くなる。

 世の中は、都合良く出来ていない。 善と悪。 

 善は思考だけで留まらずに行動してほしいものだが、そうはならず。 それなのに、思考だけで留まってほしい悪は、実際に行われてしまう事が多い。

 

「………………」

 

 隣に座る、勇人を見る。 

 俺は、勇人を勝手に親友だと思っているが、それでも勇人に対してちょっとした不満のようなものはある。 

 

 それは、家守桃子に対して思うある一つの疑問と同じものだ。

 

……今度、聞いてみよう。 勇人に直接。 勇人も桃子も、人をよく見ているし、理解している。 気づいている。 道具をたくさん持っている。 それなのに……。

 

「……というわけです。 ここらへん、テストに出す予定ですから、ちゃんと理解しておいてくださいね」

 

 授業が終わる。 結局、途中から考え事をしていて、授業の内容があまり頭に入らなかった。




「文化祭が終わったかと思えば、次は定期テストだぜ? もうすぐ夏休みだって言うのにな。 人見はテスト勉強してんのか?」

 

 クラスの教室へ戻る途中、勇人が話しかけてくる。

 

「ん……? テスト勉強はしてないな。 まあ、何とかなるだろ」

「おいおい、随分と余裕だな。 赤点取ったら夏休みの課題が増えるんだぜ?」

「……マジ?」

「マジだ。 科目によっては赤点取っても大丈夫なんだけどな。 まあ、そういう科目はそもそも赤点回避しやすい科目だ。 俺たちが一番気をつけなきゃいけねーのは、数学だぜ。 なんたって、数学の課題は数学担当教師に作るプリント十数枚だからな」

「うへぇ……」

 

 聞かなかったら聞かなかったで後に苦しむことになる情報だが、こんな情報聞きたくなかった。

 

「てなわけでよ、今日の放課後、図書室で少し勉強していかねーか? とりあえず、基本的な問題だけは確実に取れるようにしておけば、赤点は回避できるだろ」

「そうだな。 俺も数学は苦手だ。 誰かと一緒に勉強した方が心強い」

 

 というわけで、俺と勇人は放課後、図書室でテスト勉強をすることになった。

 

 

 

「うわ、結構人いるじゃん」

 

 放課後の図書室は、俺たちと同じようにテスト勉強をしに来た生徒がたくさんいた。

 

「え~? マジありえな~い!」

「それがマジなのよね……」

 

 中には勉強そっちのけで雑談に興じる女子集団や、

 

「やっぱ毛塚治虫先生の漫画はすげえわ……」

「はだしのケン懐かしいなぁ。 小学生の時全巻読んだなー」

 

 図書室に置いてある漫画を読み漁ってる男子集団もいるわけだが。

 

「思っていたよりも静かじゃねえな」

 

 勇人の言う通り、図書室は気が散る程度には騒がしかった。 誰も注意をする者がいないのだから、こうなるのは仕方がない。 

 俺にとってこういう環境はあまり好ましくないが、逆転の発想だ。

 

「……まあ、この方が喋りながら勉強できて丁度いいかもな」

「そうだな。 とりあえず、あそこの空いてる席に行こうぜ」

 

 空いている席に座る。 座ってから気づいたが、この席はエアコンの風が丁度当たり、ちょっと寒い。 いくら夏でも、これは遠慮したい。

 

「こりゃ夏服だとキツイな。 他の席に移動するか?」

「……お? 勇人、丁度あの席が空いたみたいだぞ」

 

 図書室で雑談するのに飽きたのか、女子集団が席から立ち去っていく。 ナイスタイミングだ。

 

「ここなら快適に勉強出来そうだな」

「そうだな。 じゃあ、さっそく始めるとするか」

 

 快適な席に移動し、やる気満々の俺と勇人。 しかし、ここであることに気づいてしまった。

 

「なあ、人見」

「どうした? さっそくわからない問題でもあったのか?」

「人見って数学苦手なんだよな」

「ああ、苦手だ。 勇人は?」

「俺も苦手だぜ? これってよ、何かおかしくね?」

「……実は俺も、おかしいなと思い始めていたところだ」

 

 俺、数学苦手。 勇人、数学苦手。 なら、どうやって苦手を克服するのでしょうという問題だ。

 

「二人力を合わせれば何とかなる。 ってわけにはならねーよなぁ……?」

「仮に何とかなったとしても、非効率的すぎる。 要は、俺たちには足りないんだ」

「……脳みそがか?」

 

 勇人、なんて悲しいことを言うんだお前は……。 

 

「……違う! 頼れる勉強仲間が足りないんだよ。 そもそもアホ同士が集まって何とかなるなら、教師や塾講師はいらない!」

「お、おう……。 確かにそうだな」

 

 教師を頼るにしても、俺たちはわからないところがわからない状態だ。 俺たち二人につきっきりなんてことをするほど、教師も暇じゃないだろう。

 かといって、俺には数学を教えてくれそうな知り合いが……。 

 

……いた。 しかも、何故かすぐ目の前に。

 

「……啓人と、カマキリ君。 試験勉強中なの?」

 

 偶然なのかわからないが、桃子が図書室に来ていたのであった。

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