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おかわりもいいぞ!

 

 スーパーでの買い物を終え、本日二度目の帰宅。

 

 中身が傷つかぬよう、ゆっくりスーパーの袋を降ろす。

 

「ごはんは冷凍してるのを解凍するだけだから。 ササッとカレー作っちゃうね」

 

 帰宅して手を洗い、すぐエプロンを装着する桃子。

 

 桃子は学校の制服姿のまま、エプロンを装着することが多い。

 汚れるのが嫌なら着替えればいいのにと思うが、聞いたら聞いたでどんな返答をするのかだいたい想像はつく。

 

 どうせ、汚れたらわたしの負け。 汚れなかったらわたしの勝ちみたいなことを言うんだろう。 

 桃子は毎日が勝負の連続だ。

 

「さてと……」

 

 桃子が料理している間に俺は何をしよう。

 テレビでも観ようかと思ったが、先に風呂へ入るのもいいかもしれない。

 

 風呂の順番は基本俺が最初だ。

 

 理由は簡単、桃子の方がお風呂に時間がかかるから。 あの長髪じゃしょうがない。

 

 そして俺も、桃子の前の方が変な疑いをかけられない。

 桃子の浸かった後の湯船に入るとか、色々とダメだと思うし。 

 

 俺も一応年頃の男子高校生。 桃色な妄想をしないわけじゃない。 

 桃子が使った後のお風呂に入ること自体、よろしくない気がする。

 

「よし……」

 

 ちょうど桃子は調理中で当分お風呂に入ることはないから、ささっと風呂を済ませるか。

 今日は湯船に浸かりたい気分じゃないから、シャワーだけ浴びることにする。

 

 

 

「ふぅ……」

 

 そんなに汗をかいたわけじゃないが、久々に外で一日中活動していたこともあり、ただのシャワーを浴びるだけの行為が、とても気持ちよく感じる。

 風呂から出て体を拭いたらそのままベッドで眠りにつきたい。

 

 と思ったが。 シャワーの音に紛れてお腹が鳴る音がぐうぐう聞こえた。

 

「体は正直だな」

 

 自分の胃に話しかける。

 更にぐうぐうと音が鳴る。

 胃にだって返事くらいできるらしい。

 

「はぁ……」

 

 唐突に、生きるということは大変だなと思う。

 死にたいとは微塵も思わないけれど。

 ただ生きる為だけに、どれだけ面倒事があるのやら。

 

 どんなに思考能力が発達しようが、生物という範疇からは抜け出せない。

 生きる為に飯を食べ、出すものを出さなきゃいけないからだ。

 

 そこに快楽だけがあればいいけど、時に摂食も排出も苦痛を伴う。

 生きることは面倒くさいだけじゃなく、辛くもあるから困る。

 明日もそんな面倒くさくて辛い、ただ生きるという行為をしなきゃならない。 

 

 

 

 風呂を出る。

 

 台所から漂う、カレーの良い匂い。 食欲を唆る。

 桃子の作るカレーを食べることになるのは、今日が何度目だろうか。

 

 この家は二人だけだから、一度カレーを作ると数日の間、夕飯のカレー率が高くなる。

 だから、カレーを作った回数自体は少なくても、食べた回数は作った回数よりだいぶ多い。

 桃子のカレー作りは特に凝ったことはしないが、インスタントコーヒーを少し入れているのが特徴的だ。

 

 調べてみると、インスタントコーヒーを入れるとコクが増すらしい。

 ちなみに俺は、インスタントコーヒーを入れることでどう味が変化したのかわからない。 入れないで作ったカレーを食べたことがないからだ。

 

 バスタオルで体を良く拭き、用意しておいた着替えを着る。

 

「夕飯、できたよ」

「おお……」

 

 庶民の味方、鶏胸肉をたっぷり使った、肉多めカレー。

 実物を目の前にして、胃が喜びの声を上げる。

 

「さて、いただきますか」

 

 席へ移動し、座る。

 そして、本日の夕飯チキンカレーを食す。

 

 まずは一口。


「うむ……」

 

 これは。

 

「なるほど……」

 

 なかなか。

 

「へぇ……」

 

 美味しい。

 

「おかわりもあるよ」

「……もちろんいただこう」

 

 気づいたら一杯目を完食していた。

 自分でもビックリするほど食という行為に対する没頭っぷり。

 市販のカレールーなので、そこまで辛いわけじゃないが、ほどよい辛さがまた食欲を増進させる。

 

「啓人は本当に、美味しそうに食べてくれるね」

「今朝は引きこもっていてもごはんは美味しく感じるって言ったけどさ、やっぱりちゃんと運動した後食べるごはんの方が、美味しいね」

「啓人、運動って言えるようなことしてないけどね」

 

 俺にとって学校生活は運動みたいなものだ。

 

「うん、美味しい。 何杯でもいけそうだ」

「遠慮しないでいいからね。 わたしはそんなに食べないから」

「……食欲がないとか?」

「そういう訳じゃないよ。 ただ、腹八分目にしておこうかなって」

「そっか。 てっきり体調でも悪いのかと思ったよ」

「体調管理は得意だから」

 

 そう言って、桃子はリモコンでテレビの電源を点ける。

 

 桃子のことだから、ネットで常に色んな情報をチェックするくらいしていそうだが、テレビを観る習慣もあるらしい。

 

 なんでも、思いがけない情報を目にすることがあるからだそうだ。

 ニュース番組に限らず、どんなにくだらない番組でも、だ。 

 

 そのまま番組を流しておいて、たまに観ることで得られる情報。

 そんな情報が時に自分を守る強みになると、桃子は考えているのだろう。

 

「……今日はこのニュースばかりだね」

「ん? ……ああ。 これか」

 

 三杯目のカレーを完食一歩手前のところで、桃子が沈黙を破る。

 

 テレビを観てみると、東日本連続猟奇殺人事件についてのニュースが流れていた。

 

 新たに加わった九人目の被害者。 

 

 今までの被害者との関連性はあるのか。

 遺体発見現場に何か手がかりはないのか。 


 色々な情報が飛び交っているが、特に進展はない様子。

 

「これで九人目。 相変わらず不可解な部分が多いみたいだけど、犯人の手がかりは見つかったみたい」

「え? 見つかったのか?」

「うん。 たぶんそのうちテレビニュースでも報じられると思うけど、ネット上で一足先にね」

 

 テレビニュースを観た限りだと特に進展はなさそうだったが、ネット上では何か手がかりが見つかったらしい。

 

「九人の被害者の内、二人は同じ高校出身で同い年だったの。 しかも同じクラスになったこともあるみたい。 これが偶然じゃないんだとすると、犯人はその二人と関係のあった人物なのかもしれない」

「ありえそうだな。 高校時代の恨みを晴らすために犯行に及んだとか」 

「わたしたちは知り得る情報が少ないから特定できないけど、もうわかる人にはわかっているのかもしれない。 啓人の言う通り、恨みが殺害動機なら、当時のクラスメイトが何か知っていてもおかしくない」

 

 勇人の言っていた複数犯人説がいよいよ現実味を増してきた。

 同じ高校出身で同じ学年同じクラス。 これほど強い共通点は中々ない。

 

「……ねぇ、啓人はこの事件について何か、わたしが知らない情報を持っていたりしないの?」

「え……?」

 

 いつになく真剣な顔で、唐突に俺に対し問う桃子。 

 何やら見透かされているようで、ドキッとする。

 

「……持ってないよ。 桃子はこの事件をどう見ているんだ?」

「……正直なところ、訳がわからない。 でも、やっぱり認めるしかないと思う」

「認めるのか。 認めたら大変になるのは、桃子だぞ」

「わかってる。 でも、啓人だって無関係とは言えない可能性が高いんじゃない?」

「できれば無関係で居続けたいけどな」


 と言って、俺は席を立つ。


「……さて、ごちそうさま。 シャワーも浴びたし、洗い物が終わったら俺はもう部屋へ戻って寝るよ」

「随分と早く寝るんだね。 昼間もたくさん睡眠してたのに……」

「昼間たくさん寝ていても、食後は眠くなるもんだよ」

「食べてすぐに寝るのは、身体にあんまり良くないよ」

「すぐに寝ないよう、善処致します」

「その言い方、善処しないパターン」

 



 食器洗いをササッと済ませ、歯を磨き、自分の部屋へ戻る。

 

「あれ、カーテン開けっぱ」

 

 朝に桃子が開けてそのままだったようだ。 もう夜だし、閉めておこう。

 

「お……」

 

 カーテンを閉めようと窓に近づいて気づく。

 

 夜空に浮かぶ、満月。

 窓を開け、月夜を眺めることにする。

 

「……綺麗だな」

 

 俺は昔から、ぼんやりと月夜を眺めるのが好きだった。 

 

 そこに強い感動などなく、時間がゆっくり過ぎていくのをただ待つだけ。 

 この行為にヒーリング効果があるとも思えない。

 誰かと一緒に見るというわけでもない。

 月夜を眺めながら何かを飲んだり食べたりするわけでもない。

 

 それでも、一人でただただぼんやりと、月夜を眺める。 それだけの行為が好きだった。

 

「さて……」

 

 贅沢な時間の使い方をし、良い感じに眠気が襲ってきたところで、ベッドへ。

 

 明日の為に、今日をしっかり終わらせる。

 夜更かししすぎると、今日と明日の境界線が曖昧になってしまうからだ。

 

 俺はこれでも、一日一日を大切にしたいと思っている。

 今日はそれなりに良い日だった。

 明日も良い日であるようにと。 願いながら、眠りに落ちる。

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