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家守恭介という男


「今日は登校日だろう? 二人揃って、学校を休んでまで父さんの所へ来てくれたのか」


――貴族。 目の前の男は、そんな印象を俺にいだかせた。

 

 黒色のダブルスーツに白のシャツ。 襟につけられた、蝶ネクタイ。

 僅かに蓄えられた顎髭からは、不思議と気高さを感じてしまう。

 

 高校生の娘を持つ、父親でもある男。 まだ若く見えるが、年齢は四〇歳~五〇歳くらいだろう。 

 整った顔立ちで、聡明そうな眼つき。 長身痩躯で、スーツを着こなすその姿は、男として憧れないわけがない。

 

 家守恭介は、一見、娘が自慢したくなってしまいそうな、格好良い父親だ。 

 だがしかし、この男はそんな外見通りの男ではない。 一言で言えば、変人。 


「うん。 大事な用があって、来たの」

「大事な用? 何かな、それは」

「……話をしに来ました」


 桃子は父を前にして、少し萎縮していた。 桃子にもちゃんとやるべき事をやってもらう必要があるわけだが、その前に俺が話すべき事を話さなければ。


「話、か。 その敵意に満ちた眼差し……。 なるほどなるほど。 もしかして、私を倒しにでも来たのかな」

「いや、そんなんじゃない。 約束は破らないよ。 何せ、生活の支援をしてもらってるんだ。 それに関しては、本当に感謝しているんだ」

「なあに、長女の虚子うろこがもうこの世界にいないからな。 君一人を養うくらい、私にとってそこまでの負担ではないよ。 それで、話とは何だ?」

「……色々と、聞きたい事や伝えたい事があるんだ」

「ほう? 聞きたい事や、伝えたい事……。 なるほど、そういうことか。 あの事に気づいたということか」 

 

 あの事? ……心当たりがありすぎて困るが、まずは……。

 

「まず、俺は最初、魔物を目撃しただのの騒ぎの原因は、魔術会にあると思っていたんだ。 魔物の存在する第二世界へ行くことが可能なのは、第二世界への『扉』を管理する魔術会にしか無理だろ? だから、東日本連続猟奇殺人事件も、魔術会が何かしくじって発生した事件だと思っていたんだ」


 けど、それは実際には違っていた。 この一連の騒動は、魔術会が引き起こしたものではなかった。

 

「……俺は、魔術会が勝手に起こした問題なら、干渉しないつもりだった。 自分の生活圏に踏み込んでこない限りはな。 そういう約束だったからと言えばそれまでだけど、今思えば、俺は最低だ。 救える力を持っていながら、救わない。 それは、卑怯だ。 何より俺自身が、そういう存在を嫌悪していたはずなのに、結果として同じような事をしてしまった」

「ほう」


 俺の話を聞いて、相槌を打つ恭介。 随分と落ち着いている。

 

「過ちに気づいたから、俺は何とかしようと考えた。 何より、魔術会が原因ではない事もわかってきたからな。 ますます俺が行動する必要が高まってきたわけだけど」

「君は、容疑者扱いされてしまった」


 そうだ。 俺は、容疑者扱いされてしまった。 

 

「……でも、あんたは俺がそんなことをしないとわかっていたんだろ?」

「ああ。 人見啓人。 君は賢い青年だ。 君があんな騒動を起こすとは思っていないさ。 ただ、君は危険なんだ。 私の思うように動いてくれない」


 危険。 そう話す恭介ではあったが、そんな危険人物を前にしても、動揺する素振りを微塵も見せない。


「……私は非常に焦っているのだよ。 この通り、私はずっと『扉』を管理している。 人見啓人、君が『扉』を通った以来、誰も『扉』を使用していないことは確かなんだ。 しかし、この世界に魔物がいて、魔術の力を与えた者がいるということは、『扉』とは別の方法で第二世界からこの世界へ来た者がいるということだ」  


 焦っている様子をまったく感じさせないで、恭介は話を続ける。

 

「その者が君と同じ魔人である可能性は高く、その魔人が君と出会って協力関係を結ぶ可能性がないとは言い切れない。 一人でさえ手に負えないのに、魔人を二人も相手にするのはあまりにも危険すぎるのだよ、わかるだろう? 私はこう見えても、人を信じる方だ。 けれど、君がもう一人の魔人と手を組まず、その魔人と戦うと口で言っただけで信じるほどではない。 だから、君を処分しておこうと思ったんだ。 君は、桃子にだいぶ気を許している。 桃子なら、君を殺すことが可能だと思っていたのだよ」

   

 どうやら、俺の予想は合っていたらしい。 

……というか、やっぱりこいつ、とんでもない男だな。 殺そうと思っていた相手が目の前にいるのに、その事を恐れることなく言っている。 あまりにも平然とし過ぎている。


「だが、どうやらそれは失敗したようだな……。 私が思っている以上に、桃子は優しく育ってくれたようだ。 父として、この上なく嬉しいぞ、桃子」

「……っ……!」


 心底嬉しそうに話す父に対し、不快感を露わにする桃子。


……まったく、どの口が言いやがる。 本当に嬉しく思っていそうなのが、余計不気味だ。


「……随分と落ち着いているな」    

「そうでもない。 桃子。 お前は父さんが何か凄い手を隠していると思っているのかもしれないが、実際は違う」

「えっ……?」


 こいつ、読心術でも……! 

……あれ、デジャブ? やはり親子ということだろうか。

 

「魔術の実力は長女でお前の姉である虚子うろこの方が格段に上だ。 いや、それどころか花子はなこや桃子よりも私の方が下かもしれない。 父さんはね、そこまで魔術の実力は高くないんだ。 無駄に使えない術式を習得しすぎたのだよ。 何ぶん、魔術の力を手に入れた当初は魔術に関する知識が乏しかったものでね」


 嘘……には聞こえない。 この男が話す内容を丸っきり信じるのは危険だが、俺も以前から思ってはいた。  


……家守恭介は、そこまで強くないのではないかと。


「それだけじゃない。 父さんは、拳銃を扱えるわけでも、ナイフが扱えるわけでもない。 格闘術なんてものを身につけているわけでもない。 戦闘に関しては、正真正銘素人なんだ。 父さんはね、弱いんだよ」

「……本当に?」

「ああ。 桃子と戦ったら、きっと父さんは負ける。 それくらい、弱い」


 しかし、こうなると、新たに疑問が湧いてくる。 

 戦闘能力がそこまで高くない家守恭介が、魔術会会長として魔術師たちを束ねている。 

 反逆者が出てもおかしくないのに、ずっと支配者の座に居座っている。

 

 そんなことを可能にしている、何かがあるはずだ……。 この男が魔術会設立者として、魔術会会長として居続けることが可能な、何か。

 

「……じゃあ、何でお父さんは……」

「私にはね、特別な力が使えるんだ。 魔術とは違う」

「魔術とは、違う……? 何だ、それ……」


 特別な力。 魔術とは異なる力。

  

「――能力だよ。 異能力、超能力……。 呼び方は何でもいい。 常人には実現不可能な、不思議な力。 父さんにはね、その力があるんだ」


 能力。 俺のまったく知らない力を、家守恭介は持っていた。

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