召喚魔術
『グォォォオオオオオオオオオオオ!!!!』
常人ならば気絶しかねないほど迫力ある、ドラゴンの咆哮。
周囲から聞こえていたはずのあらゆる音はその大音量によって上書きされ、轟く残響が鼓膜を震わす。
「桃子! こいつ、魔物じゃないぞ……!」
「……きっと、こいつは、召喚魔術によって召喚された、召喚獣……。 こんな魔術が使える人間は、わたしの知っている限りただ一人……」
神話や伝承に登場する、伝説上の生物――ドラゴン。
現実に存在しないはずの、人間の想像力によって創り上げられた生命体。
そんな生命体が、今、俺たちの目の前にいる。
――召喚魔術。 その魔術の存在を、俺はもちろん知っていた。 しかし、
「召喚魔術だと……? そんな魔術を扱える人間が、この世界にいたのか……! 一体、誰が……」
召喚魔術は、適性ある人物が極端に少ない魔術だ。
故に、魔術師自体の数が少ないこの世界で召喚魔術の適性を持つ人間がいるとは思えなかった。
「……花子。 わたしの妹に違いない……」
「何……!? ってことは、桃子の妹は俺たちを倒すつもりなのか……?」
「……わからない。 でも……!」
目の前のドラゴンは、俺たちに強烈な敵意を向けている。
……危害を加えてこないとは、どう見ても思えない。
「――来るぞ!」
振り下ろされる、竜の爪。
その一振りは、烈風を伴って周囲の木々を大きく揺らしていく。
「……っ……!」
幸い、威力こそ凄まじいものの、その軌道は読みやすく、回避することに成功する。
しかし、俺はともかく、そこまで強力な防御手段を持たない桃子にとって、一発一発が即死級の敵の攻撃を避け続ける事は精神的にも肉体的にも過酷すぎる。
「……桃子。 後ろに下がって、俺のサポートを頼む。 こんなところで無駄な時間を使うわけにもいかないからな、手早く済ませるぞ」
「……うん、わかった」
今日は日帰りだ。
二日も学校を休むわけにはいかないし、何より巨大カマキリの目撃情報が相次ぐ学校の方で事件が起きる可能性は高い。
ここでグダグダと戦って無駄な時間を消費するわけにはいかない。
「速度、上昇――」
緑色のオーラが俺の体から発せられる。 速度上昇に特化した、上級の肉体強化魔術だ。
「防御力、強化――」
そして次に、防御に特化した上級の肉体強化魔術も発動する。 バチバチと青い稲妻が弾け、俺の体を青い光が包み込む。
スピードと防御力の強化。 けれどこれでは、まだ足りない。 竜の肉体を貫くには、攻撃力も必要だ。
しかし――。
『グォォオオオオオオオオ!!』
ドラゴンも俺が魔術を使うのを黙って見続けてくれるわけがなく、
「啓人、危ない……!」
爪による攻撃よりもリーチの長い、尻尾による攻撃が繰り出される。
目の前のあらゆる障害物を薙ぎ払う、強烈な一撃。
「……っ……!」
その攻撃速度は、巨体に似合わず速かった。
その上、撒き散らされる破壊の範囲は広く、尻尾自体は躱す事が出来ても、攻撃によって生じた衝撃全てから逃れる事は難しい。
俺は何とか、高く跳んで攻撃を回避する。
更に、ドラゴンの攻撃は続いていく。
口を大きく開くドラゴン。 そこには、青く輝く光球が発生しており……。
次の瞬間、その光球は一際大きく輝き、強い衝撃波を伴って、ドラゴンの口から放たれた。
「くっ……!」
当然、ドラゴンの狙いは、尻尾の攻撃を躱すために高く跳んでいた俺だ。 着地と同時に着弾するタイミングで攻撃は放たれていた。
着地するよりも早く、急いで防御壁を前方に展開する。
俺の防御魔術は、前方に透明な薄い壁を作り出すものだ。 威力がそこまで高くない上級魔術なら、何とか防ぐことが出来る程度の防御魔術。
今回、ドラゴンの攻撃の威力は高いと予想した俺は、もちろんこの防御魔術だけで何とか出来るとは思っていない。 あくまで、ドラゴンの攻撃を少しでも抑える事が出来ればと発動したまで。
その後は、この強化された肉体で何とかするつもりだった。
しかし、ドラゴンの攻撃はそう甘くはなかった。
ドラゴンの追撃は終わらなかったのだ。
口から光弾を放ったドラゴンは、自らの肉体が自らの攻撃の余波を受ける事も承知で、再度尻尾による攻撃を繰り出してきたのだ。
「しまっ……」
猛攻に次ぐ、猛攻。
桃子を守りながら戦わないといけない上、いくら強化魔術を使っていると言っても、このドラゴンの攻撃力は本当に馬鹿げている。 余裕ぶっこいていられる相手ではない。
けれど、桃子を守りながら戦っているということは。
「啓人……!」
この場には俺だけがいるわけじゃないということだ。
桃子が、闇属性魔術を発動する。 ドラゴンの足元に、黒い影が広がり始め、
『グゥオオオオオ!?』
その影はドラゴンを引きずり込むように蠢いていく。 まるで、蟻地獄のようだ。
もちろん、これだけの巨体を全て呑み込む事は桃子の力量では不可能だろう。 それでも、ドラゴンの動きを少しでも封じる事は、可能。
「攻撃力、上昇――!」
真っ赤なオーラが猛火のように俺の体を包み込む。 攻撃に特化した、上級の肉体強化魔術。
桃子が作ってくれた時間を無駄にするわけにはいかない。
三種の強化魔術は使用済み。 敵を討ち滅ぼす準備は完了している。
「……もう、駄目……!」
桃子の魔術の限界が訪れ、ドラゴンの動きを封じていた影が消え失せる。
ドラゴンは、すぐに腕を振り下ろし、鋭い爪で俺を切り裂こうとするが、
「遅い――!」
後方でも、横でも上でもなく、前へ。 爪の一撃を回避した俺は、ついにドラゴンの懐に入り込む。
「……行くぞ」
脚に、力を込める。 伝説上でドラゴンを倒した武器は、剣だったり槍だったりするのだろう。 けれど、俺の武器は、己の肉体のみ。
『グ……!』
焦り、懐に潜り込んだ俺を排除する為に動き始めようとするドラゴン。 もちろん、俺はそれを許さない。
「はぁっ……!」
俺は拳を強く握り、ドラゴンの肉体に向かって突き出した。
言葉にしてしまえばただの殴打であるこの攻撃。 しかし、その威力は――。
「……凄い」
桃子は、上を見ていた。 何故なら、ドラゴンは上空にいたからだ。 ドラゴンが自らの翼で飛んだわけではない。
俺が、殴って上空へとぶっ飛ばしたからだ。 それほどの威力を、俺の殴打は持っていた。
強化魔術により人間の限界を遥かに超えて強化された肉体。 その肉体より放たれた拳は、あらゆる強敵を討ち果たす――!!
「これで、終わりだ……!」
宙へ舞ったドラゴンが、地面に向かって落ちてくる。
このまま落下させるわけにはいかない。 あんまりこの山の形状を変えるような事は避けたい。
だから俺が次の攻撃を繰り出すのは、ドラゴンが地に落ちる直前だ。
助走はいらない。 軸足を決め、構える。
「……ッ……!!」
そして、タイミングを合わせ、俺は脚を振り上げる。 ドラゴンの巨体をサッカーボールに見立て、遥か遠くへと蹴り飛ばすように。
赤色の光の線を引きながら、ドラゴンは遠くへ飛んでいく。 肉体をボロボロに崩しながら。
魔眼で確認するまでもなく、ドラゴンは上空で消え失せただろう。
何より、召喚魔術により生み出された生物はあくまで魔術による産物だ。 言うならば、設置魔術に近い。 術者がその生物の召喚を維持することを放棄してしまえば、消えてしまうのだ。
「わたしの召喚獣、倒しちゃったんだ」
ドラゴンを倒した俺たち二人の前に、黒色のドレスを着た少女が現れる。 年齢は、十六歳と以前桃子から聞いていたが、見た目だけで判断すれば十二歳~十三歳くらいの少女に見えなくもない。
ベアトップのドレスを着ている為、胸から上の肩や、背中は露出していた。 どこか、退廃的な印象を抱かせる白い肌。
「……花子。 これは、どういうこと?」
家守花子。 家守家三女であり、桃子の妹である少女――。
その黒髪は桃子より短いとはいえ、胸が隠れる程度には長かった。
「桃子お姉ちゃん、久しぶりだね。 わたし、あんなに強い召喚魔術が使えるようになったんだよ」
「……質問に答えて。 花子は、わたしたちを殺すつもりだったの?」
「違うよ」
即答する花子。 まるで面白い悪戯でも思いついた児童のような目をして、
「二人をちょっと、驚かせてやろうと思っただけだよ。 どう? 凄かったでしょ!」
と言った。 ……はい?
「……? お父さんに命令されて、わたしたちを排除しようとしたわけじゃ……ないの?」
「そんなこと、お父さんに言われてないよ。 こんなことしたのお父さんにバレたら、わたし怒られちゃうもん」
「………………」
桃子と顔を見合わせる。 桃子は、どっと疲れたような顔をしていた。
「……花子。 ちょっと、こっちへ来て」
「なあに? お姉ちゃん」
テトテトと桃子の元に歩み寄る花子。
次の瞬間、バチコーンと小気味よい音が辺りに響いた。 桃子のデコピンが炸裂したのである。
「いたぁっ……!! 桃子お姉ちゃん、酷い……!」
「本当なら、これだけじゃ済まないけど、今は時間がないからこれだけで終わらせてあげる。 反省してね」
「うう……! わかったよ、もうしないから……! ……ごめんなさい」
次女によるお仕置きを受けた三女は、意外にも素直に謝罪をした。
あれだけ強力な召喚魔術を扱えるというのに、姉には弱いようだ。
「えっと、桃子お姉ちゃんと啓人君は、お父さんに用があるの?」
「……ああ。 大事な用がある」
「花子。 お父さんは、いつもの場所にいるの?」
「うん。 ……そっかぁ。 大事な用かぁ……。 桃子お姉ちゃん、おめでとう!」
「………………?」
何やらとても楽しそうにニヤニヤとしている花子。
大事な用と聞いて、何か勘違いしてないか、この妹……。
花子の後をついていき、しばらく歩いて行くと、そこには洞窟があった。
洞窟内に入る。 仄暗く、ジメジメと湿った空気の漂う場所だ。
しかし、もちろんこんな環境下で桃子たちが暮らしているわけはなく、
「……ホント、よくこんな建物作ったよな」
「秘密基地みたいで面白いでしょ? 桃子お姉ちゃんはあまりここが好きじゃないみたいだけど」
洞窟の奥に、鋼鉄製の扉。 その奥に、家守家の居住空間があるのであった。
「……ずっとこんなところで暮らしてたら、体に悪いよ」
「でもわたし、健康だよ? ちょっと小柄かもしれないけど、こう見えてもわたし、色々と成長してるんだからね」
自称健康体の家守花子。 けれど、彼女が本当に健康だったとしても、どこか不健康そうなイメージは拭えない。
「……精神面も、成長させてね」
「むぅ……! ……いいよ。 うん、そうですわね、わたくし大人ですから、そんなことでいちいち腹を立てたりしませんわよ」
何故お嬢様口調なのか。
とにかく、鋼鉄製の扉を開け、階段を下りていく。
そしてまた、目の前に扉が現れる。
この扉も開けると、目の前に広がっているのは、西洋の神殿のような空間だった。
等間隔に並ぶ、円柱。 所々に照明用の青い炎が輝いている。
「この先に、お父さんがいるよ。 わたし、召喚魔術使って疲れちゃったから、もう寝るね。 おやすみ」
と言って、花子は右側に見える扉へと向かっていった。 桃子や花子の部屋のある場所だ。
ちなみにこの場所にも一応電気は通っているらしい。 詳しい事は知らないが、こんな建物を地下に作るくらいだ。 きっと、色々とブラックな方法を使っているのだろう。
「……啓人」
「……ああ」
奥へと進む。 段々と狭くなっていく空間。
そして、ついに。
「やっと来たか。 こうやって会うのは久しぶりだな、桃子。 ……おやおや、人見啓人。 君も来たのか」
魔術会会長、家守恭介の元に、辿り着いた。




