施設へ
「……お父さんに……? どう、して?」
頼みの内容に、戸惑いを隠せない様子の桃子。
「今回桃子が俺を襲ったのはさ、桃子の本心から行ったわけじゃないんだろ。 あんな自殺行為、桃子が選びたくて選んでいるとは思えない」
「………………」
桃子は俺に勝てないことを理解していた。 俺の強さをわかっていたはずなんだ。
ましてや、共に暮らすようになって一年ほど。 すっかり俺に対し、情が移っている。
心理的な理由と、戦力的な理由。 様々な理由から、俺と戦う気なんてなかったはずだ。
「桃子は、俺を殺さなきゃいけない状況に追い込まれていた。 その状況を作り出した一番の原因は、他でもない、桃子の親父さんだ。 ……合っているな?」
「……それ、は……」
狼狽える桃子。 その反応は、俺からすれば肯定と判断するに値するものでしかない。
「おそらく、桃子の親父さんは俺の存在が邪魔になってきたんだろう。 何せ、桃子の親父さんには俺を思うまま支配することができない。 ……そんな中、もう一人俺と同じ魔人がこの世界にやってきた。 桃子の親父さんが俺を手早く処分したくなるのも仕方がない」
「………………」
桃子は俺から目を逸らし、黙り込む。 どうやら図星のようだ。
「桃子の親父さんは、桃子になら……。 俺から警戒されていない、桃子になら俺を殺せると判断した。 そして、桃子に命令した。 桃子はそれに逆らえなかった。 ……だいたい、こんな筋書きだろう?」
「……うん。 わたしは、お父さんに逆らえなかった……。 啓人の言った通りだよ。 今の状況下において、啓人はお父さんにとって邪魔だったの」
顔を上げ、目を逸らしながらも、絞るように声を出す桃子。
「逆らえなかった桃子を責めるつもりはない。 けど、どうして逆らえなかったか理由が知りたい。 教えてくれないか?」
理由を知ることで、これからどうするべきかわかるヒントが得られるかもしれない。
「……お父さんに逆らったら、わたしはきっと、今みたいな日常が送れなくなるから……」
「今みたいな、日常……?」
「学校へ行って、くだらない授業を受けて、家に帰って……。 啓人と一緒に過ごしたりする日々の繰り返し。 それが、終わっちゃうから……」
「……いや、俺を襲ったら襲ったで、それが終わるんじゃ……」
「終わらせられるよりは、自分で終わらせたかったの。 ……怒らないで聞いて欲しい。 わたしは本当に、啓人を殺す気はあったの」
「………………」
怒ろうとは思わないけど、これは……。
「啓人を殺して、わたしも死のうと思っていたの」
「……冗談だよな?」
「……本気だよ」
俺は桃子が俺を襲った事を自殺行為と言ったが、どうやらただの自殺行為ではなかったようだ。
これは、つまり、いわゆる無理心中ってやつじゃねーか……!!
「……と、とにかく……。 桃子は、俺を襲っても襲わなくても望む未来が手に入らないことを悟った。 だから自らの死を選んだ。 ……そういうことなのか?」
……桃子が無理心中を企てたことについて深く考えるのはよそう。
「うん。 ……わたし、おかしいかな」
「ハッキリ言ってやる。 とてもおかしい」
「……酷い」
酷くない。 こればっかりはハッキリ言ってやる必要がある。
「……でもね、啓人。 何よりわたしがお父さんに逆らえなかったのは、お父さんの力が未知数だったからなの。 あの人は、よくわからない能力が使えるの……。 魔術とは違う、何か……」
「何……?」
魔術とは違う何か。
俺は魔術こそ知っている。 だが、魔術以外にも常識を覆す力が存在するのだとしたら――。
「……啓人。 あの人には啓人をどうにかする何かを持っているかもしれない。 だから、お父さんには……」
「待ってくれ、桃子。 桃子は何か、早とちりしてないか?」
「……? 啓人がわたしのお父さんに会わなきゃいけない理由は、お父さんを倒す為じゃ……」
自身の父親が俺に倒されることよりも、俺がどうにかされちゃうことを心配するほど、桃子は桃子の親父さんのことを嫌っているらしい。
「いや、桃子の目の前でこんなことを言うのも失礼だけどさ、いくら桃子の親父さんが外道のドクズ畜生野郎だったとしても、だ。 俺は桃子の親父さんを倒すつもりなんて、ないよ。 言っただろ? 俺は人を殺さないと心に決めているって。 ましてや、相手は桃子の親父さんだ。 同居人の実の父親に暴力をするだなんて、そんなことするわけないだろ」
「えっ……? じゃあ、お父さんに会って、何を……」
「話しに行くんだよ。 桃子が言ってただろ。 重要なのは話術だって。 話術はバスジャックさえどうにかできるんだったよな?」
そうだ。 俺が桃子の親父さんに会いに行くのは、話をする為。 戦うつもりなど一切ない。
「話す……? 何を、話すの……?」
「俺が、魔術会の――桃子の親父さんの味方であることを、証明する。 俺への不信感を拭い去る為に、色々と話しておきたいことがあるんだ」
翌日。
文化祭の代休も終わり、本日は登校日なわけだが……。
「学校、休んじゃったね」
「そーだな……」
俺と桃子は、学校をサボって施設のあるN県へと向うため、列車に乗っていた。
時刻は十時過ぎ。 通勤ラッシュをなるべく避けて且つ、あまり遅すぎない時間帯。
目的地であるN県S市までは、在来線から特急列車へと乗り換えていく必要がある。
所要時間の合計は、約三時間半。 往復だと約七時間を移動に要する事となる。
それにしても、こうして学校をサボるのは、不登校引きこもり生活一週間以来だ。
五木には悪い気がするが……。 でも、五木は文化祭を終えて、ほんの少しだけクラスに馴染めてきたような気もする。
「啓人、何考えてるの?」
「え? 何って……」
「女のこと考えているような、顔をしていたから……」
と、ジトっとした眼差しを俺に向ける桃子。 この子、やっぱり読心術でも会得してるんじゃ……。
「……女のことを考えていないと言ったら嘘になるな。 五木のことだよ。 急に休んで、五木に悪いなって」
「やっぱり紗羽さんのこと考えてたんだ……」
「やっぱりって……」
……あれ? そういえば、桃子は五木のことを紗羽さんと呼ぶんだっけか……?
桃子と五木と三人で帰った日の事を思い出す。
確か、最初桃子は「ゴキチャバネさん」と呼んでいた。
次に名前を呼んでいた時は、「五木さん」だったような。
そして別れる時に、「紗羽さん」と呼んでいたような気がする。
だからといって何かあるわけじゃないけど……。
五木と桃子は、俺がいない所でどんな関係なんだろうなと少し気になる。
男女別で行う体育の時間なんかは、男子である俺は当然女子の体育の授業がどんな感じなのかわからない。
遠くから見ることこそできても、詳しく様子を把握することは難しい。 ……というか、そんなことしちゃ駄目だ。
もしかすると、俺が知らないだけで、案外二人は……。
「啓人、お昼はどうする?」
「ああ、そうだな……。 せっかくだし、車内販売で弁当でも買って食べるか……?」
そんなこんなで昼飯を済ませ、列車が目的地であるN県S市の駅に辿り着く。
「ここからはどうやって施設へ向うんだ? 俺たち、車は持ってないし、そもそも運転できないだろ?」
「安心して、啓人。 わたしたちを施設まで連れて行ってくれる人なら、手配済み」
と桃子が言ってすぐに、駅の前で立ち尽くしていた俺たちの目の前に、真っ白なワゴン車がやってきた。
「久しぶりですな、桃子さん。 それと、君は確か……。 ……誰だったっかなぁ? 初対面かな?」
「お久しぶりです、美野川さん。 彼の名前は、人見啓人。 詳しいことは話せないけど、彼も連れて行って欲しいの」
ワゴン車を運転して来た男は、初老の小太りな男性だった。 スーツでも着ていれば、タクシーの運転手にでも見えそうな、優しく人懐っこい顔をしたおっさんだ。
「もちろん構わんよ。 いやあ、それにしても、見ない間に随分と大人びたねぇ。 もう、高校二年生だったかな?」
「はい。 今年で十七歳になります」
「ってことは、君も同じ高校二年生?」
「えっと、そうです。 ……失礼ですが、あなたは、一体……?」
桃子と知り合いということは、魔術会の人間であり、魔術師である可能性が高い。
「おお、そういえば名乗ってなかったね。 別に怪しい者じゃあないさ。 僕は、家守恭介さんの昔からの知り合いでね。 魔術なんてものには関わっていないけど、ちょっとした支援を副業として行っている、ただのおっさんさ。 美野川達彦。 それが僕の名前」
「美野川さん、ですか……。 俺は人見啓人って言います。 車の運転、よろしくお願いします」
魔術師ではないのか……。 それでも魔術の事を知っていて、家守恭介が魔術会会長であることもわかっている。 よほど、家守家から信頼されているのだろう。
「ははは、そうかしこまらなくても。 丁寧にお願いされるような運転、しないからねぇ」
「え……? は、はぁ……」
俺はその言葉の意味を、すぐに知る事となる。
俺たちが向う魔術会の施設。 それは、山奥にあるのだ。
以前、俺が施設から桃子と共に離れる際は、美野川さんとは別の人の運転する車によって移動していた。
……今思えば、その人の運転技術は高かったのかもしれない。
「ゆっ……揺れ……! てか、落ちるんじゃ……!!」
「……啓人、わたし、気持ち悪い……!」
「はっはっはっ、二人共若いんだ。 これくらいでヘバッちゃいけませんぞ?」
舗装されていない山道は、あまりにも車に不親切だったのだ。 当然と言えば、当然であるが。
ガタガタと強く揺れる車内。
ジグザグと曲がりくねった道。
少しでも車の進路がズレれば、車が急斜面から滑り落ち、大惨事に成りかねない。
だと言うのに、このおっさん……!
「いやぁ。 スリル満点でたまりませんなぁ。 遊園地のアトラクションでもこんなスリル、味わえませんぞ?」
こんなスリルなんて味わいたくねーよ……!!
「ううっ……! 啓人、わたし、もう……」
「ちょ……!? 耐えろ、耐えるんだ、桃子……! って、うわぁ!?」
ガクン、と一際大きく揺れが起き、俺は桃子の座っている方に思いっきり傾き、体勢を整えようとしたところ、
「きゃっ……!? 啓人、どこ、触って……!!」
桃子の胸を思いっきり掴んでしまった。 パイ・タッチである。
「い、今のは不可抗力だから!」
柔らかかった。 非常に柔らかかった。 正直たまらなかった。 桃子さんや、あんた、中々素晴らしいものをお持ちで……。
「……啓人の、えっち……!」
その後俺が、顔を真っ赤に染めた桃子から強烈なビンタを貰ったのは、言うまでもない。
そして、地獄のような時間を終え、ようやく施設に辿り着く。
「……死ぬかと思った」
「………………」
桃子はまださっきのことを気にしているようで、俺と目を合わせずにそっぽを向いていた。
「帰りはいつ頃になるんだい、桃子さん」
「……たぶん、夕方頃には帰れると思う」
「そうかい。 なら僕は、一度山を降りるよ。 帰る時になったら呼んでくださいな」
「はい」
こうして美野川さんは去っていった。
……帰りもあの車に乗るということは深く考えないでおこう。
「………………」
辺りを見回す。
山奥にある、開けた場所。
元々キャンプ場として利用されていたらしいこの場所には、大きな一戸建て住宅や、キャンプハウスがいくつかあった。
他にも浴場があったり、小さな小屋も至る所に点在しており、あまり魔術の施設というイメージではない。
しかし、この場所こそが、魔術会の重要拠点であることは間違いないのである。
この場所に、魔術会会長たる家守恭介は存在する――。
「桃子。 ……行くぞ」
「……うん」
現在地点から更に上へと山道を進む。
視界に映る色は、緑ばかり。
施設の人間こそ出入りしているが、本来なら人が滅多に立ち入らない山奥だ。 草木はボウボウと自由気ままに生い茂っている。
それに、これだけ自然豊かな場所だからか、生物もたくさんいる。
空を飛ぶ羽虫も、草むらを跳ねる飛蝗も。 あらゆる生物の数が、山となると桁違いに多い。
虫嫌いにはキツイ場所かもしれないが……。 この山は何と言っても、空気が美味しい。
吸い込んだ山の空気が肺に満たされる度に、頭がスウッと落ち着く感じがする。
「……そういえば、魔術会ができる前は、桃子はどこで暮らしてたんだ?」
「え……?」
木漏れ日を浴びながら歩く途中、ふと気になったことを桃子に尋ねてみる。
「……ふもとの町で暮らしていたよ。 お父さんはほとんど家に帰ってこなかったから、姉と妹とお母さんの三人と一緒に普通の生活を送っていたの」
「そっか……」
桃子の過去。 それについて知りたいと思う気持ちがありながらも、これ以上深く聞くことはできなかった。
……桃子は、自身が家守家の人間である事を、あまりよく思っていない。
それがどれだけ本気なのかはわからない。 けれど、恐らく、俺の思っている以上に悲しい背景がそこにあるのかもしれない。
「……啓人。 着いたよ」
「ここへ来るのも久しぶりだな」
辿り着いたのは、これまた開けた場所だった。
大木に囲まれた円状の空間。
中心には、焚き火跡のような炭が散らばっている。
このすぐ先にある洞窟に、家守恭介はいる――。
「啓人。 ここから先は、警戒してね。 お父さんが、何か仕掛けているかもしれない」
「……そうだな」
と、俺たちが警戒して前へ進もうとした、次の瞬間。
「……ッ……!?」
橙色の光が辺り一帯を塗りつぶした。
「……一体、何が……?」
強い輝きにより視力を奪われ、状況が判断できない俺と桃子。 これは、不味い――!
「……啓人! とにかく、防御を……」
「ああ……!」
一体何が起きているのかわからないが、とにかく攻撃が来る可能性を考え、透明の防御壁を前方に展開する。
「……これは」
回復した視力で前を見る。
橙色の光は消え去り、その代わりに白い蒸気が立ち上っていた。
「………………!!」
そして、白い蒸気も消え失せ始め、前方に何があるのか少しずつわかってくる。
「……まさか、こんな……!」
「……桃子。 絶対に俺の側から離れるなよ」
俺たちの前に立ち塞がった存在。
「……俺たち、だいぶ歓迎されているみたいだな」
鋼鉄で形成されたかのような、硬質性の鱗で身を包む、巨体。
「……こんなサプライズ、いらなかったんだけど」
長い尾に、大きな翼。 底知れぬ恐怖を感じさせる、鋭い眼光。
視界を邪魔していた蒸気はほとんど消えて、その全貌が明らかにされる。
「これはどう見ても、あれだよな……」
どう見ても。 目の前の巨大な生物は……。
「ドラゴン……」
伝説上の生物。 ドラゴンにしか見えなかった。




