二人の魔人
「……………………」
二人の間に、沈黙が流れる。
桃子は俺の言葉に対し、何と反応すれば良いのやらわからないといった様子だ。
俺も、このまま話を進めていいのか逡巡する。
「……驚いただろ?」
沈黙に耐えかね、桃子に話しかける。
「……本当、なの……?」
返事があり、安心する。 桃子は驚きつつも、俺とまだ会話を続ける意思を持っているようだ。
「ああ、本当だ」
「じゃあ、啓人は……。 人を殺す為に生まれたの……?」
「そうなるな」
「でも啓人は、人を殺そうとしていない」
「この世界には、魔物や魔人を生み出した神はいない。 神は第二世界に留まっている。 だから、俺の殺人衝動はだいぶ薄れているんだ。 そもそも、魔人には魔物ほど強い殺人の意思はない。 更に言えば、魔物だって人を殺さずとも生きていける。 殺人は魔物や魔人が生きる為に必要な行為ではないんだ。 ハサミがモノを切らなくても存在し続けていけるようにね」
「そう、なの……?」
納得できたような、できないような。 そんな顔を、桃子はしていた。 当然か。
「話を続けるよ。 俺はさっき、魔物は目的に対し、あまりにも単純すぎたと言った。 では、魔人は? 魔人は人類を滅ぼすという目的に対し、どうなのか。 俺を見れば、わかるよな」
「……うん」
「魔人は目的に対し、あまりにも余計な機能を多く持ちすぎたんだ。 人間と変わらない感情。 喜んだり悲しんだりできる。 言語を発し、人と意思疎通をすることもできる。 様々な情報を得て、思考することもできる。 魔物を統率する存在が必要だったって言っても、こんな機能は持っていて辛いだけだ。 ただ、人を殺す為の存在なら、もっと人間とは異なる知的生命体として生まれるべきだった」
人を殺す使命を持った魔人が、人とほとんど変わらない生命体だなんて、何の皮肉だろうかと、何度思ったことやら。
人類を滅ぼした後、自らの存在も消せと言うのか。
「ここまで話せば、色々と繋がってくるはずだ。 魔物が何故、この世界にいるのか。 その魔物を操る力。 魔術会とは別ルートで魔術を習得した者の存在」
「東日本連続猟奇殺人事件について、特に考えなきゃいけない三つの問題……。 力を与えた者の正体と、与えた方法と、力を与えられた人物の数。 これらに、啓人の話したことが、繋がってくるの……?」
「そうだ。 けれど、三つの問題のうち二つについては、未だ俺にもわからないことが多い。 魔物を操る力や、魔術の力を与えることが出来るなんて、俺は知らないんだ。 だから、与えた方法も、力を与えられた人物の数も、正直言うと、わからない。 俺がわかっているのは、力を与えた者の正体だ」
「それは、わかるの……?」
断言していいのか、少しだけ迷う。 けれど、
「だいぶ前から、何となくそうなんじゃないかと思ってはいたが、確信は持てずにいたんだ。 でも、やっぱりこれしか考えられない。 魔物を操る力と関係のある存在だなんて、魔人くらいしかいない。 桃子がさ、俺を疑ったのは、だいぶ良い線いってたんだよ」
「それってつまり……」
「力を与えた者の正体は、俺と同じ魔人だ。 もし違っていたら、目でピーナツを噛んでやる」
そう言い切れるくらい、今の俺には自信があった。
魔術絡みの一連の騒動の元凶。 それは、俺と同じ魔人以外に考えられない。
きっと、俺とは違う目的でこの世界にいる。
「ということは……。 この世界には啓人の他に、もう一人魔人がいるの……?」
「ああ。 そして、厄介なことに、その魔人は何人かの人間に力を与えている。 どうやったのかわからないが、俺が知らないだけで、魔人には人間に力を与えることが出来るのかもしれないな。 まあ、仮にそうだったとして、その行為に何の制限もないとは思わないけど」
「制限?」
「無制限に、何のデメリットもなく力を与えることが可能なら、もっと状況は悪くなっていたはずだということだ。 魔術を使って暴れまわる輩が何人もいたら、そこらじゅうで騒ぎが起きていてもおかしくない」
「確かに……」
それこそ、東日本連続猟奇殺人事件の犯人が三人~四人もいて、被害者も今の倍以上いた可能性だってある。
「よって俺は、魔人が力を与える行為には、それなりの代償が必要だと考えてるんだ。 だから、力を与えられた人物の数も、多くないと思っている」
この考えは、もしかすると希望的観測なのかもしれない。
力を与えられた者が少ない人数であって欲しいと云う、希望だ。 最悪の事態を想定することを、心の何処かで拒否している。
「……啓人の話が本当なら、わたしたちがやるべきことは、魔人を探し、魔人を倒すこと。 魔人さえいなくなってしまえば、これ以上誰かが力を得ることもないし、第二世界から何かを持ってこられることもなくなる」
「そうだな。 話し合って解決できるとは思えない」
「つまり……。 わたしたちは、魔人と戦う必要がある。 啓人と同等かそれ以上の強さを持つ相手に、勝利しなければならない」
「そうなるな」
「……それって、とても厳しくない?」
桃子の心配はごもっとも。 そこらの魔術師が魔人に打ち勝つのは、非常に厳しい。
「だから、俺も戦う。 もう、動かなくてもいいだなんて、言わないよな?」
「うん。 啓人が一緒に戦ってくれるのなら、とても心強い」
俺が手を貸さずに桃子たちが魔人を倒すことの出来る可能性は、限りなくゼロに近い。
現代兵器を利用するならともかく、桃子たちは数人の魔術師でしかない。 戦力が足りなすぎる。
「……よし、キリの良いところで、質問タイムとするか。 桃子、ここまで俺は第二世界と魔物、魔人について話してきたわけだが、そのことに関連して何か聞きたいことはあるか?」
俺自身、どこまで話したかわからなくなりそうだ。 だから、桃子からまだ不明な点を質問してもらう方が助かる。
「……疑問点はたくさんあるけれど、情報の整理がまだ出来ていないから、また後で質問してもいい?」
「ああ、構わないよ。 じゃあ、今日はこの辺でもう終わりにした方がいいかな」
「待って。 わたしも啓人に伝えなきゃいけないことがあるの」
「ん……?」
伝えなきゃいけないこと?
桃子も俺に対して隠していることはそこそこあるんだろうけど、悪意を感じるような隠し事はなさそうではある。
単純に、あまり人に言いふらしてはいけない情報といったところだろう。
でも、今回は俺に対して伝えなきゃいけないことがあるのだと言う。
それはつまり、俺に隠していたら、俺が何らかの不利益を被るということだ。 一体、何だろうか。
「ちょうど明々後日くらいから、この家の住人が増えるの」
「はい?」
「男性一人、女性一人の合計二人。 二人共、信用できる人だから、安心してほしい。 特に、男性の方はとても優秀」
「……いや、ちょっと待ってくれ。 ……急すぎないか? そりゃ、少し前に桃子が何人かの魔術師に協力してもらうとは言っていたけどさ。 こっちに来るだけじゃなく、この家に泊まるのか? いくら俺が居候みたいな立場とはいえ、何かしら相談してくれても……」
「……伝えるのが遅れてごめんなさい。 最近は何かと考え込んでいて、すっかりこのことを忘れていたの……」
なんてこった。 いきなり明々後日からよく知らない人と一緒に過ごせと言われて、平気なわけがない。
「よくわからない人が二人来るのは、厳しい? もし、啓人がどうしても嫌だと言うなら、今からでもなかったことにするけど……」
正直、嫌だ。 嫌に決まっている。
俺の生活空間に異物が混入するのは、耐え難いストレスだ。 けれど……。
「いや、いいよ。 頑張ってみようかと思う」
「啓人……」
俺が本当に人として生きていく為に、これは必要なことだと思った。
「でも、桃子は俺が極度の人見知りだってこと、わかってるよな?」
「……人見だけに?」
「くだらないジョーク。 マイナス五〇点」
「啓人、手厳しい……」
採点に甘さなどいらないのだ。
「とにかく、俺は俺なりに頑張るけど、無理はしないからな。 逃げたくなったら自室に篭もる。 それより桃子はどうなんだ? 二人がこの家に来ることに、抵抗はないの?」
「抵抗がないわけじゃない。 けれど、同じ場所にいてくれたほうが、助かる」
「……なるほど、二人の行動を監視するという理由もあるわけか」
「うん。 信用は出来るけれど、二人わたしに絶対服従というわけではないもの」
人は人の思い通りに動くとは限らない。 時に他人からは想像もつかないような理由で、行動をすることがある。
「後、もう一つ啓人に教えた方が良いことがあるの」
「ま、まだあるのか……」
明後日から家族が増えるよ! 以上のサプライズはやめて欲しいものだが。
「今回、二人の魔術師が協力しに来てくれるようになった、そもそもの理由に繋がる話になるけれど……」
「あれ? この近辺で魔物を目撃した情報があるからじゃないのか」
「それだけじゃないの。 魔術会が重い腰を上げたそもそもの理由は、魔術会の魔術師が三人殺されたからなの」
「殺、された? ……どういうことだ」
「魔人に力を与えられたと思われる男に、殺されたの。 薊海里以外にも、確かに力を与えられた人間がいるということ」
初耳だ。
殺された。 他者によりもたらされる死。
薊海里も人を殺していた。 そして、どこかにいるもう一人も人を殺している。
「……詳しく教えてくれないか?」
「うん。 まず、殺された三人だけど、三人は、ある目的から探知魔術を使って探索活動を続けていたの。 その、ある目的というのは、魔物探しや二人目の犯人探し。 当然、薊海里に力を与えたとされる人物の捜索もしていた」
「二人目の犯人? 二人目ってことは、東日本連続猟奇殺人事件のことか」
「うん。 そしておそらく、その犯人が三人を殺した。 三人の遺体を処理した魔術師の話によると、遺体の状態はあまりにも酷く、ただ魔術で戦闘をしただけとは思えないものだったって。 ……必要以上に傷つけられていたみたい」
遺体の状態。 想像してはいけない。 嫌な感情に、押し潰されそうになる。
「……つまり、何だ? 三人の魔術師は犯人探しをして、見事に犯人だと思われる人物の元へ辿り着いた。 そして、戦って殺された。 そういうことか?」
「うん」
「ちょっと待ってくれ。 殺されたって言うなら、何で桃子たちは……」
死人に口なし。 殺された人間に、誰に殺されたと問いかけたところで、何も話してくれない。
「三人の内の一人が、留守電にメッセージを残していたの。 その内容と、遺体の発見現場の状態から判断して、殺した人物が薊海里と同じように力を与えられた、魔術を扱える人物だと断定したの」
そういうことか。 同じ死でも、メッセージを残せた死と、残せなかった死では、後に繋がるかどうかという点でえらく異なる。
「……そのメッセージ、俺にも聞かせてくれないか?」
「もちろん、啓人にも知ってもらうつもり。 ちょうど、この家に来る魔術師の一人が、メッセージを受け取った本人なの。 早ければ、明々後日には聞ける」
「……そっか。 それにしても、俺の知らない間にとんでもないことが起きていたんだな。 俺に言ってくれればよかったのに」
とはいえ、俺も言うべきことを言ってこなかった。 だから、お相子だ。 桃子も俺も、言ったほうが良いことを、言わなかった。 互いに前科持ちだ。
「これは、言い訳でしかないけれど……。 わたし、啓人にどこまで話したらいいか、わからなかったの。 啓人に助言を貰いたい気持ちはあったけど、それと同じくらい、啓人には今まで通りに日常を送って貰いたかった。 啓人の力を利用するようなことは、避けたかったの」
だから、一人で全てを解決しようとしていた。 その果てに苦悩し、自暴自棄になって、全てを失おうとしていた。
「……でも、今は違うよな? 俺たちの平穏な日常を脅かしているのは、桃子にも俺にも関係のあることだ。 どちらにとっても、無関係じゃない。 知らないフリなんて出来ない状況が、俺たちの周りには出来上がっている。 何より、俺は自分が傷つくのも嫌だし、桃子が傷つくのを見るのも嫌だ。 俺に関係なくても、桃子に関係がある以上、見過ごすことなんてできない」
「わたしも、同じ。 本当に啓人の為を思うのなら、啓人を巻き込んででも問題を解決するべきだった。 だから、啓人の望むように、啓人を頼ることにする」
桃子が、俺に頼る。
俺も、桃子に頼る。
互いに頼り合うという共闘状態が、今ここに成立した。
「……さて、病み上がりの桃子に長話をするのも、良くないな。 それとも、まだ俺に伝えるべきがあったりするのか?」
「ううん、もうないよ」
「なら、今日の話はこれで終わり……と言いたいところだけど、桃子に一つ、お願いがあるんだ」
「……? お願いって、何?」
こうやって桃子と会話をして、俺は確信した。
桃子が俺を襲った一番の原因。
それはおそらく、いや、絶対に……!
「……明日、学校を休んで一緒に施設へ行こう。 俺はどうしても、桃子の親父さんに会わなきゃいけない理由ができた」
家守恭介。
魔術会会長であり、第一世界と第二世界を繋ぐ『扉』を管理する、あの男にあるのだと。




