表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/189

告白

 

 翌日。 昨日と同様、涼しくて過ごしやすい天候だ。 

 

「おはよう、啓人」

「桃子……!? もう、体調は……」

「だいぶ良くなったよ。 今日も安静にしていれば、大丈夫」

 

 リビングに、桃子が現れる。 

 看病の甲斐あって、桃子の体調はだいぶ良くなっているようだ。 明日にはいつも通りの桃子が見れるだろう。

 

「啓人……。 昨日は本当に、ありがと。 そして、ごめんなさい……」

「謝る必要なんてないよ」

「ううん、謝らせて……。 わたし、啓人に酷いことをした」

「……ああ、一昨日のことか。 それならもういいって。 済んだことだし」

「良くないよ。 言葉で何回謝ったって、許されるようなことじゃない……。 その上、昨日は一日中迷惑をかけちゃった……」

「看病なんてしたことなかったから、良い経験になったよ。 それに、俺が許したって言ってるんだから、許されることだと思うぞ」

「ダメ。 わたしの気が済まない……。 何か、わたしに償いをさせて……。 何でも、するから……」

「何でも、か……。 じゃあ――」

 

 緊張した面持ちで、俺を見る桃子。 

 本当に何でもする覚悟があるわけじゃないんだろう。 最も、俺は無理難題を要求する気はない。

 

「――もっと俺に、頼ってくれ」

「えっ……?」

 

 ただ、それだけの、とても簡単なことだ。 自分一人では難しいなと思った時、手を貸してもらうだけ。 これは、無理難題じゃないだろう。

 

「桃子はさ、何でも一人で抱え込もうとするだろ。 俺は、そんな桃子を見るのが辛い」

「……………………」

「一昨日のことも、俺がちゃんと考えて行動していたら、避けられたことなのかもしれない。 きっと、俺に出来ることはたくさんあったはずなんだ」

「そんな、こと……」

 

 と言いかけて、口を噤む桃子。 

 

「たぶん、俺は怖かったんだ。 桃子に拒否されてしまうのが。 だから、辛そうにしている桃子に、何も言えなかった」

「……………………」

「今でも、自分から桃子に何かを言うのは、勇気がいる。 だから今、ちゃんと思いを言葉にして言える時に、言っておきたいんだ。 俺に頼ってくれって。 昨日の看病みたいにさ」

「昨日、みたいに……?」

「そう。 俺はさ、いつも桃子に頼ってばかりだけど、桃子が俺に頼ることってほとんどないだろ。 だから、お返ししたいんだ。 桃子が俺に頼ること。 それが桃子の償いってことでいいかな」

「……わかった。 じゃあ、さっそく……」

 

 まさか、さっそく頼ってくるとは。 

 頼れと自分で言ったのだから、ここはどっしり構えなければな。 どんと来い!


「……抱きしめて」

「……なんだって?」

「わたしを、ギュッと、抱きしめてほしいの……」

 

 難聴系主人公になりたい。 そう思った瞬間だった。  

 だが、残念ながら俺の聴力はだいぶ良い方だ。

 

「えっと……。 こんなことを聞くのも悪いけど、一応理由を聞いてもいいか?」

 

 俺は、理由を知らないと行動できない性格だ。 

 残念ながら俺には、桃子の要求の理由がわからない。 俺が抱きしめないことで、何か困ることがありそうにも思えないからだ。

 

 かといって、理由を聞かない限り絶対に行動しないという訳でもない。 勝手に理由を作ってしまえばいいからだ。 

 本当の理由がわからずとも、理由なんていくらでも後付できる。

 

 例えば、単純に相手がそう望んでいるから。 これがある意味最強だ。 深く考えず、とにかく相手が望んでいるから、行動する。 

 結果、相手が喜べば、俺も嬉しい。 それで終わり。

 

 だけどやっぱり、本人の口から理由を聞きたい気持ちは強い。 

 本当の理由がわかった上での行動は、理由がわからない上での行動とは違うと思うからだ。

 

「……わたしにも、誰かに甘えたい時はある」

 

 桃子が話し始める。 以前だったら、きっと他人に話したりしなかったであろう気持ちを、吐き出すかのように。

 

「誰かに頑張ったねって、褒めてもらいたい時もあるし、努力を認めて欲しいなって、思う時もある」

 

……そうか。 桃子はやっぱり、俺が思っているほど強くなんかないんだ。 俺はそのことに気づいていたのに。

 

「わたしだって、寂しくなったり不安になったり悲しくなったりする時があるの。 だから、そういう時、誰かに抱きしめてほしいなって……。 もちろん、その誰かは誰でもいいわけじゃなくて……」

 

 自分の弱さを認め、それを誰かに伝えることは、勇気のいることだ。 

 しかし、その勇気を伴う行為を果たしたその先に広がっているのは、一人では決して辿り着くことのできなかった世界だ。 

 

 桃子は今、その一歩を踏み出そうとしている。

 

「……啓人じゃダメかな……?」

 

 ダメなわけない。 俺にとって、こんな風に頼られることは、この上なく嬉しいことだ。

 人を滅ぼす為に生まれた俺が、一人の人間を救うことが出来るのかもしれない。 

 俺は、本当の意味で変われるのかもしれない。 

 俺は、人として生きていけるのかもしれない。

 

「んっ……」

 

 抱きしめる。 

 優しく。 けれど、力強く。 

 互いの温もりを伝えあうように。

 

 桃子の吐息が耳にかかる。 

 桃子の柔らかさと、温かさを全身で感じる。 

 桃子の匂いがする。

 

 こうしていると、余計な事を全て忘れ去ることが出来そうで、不思議だ。 

 桃子を癒やすつもりが、俺も癒やされてしまっている。

 

「……啓人」

「……どうした?」

「抱きしめるって、凄い行為だと思う……。 ただ、抱きしめるだけなのに。 たいした労力もいらないのに、こんなにも、温かい気持ちになれる」

 

 人を抱きしめるのに、知識も教養も必要ない。 

 筋力だって、まったく必要ないと言えば嘘になるが、ほとんど必要ない。 

 その割に、抱きしめるという行為が人にもたらす効果は、大きい。

 

「……そうだな」

 

 抱きしめ続ける。 

 このままずっと、抱きしめていたい。 

 この思いを……。 温もりを、忘れないように。 

 今、手放してしまったら、二度と戻ってこないような気さえするから……。

 

 

 

 どれほどの時間が経過したのだろう。 時計を見るのさえ、忘れていた。

 

「……ありがとう。 元気、出た」

「それは良かった」

 

 桃子の体から離れる。 やるべきことを後回しにしてはいけない。 今こそ、桃子に話すべきだ。

 

「……桃子。 話がある。 とても、大事なことだ」

「えっ……? もしかして……」

 

 桃子も俺が何を話したいのか、察しているみたいだ。

 

「プロポーズ……?」

 

 なんてことは、なかったみたいだ!

 

「……プロポーズじゃないよ」

「そういえば、啓人はまだ、十七歳……」

 

 そういう問題じゃない。

 

「残念ながら、プロポーズとはまったく関係のない話だ。 ちょっと長くなるかもしれないけど、聞いてくれるか?」

「……うん」

 

 椅子に座る、俺と桃子。

 

「桃子は以前から、俺に東日本続猟奇殺人事件についてのことや、魔術や魔物のことについて聞いていたよね」

「うん」

「そして俺は、ある程度は桃子の質問に対して答えてきた。 ここでまず、信じて欲しいのは、俺は嘘をついてはいないということだ」

「うん……」

「だけど、まだ教えていないことがたくさんあるのも、事実だ。 これからそれらについて話したいと思う」

「……わかった」

「それじゃ、まず……」

 

 姿勢を正す。 

 俺がこれから話すことに、桃子はどんな感想を抱くのだろう。

 

「桃子はどこまで魔術の秘密について知っているんだ? 家守家の次女なら結構知っているものだと、勝手に思っていたんだけど」

 

 暫し考え込んだ後、桃子が口を開く。

 

「わたしが知っているのは、魔術が『第二世界』と呼ばれている異世界から伝わったものだってことくらい。 第二世界がどういう世界なのかは、全く知らない」

「第二世界の存在は一応知っているのか。 なら話は早い。 俺はこの世界の住人じゃなくて、第二世界の住人なんだ」

「……それは、何となく知ってた」

 

 知ってたのかい。 まあ、わかるか。

 

「えっと、桃子は俺がどんな存在だと教えてもらったんだ?」

 

 この世界で俺の正体をちゃんと知っている人物は、一人しかいない。 

 

……いや、今は二人か。 桃子は、その二人とまともに会話したことがないはずだ。 だから、桃子を含め魔術会の偉い方々が俺の存在をどう捉えているのか、興味がある。

 

「聞いても、傷つかない?」

「ああ、傷つかない」

「……人のカタチをした、大量破壊兵器」

「……………………」

 

 前言撤回。 ちょっと傷ついた。

 

「桃子はそれを聞いて、俺を何だと思った?」

「……戦闘を目的に、魔術か何かで作られた、人造人間?」

 

 人造人間か。 その方が、まだ良かったのかもしれない。

 

「……そっか。 まあ、人のカタチをした大量破壊兵器ってのも、そう間違ってはいない。 桃子、魔物の話を覚えているか?」

「魔物の話……?」

「魔術という禁忌に触れた人間を殺すために生まれ、人間を殺す意思に基づき、人間を殺すために活動する。 殺人という目的ありきで誕生した、他の生物とは一線を画する存在。 それが魔物」

「……覚えてるよ」

 

 急に、不安になる。 

 桃子は俺を、また怖がったりしないだろうか。

 

「第二世界には、そんな魔物がたくさんいる。 第二世界の人々は、魔物と日々戦い続けているんだ。 誰だって、死にたくない。 死にたくないから、命を奪いに襲いかかる魔物と戦う」

 

 そうだ、みんな戦っていた。 戦って、生き残る者もいれば、死んだ者もたくさんいた。

 

「確かに魔物は強かった。 けれど、あまりにも単純すぎた」

「単純……?」

「人を殺す。 その目的に忠実すぎたんだよ。 要は、知能があまり高くないんだ。 戦闘経験を積んで、日々進歩し続けた人間を前に、魔物は少しずつ倒されるようになってきたんだ」

 

 目的に純粋すぎる存在は驚異的だが、対処法は考えやすい。

 

「その人間たちは、魔術を……」

「もちろん使ったよ。 人間に魔術が使えてしまったが為に生み出された魔物が、結果的により魔術を発展させてしまったんだ。 皮肉なものだろ? それまで魔術はそこまで戦闘に利用されるような実用性を持っていなかった。 けれど、魔物との戦いが続く中で、魔術は急激に発展し、戦のカタチを変容させるまでになったんだ」

「第二世界に、そんな歴史が……」

 

 歴史、か。 歴史といえば……。

 

「この世界にも当然ながら、歴史はあるよな。 歴史は繰り返すって言うけど、それは何も、同じ世界の中に限った事じゃなかったりするんだ」

「この世界で起きたようなことが、第二世界でも起きたということ?」

「ああ。 まあ、言ってしまえば、そんな珍しいことでもないし、至極当たり前なことなんだけどな。 さっきの話の続きだが、第二世界の人間は魔物と戦う中で、魔術を発展させ、それを戦の兵器として利用した。 その後、どうなったと思う?」

「魔物を全滅させた。 ……わけじゃないの?」


 現在この世界にいる俺には知る由もないが、もしかすると、第二世界の人間は魔物を全滅させるだけの力を手に入れているのかもしれない。 けれど、


「確かに、魔物の数はだいぶ減った。 でも、魔物も新しく誕生しないわけじゃない。 全滅させるのには膨大な時間がかかる上、魔物が新たに生まれてくる元を絶つ方法がわからないんだから、魔物との戦いは半永久的に続くのかもしれない」

「そんな……!」

「しかも、それだけじゃない。 その後、どうなったかと言うとだな、人間が魔物に対抗する為に魔術を発展させたように、魔物側もそんな人間に対抗する為に変化を見せたんだ。 この辺りは、この世界の歴史上でもよくあることだろ? とある兵器に対抗して生み出された兵器が、また新たな兵器によって攻略される。 兵器開発のシーソーゲームだ」

「……うん」


 機関銃で守られた塹壕を突破する為の歩兵支援兵器として、戦車が開発された。

 やがて戦車の持つ可能性に気づいた列強諸国は、戦車の様々な運用法を考え始めた。

 戦車の有効な運用法を実践した国により、戦車が陸上戦において主力兵器に成り得る事が証明された。

 

 その事実は、戦車の開発競争を更に激化させ、対戦車兵器の開発を推し進めるトリガーにもなった。

 

 そして戦車は、新たな兵器に攻略されるようになっていった。 

 歩兵が携行できるような対戦車兵器はもちろんだが、爆撃機による空からの攻撃は戦車にとても有効だったのだ。

 

 この結果が何を生み出すのか。 もう分かりきっていることだが、航空兵器の重要性が改めて証明されたのである。

 戦車開発に熱を注ぐよりも、制空権を奪えるような兵器を求めるように……。

 

 となると、今度は航空兵器の開発競争だ。 

 対空兵器による地上からの攻撃を受けぬよう、より高く。 

 遠くの目的地へ行けるよう、より遠くへ。

 大量の爆弾を積み、より多くを破壊できるよう、進歩していく爆撃機。

 そんな爆撃機を援護する、戦闘機。

 

 もちろん、いくら進歩してきたといっても、航続距離には限度がある。 航空基地を増やさないと、航空兵器の行動範囲も広くならない。 航空基地が移動してくれるわけがないのだから。

 

――だったら、移動できる航空基地を作ってしまえばいい。

 

 どこぞの軍人が、航空機を艦船に載せて運用したら凄いんじゃね? と言ったとか言わなかったとか。

 シンプルだが、先見の明に長けた発想。 当然、誰もがこの発想に肯定的なわけがなく、当初は馬鹿げた発想だと笑い飛ばす者の方が多かっただろう。

 

 しかし、後に歴史が物語っているように、海上のおける航空基地の役割を果たす軍艦である航空母艦――略称、空母は大戦果を挙げることになる。

 

 とまあ、こんな感じに兵器開発は発展を繰り返してきたわけだが……。

 

「以前俺は、桃子に魔物は神が創り出したと言ったな。 その理由が、人が魔術を使うことで、神の寿命が減るからとも言った。 もしかすると、直接的な原因は、より発展してしまった魔術により、寿命の減る速度が更に早まったからなのかもしれない」

「えっと……? 原因って、何の……?」

「魔物側の、変化の原因」

「その、変化って言うのは……? 魔物が、もっと強くなった、とか?」

「いや、魔物自体は変わらない。 魔物たちは駒だ。 人を殺す、手足のようなもの。 ならば、必要なのは頭だ。 指揮系統の役割を担う存在。 神は自ら動けない。 可能性の塊でしかない。 だから、魔物を統率する知的生命体が必要だったんだ」


 結局は、駒を動かす為の存在も駒のようなものなわけだが。

 

「それは、つまり……。 魔物の他に、魔物を統率する敵が現れたということなの?」

「そう。 それが俺だ」


 そして俺は、ついに告白する。

 

「第二世界では、魔人と呼ばれていた。 人と人の間に生まれながら、人を滅ぼす使命を持つ、矛盾した存在。 まるで、張り紙禁止と書かれた張り紙みたいでおかしいだろ?」


 俺――人見啓人は、魔人であると。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ