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アイスクリーム

 

 自分へのご褒美をいただく前に、水につけておいた食器を洗っておこう。 後で洗おうと思ったら、明日洗うことになりかねない。

 

「これだけの量なら、すぐ洗い終わるな」

 

 スポンジに洗剤を一滴ほど垂らし、そのスポンジで食器を洗っていく。 水分を得たスポンジから、泡がどんどん発生する。

 

「ふぅ……。 終わった」

 

 洗い物完了だ。 冷凍庫からアイスを取り出そう。 そうしよう。

 

『ピロピロピロピロピロピロピロピロ!』

 

「うわっ!」

 

 ポケットに入れてあるスマホから、着信音が。 


……まったく、心臓に悪い。 着信音、変えた方が良いな。

 

 表示された名前を見てみる。

 誰からかと思えば、桃子だった。 わざわざ通話するってことは、急用か……!?

 

「もしもし?」

『……啓人。 あのね……』

「……どうした?」

 

 恐る恐る、桃子の言葉を待つ。

 

『すごく、アイス食べたい……』

 

 俺だって、アイス食べたい!

 

「……今から持ってくるよ」

「うん……。 待ってる」

 

 通話終了。 まったく、心配させやがって。

 とにかく、アイスを持って行くことにしよう。

 

「持ってきたぞ、アイス。 これは自分で食べられるよな?」

「うん……。 買いに行ってくれて、ありがとね」

 

 今日、俺は何度感謝の言葉を聞くことになるのだろう。 何度も感謝しなくて良いのに。

 

 桃子の表情を見る。 アイス一つで随分と嬉しそうだ。 そんな嬉しそうな顔を見るのは、悪くない気分だった。

 

「どう? 抹茶味は」

「和の心を感じる……」


 和とは一体……。

 

「……美味しかった」

「すぐに食べ終わっちゃったな」

 

 量が少ないこともあって、俺がぼんやりしている間に、桃子はアイスを完食していた。

 

「こんなことなら、もう一個くらい買ってもらえば良かった……」

「アイスの食べ過ぎは、体に良くないと思うけどな」

「うん……。 わかってる」


 物足りなさそうな顔で、空になったアイスの容器を眺める桃子。 

 

……しょうがない。 今日はとことん甘やかしてやろう。

 

「桃子」

「……何?」

「こんなこともあろうかと、実はもう一個アイスを買っていたと言ったら、どうする?」

「………………!!」

 

 自分の為にと買っておいたアイスが、桃子にとって思わぬ嬉しいハプニングに。

 

「まさか、もう一個アイス買ったの……?」

「ああ。 今から持ってくるよ」

 

 さようなら、俺のアイス。 さようなら、自分へのご褒美。

 

……でも、桃子があんなに喜んでくれるのなら、別にいい気もするから不思議だ。

 

「期間限定の紫芋味だってさ。 きっと美味しいに違いない」

「……本当に、食べていいの? 啓人が食べたくて、買ったんじゃ……」

 

 流石桃子。 察しが良い。 まあ、わかるか。

 

「本音を言えば、俺も食べたいんだけど、今は桃子に食べて欲しいかな。 早く、良くなって欲しいし……」

「啓人……」

 

 俺の善意を受け入れたのか、二個目のアイスを食べ始める、桃子。

 

「紫芋味はどう?」

「……美味しい。 啓人にも一口あげる」

「いや、俺はいいって……」

「遠慮しなくていいよ。 この味を、共有したいから……。 はい、あーん……」

「……っ……!」

 

 アイスを掬ったスプーンが俺の目の前に迫りくる。

 

「口、開けて?」

 

 これを拒むことは容易い。 しかし、それは何だか桃子に悪い気がする。

 善意には善意を。 善意に対して悪意を返してはならない。 いざ、口を開かん。

 

「………………んぐ」

 

 ぱくり。 口の中に広がる、ひんやりとした冷たさと、クリーミーな甘み。 

 その中に隠れ潜む紫芋の風味が、俺の舌を喜ばせようと追撃をかましてくる。 美味しゅうございます。 参りました。

 

「どう?」

「すごく、美味しいです……」

「美味しいよね」

 

 そして再び、アイスを食べ始める桃子。

 

「………………」

 

 気づいていないわけじゃなかったが、これって間接キスだよな。

 純情な少年の心を持ち続けている俺にとっては、ドキドキとしてしまう経験だが……。 桃子はそんなこと、ないのだろうか。

 

「……ごちそうさま」

 

 俺が考え事をしているうちに、桃子は二個目のアイスも食べ終えたようだ。

 

「今度こそ、眠れそうか?」

「……うん」

「俺はもう、部屋から出た方が良いかな?」

「……ううん、まだいて。 眠れるまで、そばに居て欲しい……」

「……そっか。 じゃあ、ここにいるよ」

 

 潤んだ瞳でそんなことを言われたら、離れるわけにはいかない。

 

「今日は涼しくて気持ちが良いから、俺の方が先に寝ちゃうかもな」

「啓人が先に寝たら、罰ゲーム」

「罰ゲーム? どんな?」

「目でピーナツを噛むの」

 

 何という無茶振り。

 

「目でピーナツ噛み器でもないと、無理だな」

「そう……」

 

 そんなしょんぼりされても……。

 

 それにしても風邪で弱っている桃子は、いつもと比べるとだいぶ甘えたがりなように見える。

 そんな、風邪で弱っている桃子に色っぽさまで感じてしまう俺の心は、汚れているのだろうか。 いや、そんなことはない!

 

「……ん?」

 

 くだらないことを考えてる間に、桃子は眠りについていた。 すやすやと寝息を立てて、穏やかで気持ち良さそうに眠っている。

 

「……おやすみ」

 

 桃子の部屋を出る。 この調子でゆっくりと体を休めて、明日には回復していてほしいものだ。

 

「さてと……」

 

 俺が今、するべきことは何だろう。

 桃子に話すべきことを話さなければならない。 その為に、ある程度何から話すのか、整理しておくべきか。

 

 俺が桃子と出会ってから、一年以上が経過している。 

 桃子の反応から察するに、桃子は俺のことについてあまり知らないように見える。 

 きっと、俺の存在がとんでもなく出鱈目なことくらいしかわかっていないんじゃないだろうか。

 

 思えば、最初に出会った頃は、互いにだいぶ警戒しあっていたような気がする。 

 俺はとにかく、慣れないことばかりで神経質になっていたし、桃子は桃子で俺に変な刺激を与えないよう、爆弾でも取り扱うかのように接していた。

 

 事実、俺は人間にとって、あまりにも危険な存在だ。 桃子が慎重になるのも無理はなかった。 

 だが、俺にとってそれは、悲しいことだ。 俺が何で、この世界に来たのか。 俺は、危険物扱いされたいわけじゃない。 人として接して欲しかったんだ。

 

 そのような理想を抱きながら、厳しい現実と向き合うことは、とても、辛かった。 

 辛くて、逃げ出したくなったりもした。 

 現に、逃げ出したこともあった。 

 俺は何の為にここにいるのか、わからなくなる時さえも。

 

 そんな日々がずっと続くのかと思いきや、いつの間にか俺と桃子は、自然に接することが出来るようになっていた。 

 あまりにも自然すぎて、途中まで自覚できなかったくらいだ。

 

……嬉しかった。 俺はこの人間と、うまくやれてる。 

 信頼関係を築いている。 

 話したり、笑ったり……。 

 色々な感情を見せ合ったりしている。

 

 この関係を壊したくない。 そんな強い思いが、俺には生まれていた。 

 それだけじゃない。 より、親密になる為、互いの間にある障害を取り除こうとも思う。

 

 昨晩のような事を二度と起こさない為にも、しっかり話し合う。 伝えたつもりになってはいけない。 きちんと伝えるんだ。

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