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人見啓人は看病する

 

 文化祭も終わり、今日は休みの日。

 

 時刻は昼過ぎだが、七月にしてはだいぶ涼しい。 過ごしやすい気温だ。

 

 昨晩、俺は家守桃子に襲われた。

 桃子が俺を襲った理由を考えるとまったく喜べたものじゃないが、今回の一件で皮肉にも、俺は桃子をよりちゃんと知ることができた。

 

 例えば、桃子がいつもあまり表情をわかりやすく変化させないのは、自分を強く見せる為の処世術なのだということ。

 他人に感情の変化を悟られぬよう、仮面を被る。 そうすることで、どんな言動を前にしても揺るがない強さを持っているように見せているのだ。

 

 つまるところ、家守桃子はそういう人間なんだろう。 

 強い家守桃子を演じ続けることが出来てしまっていた、不幸な少女。 

 仮面を剥ぎ取られてしまえば、そこにいるのは強い家守桃子ではない。 年相応の脆さを持つ、一人の少女だ。

 

 とはいえ、人は誰しも、少なからず仮面を被るような時があるのではないかとも思う。 仮面を被っているからといって、それが偽りの姿だと断言するのも何か違う気がする。

 完璧美少女としての姿を見せる家守桃子も、確かに家守桃子の一部分なのであって、昨晩俺が目の当たりにした脆い部分もまた、家守桃子の一部分なのだ。 

 

 強い部分も、弱い部分も、美しい部分も、醜い部分も、あって然り。 

 人間は、色々な側面を持っている。 それだけのこと。

 

 そう考えると、俺は昨晩、今まで見たことのなかった、家守桃子の新たな一面を見たことになる。 

 桃子はそんな一面を見せるつもりはなかったのかもしれないけど、俺としてはより家守桃子という人間を更に理解することが出来て、満足だ。

 

 しかし、そうはいっても、罪悪感というものは付き纏う。 

 これだと、俺が一方的に家守の恥ずかしいところを見てしまったかのような感じだ。 

 今回の一件が起きてしまった原因の一つでもあるが、俺は色々と隠しすぎている。 他人の事を知りたがる癖に、自分の事を曝け出さないのは、卑怯だ。

 

 だから俺は、桃子としっかり話すべきことは話そうと思い至ったわけだが……。

 

「……起きてるか?」

 

 昨晩、家に帰った後、桃子は精神的にも肉体的にも疲れ果てていたのか、すぐに寝てしまった。 

 ちなみに、戦闘の後始末は俺が一人でした。 地味に俺は苦労していると思う。

  

 疲れて寝ているところを起こすのも悪いので、話をするのは桃子が起きてからにしようと決めていたのが、中々起きてくる気配がない。

 

 そんなわけで、俺は今、桃子の部屋の前に来ている。 

 もう午後だというのに起きてこないのは、心配だ。 最悪の事態さえ想像してしまう。

 

 もし、返事がなかったら、ドアを蹴破ってでも部屋に入ろう。 

 そう決意し、もう一回だけドアを強くノックしようとすると、

 

「……起きてるよ」

 

 と返事が。 ひとまず、安心。

 

「中々起きてこないから、心配したんだぞ。 大丈夫か?」

「……大丈夫じゃ、ないみたい」

 

 大丈夫じゃない? 何かあったんだろうか。 不安な気持ちが再び湧き上がってくる。 

 

「大丈夫じゃないって、どうしたんだ? ドア、開けられるか?」

 

 急かすような俺の言葉に対し、返事はない。 もう、ドアを蹴破ってしまおうかと思ったその時、

 

「体調、崩したみたいなの……」

 

 ドアが開き、桃子が姿を見せる。 ふらふらとしていて、随分と辛そうだ。 発熱しているのか、顔が火照っている。 

 

「………………!」

 

 よろめいて、そのまま倒れ込みそうになる桃子を、受け止める。 苦しげに呼吸をする桃子。  その熱い吐息が、耳にかかる。 

 わざわざ熱を測ったりするまでもない。 これは、風邪だ。

 

「……風邪、みたいだな。 とりあえず、水でも持ってくるから、ベッドで横になっていてくれ」

「……うん」

 

 桃子の体を支え、ベッドまで連れて行く。 ゆっくりとベッドに下ろし、一旦部屋を出る。

 

「ふぅ……。 それにしても……」

 

 まさか、いつも体調管理は得意だと言っていた桃子が、風邪を引くとは。 

 桃子を看病するような機会がこうも早く訪れるとは思ってもいなかった。

 

 台所の方へ足を運ぶ。 水でも持ってくると言ったが、風邪の時はスポーツ飲料なんかも良いとどこかで聞いた気がする。 

 確か、ここらへんに……。

 

「あった……」

 

 二リットルのスポーツ飲料を確保。 

 後、水分だけじゃなく、何か食事も摂ってもらおう。 今のうちに、軽く準備でもしておくか。

 

「冷凍保存しておいたごはんと……。 鰹節と卵もあるな。 これなら……」

 

 俺の少ない知識をフル動員し、ある程度看病に必要そうなものは集め終える。 足りないものは、桃子がまた寝た後にでも買いに行こう。

 

「飲み物、持ってきたぞ。 他にも、冷却シートとかも持ってきたけど、俺が貼るか? それとも、桃子が自分で貼る?」

「啓人に、貼って欲しい……」

「ああ、わかった!」

 

 冷却シートのパッケージイラストを見る。 

……うん、どう見ても冷却シートをおでこに貼っているな。 なら、おでこに貼るべきなんだろうか。 

 俺の医学的な知識の乏しさに、こんな時絶望する。

 

「……? 啓人、どうかしたの?」

「いや……。 冷却シートって、どこに貼るべきなんだ?」

 

 ここは、知識の豊富な桃子に素直に聞くことにする。


「単純に熱を下げる目的なら……、首元や脇周辺、太股の付け根辺りが最適」

「おでこじゃ、ないんだな」

「うん。 首元には頸動脈けいどうみゃく、脇周辺には腋窩動脈えきかどうみゃく、太股の付け根辺りには鼠径動脈そけいどうみゃく。 要は、大きな動脈が通っている部分を冷やすことで、血液の温度を手早く下げることが可能なの。 でも……」

「でも?」

「今回はおでこで良いよ。 ちょっと頭痛がするから……」

「おでこだな、わかった!」

 

 汗で額に貼り付いた髪の毛を除け、冷却シートを貼る。

 

「これで大丈夫かな?」

「うん」

「水分補給してないだろ? これ、飲むか?」

「うん」

「食欲はあるか? 一応、お粥でも作ろうかと思ってるけど、何か他に食べたいものがあれば……」

「……りぴーと」

「えっ? ……食欲はあるか? 一応、お粥でも作ろうかと……」

「待って。 啓人、お粥作れるの……?」

 

 何かと思えば、俺の料理スキルを心配しているわけか。

 

「今まで桃子に作ったことがないだけで、俺だって簡単な料理くらいは出来るようになったんだぞ。 お粥なら、レシピ見ながら作れば失敗しないって」

「……知らなかった。 じゃあ、お粥食べる」

 

 熱で頭がうまく働かないのか、深く追求してくることはないようだ。 

 俺自身忘れていたが、桃子は俺が五木の家で料理を教わっている事を、まだ知らないんだった。

 

「じゃあ、パパっと作ってくるよ。 他に必要なものが思いついたら、遠慮なく言ってくれよ?」

「うん……。 ありがと」

 

 台所へ向かう。 どんなお粥を作るかは、もう決めてある。

 

「さてと……」

 

 作るのは、醤油で味付けした卵粥だ。 しかも、鰹節入り。 鰹節は栄養価が高いらしいし、醤油に合う。 これを食べれば、きっと元気になってくれるだろう。

 後は、食後に飲ませる風邪薬を用意する。 俺も桃子も今まで風邪を引くことがなかったから、未開封だ。

 

「こんなもんかな」

 

 卵粥、完成。 初めて作ったにしては、上出来だと思う。 我ながら、良い調理をした。 こぼさないように運ばなければ。

 

「出来たぞ。 風邪薬も持ってきたからな」

「美味しそう……」

 

 桃子が体を半分起こす。 どうやら食欲はちゃんとありそうだ。

 

「……食べさせて」

「え?」

「啓人が、食べさせて」

 

 なんてことだ。 自分の手で食べられない程に弱っているのか……!

 

「えっと、スプーンで掬って、桃子の口元まで持っていけばいいのか?」

「うん」

 

 お粥を一口分掬い、桃子の口元へ運ぶ。

 

「ほれ、少し熱いかもしれないから、口に入れる時は気をつけてな」

「うん……」

 

 桃子が自身の髪を手で退けて、口を開く。 なんだろう、まるで、雛鳥に餌を与える親鳥になった気分。

 

「……美味しい」

「それは良かった」

 

 もぐもぐと満足そうに咀嚼している桃子。 目の前でちゃんと美味しそうに食べてくれているのを確認できて、安心だ。

 

「……もっと」

 

 上目遣いで、二口目をおねだりする桃子。 きっと、お腹がだいぶ減っていたのだろう。 随分と物欲しそうな顔をしている。

 

「ゆっくり食べろよ。 お粥は逃げないからな」

 

 掬っては運び、掬っては運び。 

 人にこうやって食べ物を食べさせるなんて、初めての経験だ。 自分とは無縁の行為だと思っていたのに。

 

「……ごちそうさま」

「お粗末さま。 忘れないうちに、風邪薬飲んどけよ」

 

 桃子は無事、完食してくれた。 自分の作った料理を美味しそうに完食してくれたというのは、何とも嬉しいことだ。

 

「啓人。 わたし、しばらくしたらちょっと寝るね」

「ああ。 ゆっくり休んでくれ。 あ、一応聞いておくけど、何か家事でやっておいて欲しいこととかあるか?」

「洗濯物、やってくれたら嬉しい……。 後、買って欲しいものが……」

「買って欲しいもの?」

「アイス、買って欲しい……」

「アイス? どんなのが良い?」

「ハーゲンバッツの抹茶味……」

 

 ハーゲンバッツを選ぶとは。 

 ハーゲンバッツは確かに美味しいが、量が少なく値段が高いアイスクリームだ。 だから、桃子もたまにしか買ってこない。

 

「わかった、抹茶味だな。 じゃあ、俺は買い物しに行くから、何かあったらすぐに連絡してくれよ?」

「うん……。 行ってらっしゃい」

 

 部屋を後にし、家を出る。 目指すは近所のスーパーだ。

 

 アイス以外にも、何か買っておいた方がいいなと考える。 

 桃子の備えが良かったから、家に色々置いてあった。

 けれどもし、桃子の体調が中々治らなかったら、足りなくなる可能性は充分ある。



 

「アイスは……。 ここか」

 

 スーパーに辿り着き、アイスクリーム売り場を見つける。

 

「くっ……!」

 

 俺を誘惑する、アイスたち。 ここは、なんて恐ろしい空間なんだ。 胸の内に秘められた欲求が、むくむくと膨れ上がっていくのを感じる。

 俺が買うのは、ハーゲンバッツ抹茶味。 一つだけだ。 俺は買わない! 俺は食べない!

 

 いや……。 ちょっと待てよ。 

 きっと、桃子のことだ。 昨晩のこともあるし、あんまり気を遣われるとかえって辛いのではないか?

 看病されて、申し訳ないなと思っているのかもしれない。 俺としては当然のことをしているというのに。

 

 そうだ。 俺は、そんな桃子の自責の念を和らげてやる必要があるんだ。 

 だから俺も、アイスを買おう。 そのことに、何の問題もない!

 

「ありがとうございましたー」


 俺が買ったのは、ハーゲンバッツの紫芋味。 期間限定らしい。 バニラやストロベリー味も良かったが、期間限定と書かれた品が隣にあると、ついそちらに手が伸びてしまう。



 

「……ただいま」

 

 静かに帰宅。 もしかしたら、寝てるかもしれないし。

 桃子の部屋のドアをゆっくり開ける。 物音を立てぬよう、慎重に。

 

「あれ……?」

「啓人、おかえり」

 

 そこには、まだ起きている桃子の姿が。

 

「……眠れなかったんだ?」

「うん。 中々寝付けなくて……」

「気分が悪いとか?」

「……汗、気持ち悪い」

「汗か……」

 

 汗で濡れた衣服をそのまま着続けるのは、良くない。 汗を拭いて、新しい着替えを用意するべきか。

 

「汗を拭く濡れタオルとか持ってきた方が良いか? 後、着替えも」

「うん、お願い。 着替え、どこにあるかわかる?」

「わ、わからん……」

 

 そもそもわかっていたら、ダメな気がする。

 

「そこのタンスの一番下の段に、下着が……。 その上の段に、寝間着があるから……」

「わ、わかった、任せてくれ!」

 

 何も、動揺することはない。 

 桃子は今、熱で思考力が低下している。 羞恥心も薄れている。 俺が変に恥ずかしがったら、せっかく薄れている羞恥心を呼び覚ましてしまう恐れがあるじゃないか。

 

 落ち着いて、目的を遂行する。 俺はただ、着替えを用意するだけだ。 着替えを用意するだけ……!

 

「これでよろしいか」

「うん」

 

 よし、着替えは用意した。 

 次は、汗を拭くものを取ってこよう。 

 濡れたタオルと乾いたタオル、両方あった方が良い気がするから、洗面器とタオル二枚持っていけばいいだろう。 どこかで汗を拭く時は濡れたタオルの方が効果的だと聞いたことがある。

 

「汗を拭くタオル、持ってきたぞ」

「ありがと……」

「じゃあ俺は、着替え終わるまで……」

「待って」

「ん?」

 

 部屋を出ようとする俺を、呼び止める桃子。 一体、何を……。

 

「啓人が、拭いて」

 

 拭く。 何を? わからないわけがない。

 

「……俺が?」

「うん。 今、脱ぐから……」

「ちょっ……!?」

 

 俺が目の前にいるというのに、服を脱ぎ始める桃子。

 

「さ、流石にそれは、マズいんじゃ……!」 

「背中。 拭きづらいから……」

「そ、それなら仕方ないか!」

 

 てっきり、全身を拭くのかと思っていたけど、そんなことはなかったぜ。

 

……なんて恥ずかしい勘違いだ。 いや、背中だけでも充分マズい気はするけど。

 

「気にしないから、拭いていいよ」

「……………………」

 

 思わず、息を呑む。

 するりと衣服がはだけ、露わになる桃子の背中。 長い黒髪に隠れたその白い柔肌は、しっとりと汗ばんでいた。

 

 てか、やっぱり寝る時はつけて……。


「啓人……?」 

「えっ? ……ああ! じゃあ、拭くぞ……?」

「うん、お願い……」

 

 後ろ髪を除け、背中を拭く。 

 

「こんな感じで良いか?」

「うん……。 ……んっ……。 良い感じ。 でもちょっと……」

「ちょっと?」

「くすぐったいかも……」

「あと少しで終わるから、我慢してくれ……」

 

 自分で触っても何ともないのに、他人に触られるとくすぐったかったりするものだ。 こればかりは諦めてもらおう。

 

「よし、拭き終わったぞ」

 

 何度か自分の下心君と戦いながらも、なんとか背中を拭き終える。

 

「後は、自分で拭いて、着替えるから。 終わったら、連絡するね」

「ああ、わかった」

 

 部屋を出る。 俺はよくやったと思う。 自分へのご褒美があっても良い。

 

「あ……」

 

 自分へのご褒美、あるじゃないか。 


――先程買った、ハーゲンバッツ。 

 

 今日は涼しいが、涼しくてもアイスは美味しいものだ。 美味しくいただくことにしよう。

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