表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/189

決心


「魔術の、正体……」

 

 何だか強引に話題を変えられた感はあるけれど、気になる。

 

「お前は以前、俺たちの使っている魔術の正体は一体何なのかと気にしていただろう。 あの時はあのまま答えずにいたが、それを今、ちゃんと教えてやる」

 

 ドア越しに会話を続けるわたしたち。 

 廊下に出っぱなしの鬼山さんには悪いけど、かといって部屋に入れる訳にはいかない。 今のわたしの姿を見られるのは困る。

 

「あの時言った通り、俺は既にヒントを出していた。 正確には、ヒントを出していたというつもりはなく、無意識にヒントに成り得る言葉を口走っていたというわけだがな」

「ヒントに成り得る言葉、ですか……?」


 そういえばあの時、わたしはそのヒントとやらに結局気づかなかった。 ロリコンがヒントなわけないだろうし。

 

「ああ。 俺たちの使っている魔術は、歴史上古くから伝えられている魔術の概念とは、全くの別物。 そのことをお前が俺に確認したその後に、俺はヒントに成り得る言葉を言ったんだ」

「えっと……。 それならわたし、覚えていますよ。 鬼山さんは、この世界で古くから魔術と呼ばれているようなものは、不思議な力を起こすなんてことはない。 夢のない話だろうって言ったんですよね。 ここにヒントが隠れているんですか?」

「そうだ。 わかったか?」

 

 本当にヒントが隠されているのだろうか。 ヒントが隠されていると言われても、まだわからない。

 

「……古くから魔術と呼ばれている、という部分ですか?」

「違う。 だが惜しいな」

「……じゃあ、わかりません」

「この世界で」

「…………え?」

「この世界で、という部分だ」

「この世界で……?」

 

 と言われても、まだわからない。

 

「どこか違和感のある言い方だとは思わなかったか?」

「それは……」

 

 ここまで言われれば、流石に鬼山さんが何を言いたいのかわかる。 でも……。


「……他に世界があるとでも、言いたいんですか?」

 

 信じられない。 そんなこと、ありえない。

 

「そうだ。 この世界の他に、もう一つ世界がある。 俺たちの使っている魔術は、その世界のものだ。 わかっているとは思うが、このことは他言無用だぞ。 魔術会でもほんの一部の人間しか知らない事実だからな」

「まっ……! 待ってください! 本気で言ってるんですか? そんなこと、信じられるわけないじゃないですか……!」

「俺も最初は信じられなかった。 だが、事実だ。 魔術という力。 これは、この世界のモノじゃないんだ。 ちなみに便宜上、俺たちのいるこの世界は『第一世界』、俺たちにとっての異世界は『第二世界』と呼称している。 恐らく、魔物は第二世界の生命体だと思われるな」

「……………………」

 

 そりゃ、異世界なんてものがあったら面白いなと、一度たりとも思ったことがないとは言わない。 

 けれど、実は異世界ありますよと言われて、それを簡単に受け入れることができるのかと言ったら、話は別だ。 

 実際にこの目で見ることができたとしても、どこかの大陸の辺境の地なんじゃないかと疑うだろう。

 

「どうだ? 答えがわかってスッキリしたか?」

「余計モヤモヤしました」

「……だろうな」

 

 そもそも、魔術だって、今でこそ普通に受け入れているが、ありえない力だ。 それ以上にありえないことを信じろだなんて、わたしの常識が崩壊する。

 

「まあ、俺たちの使っている魔術は、俺たちの知らないどこか遠くの世界のものだということにしておけば、色々と説明がつくんだ。 モヤモヤするだろうが、信じるしかない。 考えても見ろ。 人類の歴史を振り返ってみても、伝来した技術や文化が急激な発展を促すなんてことはあるだろう? 今まで考えられなかったような概念がくつがえされるのだから、当然だな。 未知のモノはありふれているが、それがいつ既知になるのかは、誰にもわからない。 それは魔術も同じことだったというだけの話だ」


 今の時代でこそ考えにくいことだが、電化製品の存在すら知らない人々の住む地域に電化製品が与えられたら、それはもうビックリだろう。 

 魔法だと騒いでも不思議じゃない。 高度に発達した科学はなんとやらだ。 

 

「わたしたちにとって空想上の産物でしかなかった魔術が、別の世界にあった。 そのことがついここ数年の間に判明し、わたしたちの属する魔術会がその力を秘密にして独占している。 そういうことですか……」

「どうやって第二世界を知り、魔術の情報を得たのか細かいことは俺もわからないが、それで合っている。 ここまで理解すれば、東日本連続猟奇殺人事件から始まるここ最近の騒動がどれほど恐ろしい可能性に満ちているか、わかるな?」

「それは……」

 

 わかっている。 わからないはずがない。 

 わたしたちとは別ルートで魔術を得た存在。 魔物と呼ばれる存在。 それらを与えた者の存在。

 

「……魔術会に裏切った者がいる。 あるいは……」

 

 裏切り者がいた方がまだいい。 裏切り者がいたとしても、その人物について初めからわかることが多いからだ。 

 けれど、今回はその可能性よりも……。

 

「異世界からこの世界にやってきた何者かが、いる……!」

「そういうことだ。 目的はわからないが……。 恐らくその何者かは、遊んでいる」

「遊んでいる……?」

「薊海里は言っていたな。 力を与えられたと。 だが、何故薊海里なんだ? 奴に力を与えて何がしたかったんだ? 薊海里が復讐を果たしたところで、力を与えた何者かに何のメリットがある? 俺にはわからない。 だから、その何者かには特に目的があるわけではなく、ただ遊んでいるようにしか思えないんだ」

 

 遊んでいる。 もし、それが本当だとしたら……。 

 何者かの娯楽の為に、薊海里は……。

 

「……さて、話すことは話した。 俺は部屋へ戻る。 繰り返しになるが、何か要望があれば遠慮なく言ってくれ」

 

 ドア越しに、鬼山さんが立ち去ろうとする物音がする。

 

「あっ……」

 

 また、引き止めようかと思った。 

 でも、引き止めたところで、わたしは鬼山さんに何を言えばいいんだろう。 

 胸の内に渦巻いていた色々な感情は、すっかり勢いを失っていた。

 

「………………」

 

 静寂を取り戻した部屋の中で、わたしは再度、鏡の前に立つ。

 

「……酷い顔」

 

 数時間前に見た顔と変わらない顔がそこにあった。 いや、もしかすると、数時間前よりも酷くなっているのかも。

 

「………………」

 

 鬼山さんはわたしに、しばらくゆっくりしていいと言ってくれた。 

 充分すぎるほどよくやったと褒めてくれた。 

 それが本心なのかはわからない。 けど――。

 

「わたしは……」

 

 鏡に映る自分と向き合いながら、わたしはある一つの思いが強まっていくのを感じていた。

 

「わたしは、まだ……!」

 

 この思いを、忘れてはいけない。 今この瞬間の思いが、一分後に変わらないという保証はない。 

 だから、この思いを忘れないように……。

 

 

 

 翌朝。 わたしは鬼山さんの部屋の前にいた。

 

「鬼山さん、いますか?」

 

 名前を呼ぶ。

 

「……蕭条か。 こんな朝早くに、どうした?」

 

 鬼山さんは起きていた。 ドアを開き、怠そうに姿を現す。 眠たそうな声だけど、起きているのなら、遠慮はしない。

 

「鬼山さんは要望があれば言ってくれと、わたしに言いましたよね?」

「……ああ、そうだな。 何だ、要望でもあるのか?」

「はい、あります。 一緒に、家守桃子の元へ行きましょう」

「……何?」

 

 キョトンとする鬼山さん。 が、すぐに表情をもとに戻し、

 

「……もう、大丈夫なのか?」

 

 と心配そうに聞いてきた。 普通なら、大丈夫と答えるべきなんだろうけど。 

 わたしはもう、どう答えるべきか心に決めていた。

 

「大丈夫じゃないですよ」

 

 大丈夫なわけがない。 わたしは強く、しっかりとしてなんかいない。

 

「それなら――」

 

 何かを言おうとする鬼山さん。 わたしはそれを遮って、

 

「だって、鬼山さんが言ったんじゃないですか。 俺の経験上、大丈夫って言う奴は、大抵大丈夫じゃないんだよって」

「ぬ……」

「鬼山さんの言う通りですね。 わたし、全然大丈夫なんかじゃありません。 辛いことからはすぐに逃げ出したくなるし、すぐに体調崩しちゃうし、一人じゃ怖くて何もできなくなっちゃう、ちっぽけで弱々しい存在です」

「………………」

「きっと、たくさん迷惑をかけると思います。 たくさん頼ると思います。 今まで以上に足を引っ張ることになるかと思います。 でも、鬼山さんがわたしの要望を聞いてくれると言うのなら――」

 

 他人の優しさに甘える。 

 わたしはそれを、避けてきた。 

 甘えることで、もっと弱くなってしまいそうな気がしたから。

 

 だから、そんなことしてはならない。 そう、自分に言い聞かせてきたけれど。

 

「これからも、わたしと共に戦ってください……!」

 

 そんな必要、なかったんだ。 

 孤独が人を強くすることはあるけれど、孤独だけが人を強くするわけじゃない。 わたしはそれに、気づいてしまったのだから……。

 

「心身共に大丈夫じゃない。 そんなお前と共に戦えと言うのか」

「はい」

「……お前は本当に、不思議な奴だな」

「え……?」

 

 不思議と言われた。 珍しくとても柔和な表情で。 褒め言葉と受け取りづらいワードだ。

 

「わかった。 明後日だ。 明後日にここを出る。 それまでは自由に過ごしていいが、ホテルの外の単独行動は禁止だ。 いいな?」

「わかりました」

 

 自分の部屋へ戻る。 

 明後日。 それまでに、この一週間で鈍くなった身体を元に戻さなきゃ。

 

 結局わたしには、辛い現実を一人で受け止めることはできなかった。

 悔しいけど、認めなくちゃいけない。 自分の弱さを。 自分の弱さを認めなかったところで、強くはなれないのだから。

 

 自分は弱い。 それが現実。 

 だからわたしは、一人で受け止めることをやめる。 辛い現実なんか、一人で受け止めなきゃいいんだ。

 頼ることは悪じゃない。 出来ないことは出来ないのだから、その時はちゃんと頼るべきだ。 その代わり、自分のやるべきことはしっかりとこなす。

 

 それでいい。 自分の弱さを本当に認識して初めてスタート地点に立てるんだ。 他人に頼りながらも、一歩一歩確実に前へ進まなきゃ。 

 

……わたしはやっぱり頑固なのかもしれない。 これだけ凹みながらもまだ、前へ進みたがっている。 気が弱いのやら、気が強いのやら。

 

 ハッキリしているのは、わたしがまだ戦えるということ。

 しばらくゆっくりしていい? 

 充分すぎるほどよくやった? 

 それが鬼山さんの優しさから来る言葉なら、そんな優しさはいらない。

 

 わたしはこんなところで立ち止まったりしない。 してたまるものか。 鬼山さんに、わたしはあの程度じゃないってところ、見せてやらなきゃ。

 

 わたしは決心する。 

 薊海里との一件。 

 もう一人の敵と、三人の死。 

 そして、昨晩の会話。

 

 わたしは何を思い、何を考え、何をしたいのか。

 わたしは絶対に、会わなければいけない。 どんなに相手が恐ろしくても、この目で見なければいけない。 何よりも、自分の為に。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ