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悪意への対処法


「……やっぱり、ちゃんと会話するのって、大事だな」

「……え?」

 

 とにかく、今俺がやるべき事は……。

 

「俺にも悪いところが少しあるとはいえ、桃子にこうやって疑われて、攻撃されて……。 本当だったら、俺はもっと怒ったり悲しんだり憎んだりしていいんだろうけど、何だろうな、あんまりそんな気持ちにはならないんだ」

「………………」


 それはきっと、桃子の本心がなんとなくわかってしまっているから。

 

「少し前までの俺だったら、こうはならなかったと思う。 今の俺は、桃子のことを桃子の立場から考えることができる。 桃子に余裕がないことを知っている。 そうなったのは、俺に余裕があるからだ。 なら、この余裕はどこから生まれたと思う?」

「そんなの、わからない……」

「最初は桃子が。 次に勇人。 そして、五木。 三人と関わり合う中で生まれたんだよ。 一人で自分の殻に閉じこもったままでは、決して得ることの出来なかった、何か。 それが、俺に余裕を与えてくれているんだ」

「わたし、も……?」

「桃子はさ、俺にとって家守桃子という人物がどのような存在なのか、よく考えるといいよ。 とにかく、桃子が俺を殺すと言うなら、俺もそれ相応の行動を取るまでだ。 その結果桃子が死んでも、俺は謝ったりしないぞ。 死人に謝ったって、自己満足でしかないからな」

「――――ッ!」

 

 身構える桃子。 必死そうな、良い眼だ。 が、その必死さの中にあるのは、怯えや恐ればかりなのではないか?

 

 一歩。 前へ踏み出す。 

 

 その瞬間、桃子の背後から影が業火のように立ち昇り、数本の触手のようなものが形成される。 


――気味悪く蠢く黒い影の触手。

 

 その一本一本が、それぞれ異なる動きを見せる。 

 ジグザグに進んでいく触手もあれば、真っ直ぐに伸びていく触手もあり、共通している点といえば、そのどれもが俺の肉体を突き刺そうとしている点だ。

 

「厄介な技だな……」

 

 だが、魔眼を発動している俺には、どうにでもできる技だ。 要は、その動きをしっかり捉え、壊してしまえばいい。

 全ての触手の数はどうせ、増えたり減ったりするだろうから、この際確認しない。 まず、優先的に排除すべき触手を確認する。

 

 一本目。 俺の心臓を貫こうと向かってきた触手を掴み、引きちぎる。

 

「あっ……」

 

 二本目。 間髪入れず脇腹を狙って来た触手を回避し、そのままそれを一蹴する。

 

 その後も、次々と襲いかかる触手を避けていき、破壊する。

 

「まだ……」

「ん……?」

 

 突如、目の前の触手が、攻撃の軌道を変え、地面に向かって行く。 

 そしてそのまま、地中を突き進んでいくのかと思えば――。

 

「何……!?」

 

 俺の背後の地面から、黒い触手が飛び出してきた。 地中から俺を狙うとは。

 

「おっと……!」

 

 俺の背中を突き刺そうとする直前に、何とか触手を掴むことに成功する。 しかし、当然桃子がそんな俺の隙を見逃すわけもなく。

 

「これは、どう?」

 

 新たに数本触手を増やしたかと思えば、それらを次々と地面に突き刺していく。 地中からの、見えない攻撃を続けていくというわけか。

 掴んでいた触手を握り潰し、地面に意識を集中する。

 二本の触手が地面から姿を見せる。 しかし、それは――。

 

「………………!」

 

 俺の脚に絡まろうと変則的に曲がりくねった動きを見せる。 

 なるほど、これだけの数触手があれば、全てが全て攻撃を目的とした動きをするわけではないということか。

 

 そして、新たに姿を見せた三本の触手は、黒い槍のように鋭く直線的に動き、俺を貫こうとする。

 

……順番ずつ、処理しなければ。 こんなに頭を使い、動き回るのは久しぶりだ。

 この触手は桃子の意のままに動くようで、俺がうまく回避しても、すぐに軌道を変えて向かい来る。 それこそ、鋭角に折れ曲がってまで方向転換をしてくるのだ。

 

 このままだと、流石に厳しい。 防御魔術こそ常時付与しているが、何の強化もなしに桃子の猛攻を掻い潜るのは大変だ。

 

「速度上昇……」

 

 緑色のオーラを身に纏う。 蜉蝣かげろうのようにゆらゆらとしたオーラ。

 俺の場合、上級までの強化魔術なら、発動するのに動きを止めたりする必要もなければ、そこまで時間も必要じゃない。 動いている最中に一瞬で発動することが可能だ。

 速度上昇に特化した、強化魔術。 自分自身しか強化できないが、これを発動するだけでもだいぶ違う。

 

「えっ……!?」

 

 桃子が驚くのも無理はない。 俺の速度は、二倍近く上昇している。 

 元々、魔眼を発動していたことで動体視力はだいぶ向上していたわけだが、眼が攻撃の動きを追えても、体がついていかなければ意味がない。 

 

 だから、速度上昇に特化した肉体強化魔術により、体も速く動けるようにした。 さっきまで一生懸命避けていた触手を、余裕を持って回避することができる。

 

「そんなの……、ズルい……!」

 

 ズルくて結構。 と言いたいが、そもそもズルいと言われる謂れはない。 

 これが、俺の力だ。 桃子を始めとする魔術師と比べると、だいぶチートじみた力。

 

 正直に言うと、実は俺がこの攻撃を頑張って全て回避する必要もあまりなかった。 多少のダメージを負う覚悟で、術者である桃子の元まで行けばいい。 

 要はゴリ押し。 防御魔術でダメージは軽減できているだろうし、負傷しても回復魔術で治癒できる。

 

 だからといって、俺が律儀に桃子の攻撃に付き合ってやったのは、単に手抜きをしたとか、そういうのではない。 桃子の覚悟を見たかっただけだ。

 強い殺気があるかどうかは別として、確かに桃子は俺を殺すつもりで攻撃している。 

 そして、俺がその攻撃に対して必死に抵抗している姿を見てもなお、桃子は攻撃の意思を持ち続けていられるのか。

 

 俺は、戦っている途中、気づいてしまったのだから。 

 桃子は本来、無謀な戦闘をするような人間ではないと。 

 俺がどれほど強いのか正確にわからずとも、想像はできているはず。

 

……桃子は一人で戦って俺に勝とうだなんて、最初から本気で思っていなかったのではないか。

 今回、桃子が俺を襲った理由には、俺が思っている以上に複雑な想いが込められているのではないか。

 

「いや……」

 

 地面から襲いかかる触手を全て屠り、俺は桃子の元へ素早く駆けて行く。 近づいていく俺を恐れる桃子。

 

 そうだ――。 

 桃子は心の奥底で、もう死んでしまってもいいと無意識に思っていたのでは……?

 

 疑いたくない者を疑うのは辛い。

 殺したくない者を殺すのは辛い。 

 ましてや、その人物を殺してしまう事が、自身を取り巻く環境を長い目で見た時に合理的で正しい判断だとわかった時は尚更だ。

 

 本当は、俺を疑いたくなかったのではないか。 殺したくないのではないか。

 

 桃子がもし、そんな自らの意思とは反する行為をせざるを得ない状況に追い込まれていたのだとしたら……?

 

 家守桃子は今まで、不幸にもうまく演じ続けることができていた。 今回も今まで通りに考えて動いていたのなら、俺をうまく殺す準備を整えて挑んでいたはずだった。

 

 でも今回、桃子はうまく演じることができなかった。 俺が家守桃子と過ごしてきた日々は、家守桃子を変えてしまっていたのだ。

 一言で言えば、情が移ってしまったということ。 何度でも言うが、俺にとってはまったくもって嬉しいことだ。

 

「来ないで……!」


 桃子の表情を見る。 

……なんて、辛そうな顔をしているんだ。 いつも学校では無愛想で、あまり表情を変えずにいるのに。 そんなにも感情的な表情をすることもあるのか。

 

「桃子……。 覚悟はできているか?」

 

 触手の動きをコントロールする余裕がなくなったのか、別の魔術を発動しようとする桃子。 

 だが、させない。 瞬時に距離を詰め、魔術を放とうとしていた桃子の右手を払う。

 

「っ……!」

 

 攻撃を封じられ、バランスを崩し倒れ込む桃子。

 

「俺はさ、善意には善意を返そうと思って生きているけど、向けられた悪意に善意を返してやるほどお人好しじゃない」

「………………」

 

 倒れ込んだ桃子を見る。 桃子の目は潤んでいた。 

 

「善意には善意を。 悪意には悪意を返す。 だったら……」

 

 拳を握る。 狙いを定める。

 

「殺意には殺意を、返してやらないとな」

 

 腕を振り下ろそうとする。 ぎゅっと目を閉じる桃子の顔が目に入る。 そして――。

 

「えっ――?」

 

 恐る恐る目を開く桃子。 事態が飲み込めず、驚いたような顔を見せる。

 

「……俺が桃子を殺すわけ、ないだろ」

 

 俺は桃子の顔を殴ることもなく。

 

 自らの拳を何もない地面に向けて打ち付けていた。

 

 これは、俺のちょっとした仕返しだ。 俺は、疑われたり襲われたりして、まったく不快に思わないほど聖人君子なわけではない。

 

「な……、何で……?」

「何でって、桃子からは殺意をまるで感じなかったし、俺は人を殺さないと心に決めているんだ。 そもそも、俺は桃子を傷つけたくない。 ……桃子はどうなんだ?」

「わた、しは……」

 

 待つ。 

 俺が桃子の感情を代弁してやるのは簡単だ。 だが、それでは意味がない。 

 本人の口から出た嘘偽りのない言葉でなければ、桃子は自分自身の感情を整理することができない。

 

「わたしも……、啓人を傷つけたくない……!!」

 

 確かに聞こえた、桃子の心からの叫び。

 桃子の中で鬩ぎ合う、矛盾した想い。 その矛盾を放置したまま、いつも通りの家守桃子を演じようとして、桃子は今回のような行動をしてしまった。 

 

 自分に嘘をつき続けるということは、本来の自分を見失う可能性があるということ。 

 以前、桃子に対し危惧していたことが現実となってしまったというわけか。

 

 きっと、演じているだの、演じていないだの、素の家守桃子はどれなのかなんてことは、桃子自身もわからなくなっていたのだろう。 

 本当の自分なんてものは、結局は自分でこれだと決めていかなければならないんだ。

 

 桃子は今、俺を傷つけたくないと言葉にした。 

 その言葉が嘘なのかどうかを決めるのは、俺じゃない。 家守桃子、彼女自身だ。

 

「啓人……。 わたし、啓人に……!」

 

 きっと、今まで人前で感情を露わにすることを、ずっと避けていたのだろう。 

 長年桃子の感情を押さえ込んでいた蓋は消え失せ、桃子は大量の涙を流していた。 

 まるで、今まで押さえ込んでいた分全てを放出するかのように。

 

「……とりあえず、帰らないか? 色々と話し合うのは、それからでも遅くない。 何より、まだ夕飯を食べていないからな」

 

 桃子の元へ、屈み込む。 そして、桃子の背中に腕を回し、

 

「あっ……」

 

 桃子の膝の下に俺の腕を差し入れ、桃子を抱きかかえる。

 

 桃子にお姫様抱っこされた日のことを思い出す。 

 俺が被運搬者になるのも悪くはないが、客観的に見て絵になるのは、やっぱりこっちだろう。 

 

「……わたし、お姫様抱っこされてる」

「ああ、そうだな」

「重く、ないかな……?」

「超重い。 腕が引きちぎれそうだ」

「……馬鹿」

 

 その時の桃子の顔を、俺はちゃんと見ていない。 

 けれど、きっと、結構良い感じの表情をしていたのではないだろうか。 そう、決めつけることにした。

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