家守桃子は苦悩する
七月上旬。 文化祭前日の夜。
自室にいた家守桃子は、ある相手と通話をしていた。
『桃子。 宇治たち三人が殺された事は、もう知っているな?』
「……うん。 竜紀さんから聞いたよ」
家守恭介。 桃子の実の父親であり、魔術会の魔術師を束ねる、魔術会会長でもある存在。
とある理由からN県某所にある施設から動くことの出来ない家守恭介は、鬼山竜紀を始めとする実戦投入可能な魔術師を駒として使い、目撃情報の相次ぐ魔物の捜索活動を行っていた。
その最中。 東日本連続猟奇殺人事件と魔術との関与が確認され、魔術会は事件と深く関わっていくことになる。
魔術。 魔物。 魔物を操る力。 それらを与えた者の存在。
魔術会が直面している問題は、家守恭介が当初考えていたよりも深刻なものだったのだ。
そして、先日。
魔術会の魔術師三人が、敵である正体不明の魔術師に殺害された。
魔術会にとって、あまりにも大きすぎる損害。
『この状況は非常に不味い。 わかるな?』
「うん……。 三人を殺した犯人はもちろん、その犯人に力を与えた存在も、見つけ出して処分する必要がある。 けれど……」
『あまりにも、我々には情報が足りない』
情報不足。
つまり魔術会には、敵を見つけ出す手がかりがないのだ。 おまけに、敵の正体もよくわかっていない。
『敵は一体何なのか。 何が狙いなのか。 不明点があまりにも多すぎる。 確実に言えることは、敵が魔術会にとって未だかつてなく有害な存在だということだ』
そう話す家守恭介だったが、その声にはあまり感情が篭っていなかった。 淡々と、事実だけを告げている。
『そこで、だ。 桃子。 お前に頼みがある』
「頼み……?」
『そうだ。 さっき、敵の正体はよくわかっていないと父さんは言ったが、敵がどこから来たのかはだいたいわかっている』
「……もしかして」
『第二世界。 恐らく、父さんの知らない方法でこちらの世界へと来た何者かがいる。 こうなると、更に不安材料が増えてしまうわけだが、桃子はそれが何か、わかっているな?』
桃子にわからないわけがなかった。 桃子は今すぐにでも電話を切りたいと思いながらも、父親である恭介の言葉に返答する。
「……啓人の事でしょ」
人見啓人。 桃子の同居人であり、監視対象でもある、黒髪赤眼の青年。
実のところ、桃子は人見啓人について多くは知らない。
啓人が何者なのか知っていることといえば、啓人がこの世界とは別の世界から来た者であり、高い戦闘能力を持っていることくらいだ。
『その通りだ。 ……桃子。 父さんは別に、桃子を信頼していないわけじゃない。 だが、状況が状況だ。 手を打てる機会があるのなら、手を打っておきたい。 念には念を入れるというわけだ』
「………………」
逃げ出したい。 そう、桃子は思った。
どうしてこんなにも、胸が痛くて、息苦しいのだろう。
桃子はいつか、こうなることをわかっていた。 可能性としては充分にありえる事だと承知していた。
けれど、そのことを頭の片隅に追いやって暮らしていた。
平穏な日常。
人見啓人との、穏やかな日々の繰り返し。
それがいつまでも続けばいいなと願いながら、桃子は今日まで過ごしてきた。
『桃子。 もう、わかるだろう? 父さんは、怖いんだ。 あらゆる方法を考えたが、結局、父さんにアレを完全にコントロールすることは不可能だった。 そしてその制御不能な存在が、一番疑うに値する要素を秘めている』
「………………」
桃子には何も言い返すことができなかった。 反論する材料がないのはもちろん、桃子がどう考えたところで、父親である恭介に今逆らうことは得策ではないと判断したからだ。
桃子にはまだ、力が足りなかった。
『桃子。 桃子は父さんの助けになってくれるな?』
「……うん」
『良い子だ。 愛しているぞ、桃子』
通話を終了し、ベッドの上に横たわる桃子。
「……啓人」
桃子の他に誰もいない部屋の中で、桃子は同居人の名前を呼んだ。 当然、返事は返ってこない。
眠れない。 モヤモヤと渦巻く感情が、桃子の睡眠を阻害する。
もしかすると、明日が怖いのかもしれないと自身の感情を分析する桃子。
けれど、どう足掻こうと、明日は必ず訪れる。
そんな当たり前の現実を思い知らされる度に、桃子は思う。
わたしたちは、思い通りにならない世界の中で生きていかなければならないのだと。
生きることは、諦め続けることと同じなのかもしれない。
何故なら、世の中には可能なことよりも、不可能なことの方が多いのだから。
(わたしは……)
……わたしは後、どれだけ諦めればいいのだろう。




