受け取る者たち
「蝶野と宇治と桑羽田の三人が死んだ」
「えっ……?」
薊海里との戦いから、三週間ばかりが経過した時のことだった。
「死んだって……? どうして……!?」
「殺されたんだ。 薊海里の他に存在する、もう一人の犯人に」
七月上旬。
とある宿の一室にわたしと鬼山さんはいた。
東日本連続猟奇殺人事件は、犯人である薊海里の自殺により幕を閉じたということになっていた。
しかし、つい先日、一家が惨殺されるという新たな殺人事件が発生し、東日本連続猟奇殺人事件がまだ終わっていないことが明らかになった。 犯人複数説は正しかったのだ。
実のところ、テレビや新聞でどのように報じられているのか、詳しいことはよく知らない。 ここ数日間は、事件についての情報から目を背けて生活してきたからだ。
仮に、テレビや新聞を見たところで、大したことはわからないだろう。 それは、薊海里についてだって同じことだ。 薊海里本人と対峙し、彼が死ぬその時まで近くにいたわたしでも、彼が何を思い、どうして自らの命を絶ったのか、本当に理解できているとは言えない。
今でもたまに、思い出してしまう。
狂気に満ちた薊海里の顔。
重くて鈍い、空砲のような衝突音。
仰向けになった屍。
あの日の出来事は、わたしにとってあまりにも衝撃的だった。
そう簡単には立ち直れないだろうと思った。
でもわたしは、すぐに探索活動を再開した。 鬼山さんに迷惑をかける訳にはいかないし、薊海里のような存在が他にもいるのだとしたら、同じような悲劇を繰り返さない為にも、早く何とかする必要があると思ったからだ。
そんなやる気に満ちたわたしの耳に飛び込んできた言葉は、あの日の出来事よりも更に衝撃的な内容だった。
「昨晩、俺たちが外へ行っている間に、戦闘が起きていたらしい。 俺のスマートフォンに宇治からの留守電メッセージも残っていた。 俺はもう、メッセージを聞いてその内容を会長に報告したが、お前にも聞いてもらおうと思う」
「……はい」
鬼山さんが留守電メッセージを再生する。
宇治さんの声が聞こえる。 そこまで関わりがあったわけではないけれど、それでもちょっとした世間話くらいは何度がしたことがある。
だから、この声が宇治さんの声なのだとすぐにわかった。
『……敵は相当強い。 蝶野も桑羽田も殺された。 地属性の魔術に、身体能力が異常なことから、肉体強化魔術も使用していると思われる』
鬼山さんの予想通り、薊海里の他にも魔術師はいた。 それも、宇治さんたち三人を相手にして勝利するほどの強さを持つ者が。
『それから、僕たちの攻撃魔術を無効化する、正体不明の魔術も使用してきた。 防御魔術や耐性魔術とはどこか違う。 あれが本当に魔術なのかもわからない。 とにかく、気をつけてくれ』
「無効化する魔術……!? 鬼山さん、これって……?」
「……まさかな」
宇治さんたち三人はその正体不明の魔術に翻弄され、敗北したということなのかもしれない。
そう考えると、攻撃を無効化してくる魔術の存在を予め知ることが出来たのは、わたしたちにとって大きなメリットに成り得るのかもしれない。
『誰に電話をかけている?』
「この声は……!?」
「……敵の魔術師の声だろうな」
『答えろ。 お前は誰に電話をかけていたんだ? 二人以外にも魔術を扱う仲間がいるのか?』
男性の、低い声。
『答えない……か。 まあいい』
敵の魔術師が話している間、宇治さんは黙っている。
『俺は、これで何をすると思う?』
わたしは当事者じゃない。 敵の魔術師と宇治さんの二人がいた場所にいるわけじゃない。
だけど……。
『想像してみろ。 これでじっくりと焼かれながら死ぬ、自分の姿を』
「………………うっ」
血の気が引いて、気分が悪くなり、思わずその場に倒れ込みそうになる。
「おい、大丈夫か……!? もう、止め――」
「……いえ。 続けてください」
「……無理はするなよ」
ここで止める訳にはいかない。 何よりも、死んでしまった三人の為に聞かなければいけない気がした。
『まだ魔術が使えたとはな。 たいした奴だ……が、あの程度の威力では俺を倒せんぞ』
聞く。
『……お前、まだ生きることを諦めていないのか。 逃げる為の脚がそんな状態だというのに』
聞く。
『後はお前を地面に固定するだけだ。 安心しろ。 いきなり顔から焼くなんてことはしない』
何が行われようとしていたのか、理解しながら、聞く。
『それに、このガスバーナーはそこまで火力があるわけじゃない。 それこそ、お前の攻撃魔術と比べたら可愛いものだろうな』
……信じたくない。
『もっとも、耐性魔術の切れたお前が、叫び声を上げずに耐えられるとは思わんが』
けれど、わたしの頭は理解し、想像してしまう。
『魔術を使うのもいいが……。 これがちょうど余っている。 これでお前を地面に固定するとしよう』
どうしてそんなことが出来るのだろう。
『バーナーで炙る前に気絶などしてくれるなよ』
どうしてそんなことをするのだろう。
『まずは右腕からだ』
どうして、そんなに酷いことを――。
『奴の外見的特徴は……』
「あっ……」
犯人が喋っている間ずっと黙っていた宇治さんが、言葉を発する。
『長身で黒の短髪……』
音声だけでもわかる。 宇治さんは必死に伝えようとしている。
『最期の悪足掻きというわけか』
敵の魔術師もそれに気づいている。
『そして、黒のトレンチコートを着ている……!』
コツコツコツと、近づいてくる足音。
そして、何かが壊れるような音で、再生は終了した。
「……昨晩、このことをお前に伝えても良かったんだが、だいぶ疲れている様子だったからな。 今日、伝えることにした」
薊海里と戦ったあの日も、こんなことを思った気がする。
「今回の件はあまりにもショックが大きすぎるだろうが……。 だからこそ、俺たちが今後どう動くのか、すぐにハッキリとさせる必要がある」
……現実は残酷だ。 わたしたちの感情に配慮などしてくれないと。
「まず、今まで行っていた探索活動は、一旦中止する。 とある情報から、魔物のいる可能性の高い地域が特定されたんだ。 瀬宮の探知魔術にも確かめてもらったから、間違いない。 俺たちはそこへ行くことになる」
悲しい出来事の後には、きっと、嬉しい出来事や楽しい出来事が待っている。 なんてことはない。
「今回はもちろん、二人だけじゃない。 偶然にも、そこには元々ある魔術師が滞在している」
悲しい出来事の後には、更なる悲しい出来事が。 悲しみを癒やす間を与えることもなく、現実はわたしたちを苦しめる。
宇治優馬、桑羽田圭、蝶野舞の三人が死んだ。
三人が死んだという実感はまだない。
突然舞い込んだ悲しい現実を、わたしはまだ受け入れられずにいる。
それでも、弱ってはいけないと、平静を装うとする。
わたしは鬼山さんの話を聞き、言葉を返す。
「……ある魔術師、ですか?」
「ああ。 ある魔術師が一人だ。 厳密には、もう一人そこに滞在しているんだが……」
「……? そのもう一人と言うのは、魔術師じゃないんですか?」
「魔術は使える。 だが、あれは魔術師とは異なる存在らしい。 ……蕭条、超級魔術の事は知っているか?」
「え? 超級、魔術ですか……? 知らないですけど……」
魔術の強さは、下級・中級・上級と大雑把に区分されている。
その区分の仕方に細かい決まりがあるわけではない。
戦闘にはあまり使えず、実用性の低いものが下級魔術。
戦闘に活用できて、下級と比べると実用性の高いものが中級魔術。
そして、大量のエネルギーを消費こそするが、中級魔術と比べて非常に強力な、戦闘における切り札とも言うべきものが上級魔術だ。
「俺たちは魔術を下級・中級・上級と区分している。 俺たちが使える一番高度で強力な魔術は、三つに区分した内の上級魔術なわけだ。 言葉通りに考えれば、当たり前だろう? 下級が一番高度で強力なわけがない」
「そうですけど……。 ……まさか、超級魔術って言うのは……」
「そうだ。 上級よりも上に位置するクラス。 俺たちの区分を超越した魔術。 それが、超級魔術だ」
超級魔術。 上級魔術よりも更に上の領域にあるもの。
「……上級という区分に含めず、わざわざ上級魔術と区別するほどに強力な魔術が存在するんですか……?」
「ああ、そうだ。 俺も詳しいことはわからないが、超級魔術は確かに存在する。 しかしだな、超級魔術は俺たちには使えない」
「使えない……? それは、どういう……」
術式の容量的な問題なのか。
エネルギー消費量的な問題なのか。
それとも、想像できないような力なのか。
「それはだな、超級魔術はあまりにも発動時のエネルギー消費量が莫大だからなんだ。 一応、魔術を発動する際に必要な三要素の内、術式と想像力については何とかなるらしい。 だが、エネルギー消費量が魔術使用者の持つエネルギー量をどうしても超えてしまうという問題がある」
「つまり、エネルギーの問題で超級魔術は扱えないということですか……」
わたしたちに超級魔術が使えない理由は、極めて単純でわかりやすい理由だった。
わたしたちが日々活動するのに必要なエネルギー。 その量には限りがある。
どんなにエネルギー満タンな状態でも、とある行為をするのにそのエネルギー量の数倍必要だったとしたら、その行為は行えない。
国民的ロールプレイングゲームで例えるならば、MPの上限が一〇〇の魔法使いにMP消費量二〇〇の魔法が使えないようなものだ。
MP回復薬を何杯飲んだって、そもそも上限が一〇〇ならば、必要MP量の二〇〇には届き得ない。
「……わたしたちに超級魔術が使えないってことはわかりましたけど、じゃあ、誰になら超級魔術が使えるんですか? 会長とかですか?」
「会長にも超級魔術は使えない。 そもそも人間である以上、エネルギー消費の問題をクリアできないんだ。 超級魔術を使おうとしたところで、生命力を使い果たし、最悪死ぬ」
「え……!? 人間には使えないのだとしたら、超級魔術は何になら……?」
「さあな。 俺だって知りたい。 ……で、これからが本題だ。 そもそも俺が超級魔術なんて言葉を出したのは、何故か。 お前の疑問に答える為だったな」
わたしたちがこれから向かう先にいる、魔術師。
その魔術師と共にいる、もう一人。
「……そうでしたね、その、魔術師でもないもう一人というのは、一体何なんですか? 超級魔術の話と何か、関係が……」
「そのもう一人は、超級魔術が使えるんだ」
「………………!?」
人間には使えない、超級魔術。
その超級魔術を使うことのできる、もう一人。
「……ちょっと、頭が混乱してきたんですけど……。 超級魔術は人には使えないんですよね? それなのに、もう一人って……」
「悪いな蕭条。 繰り返しになるが、俺も詳しいことはわからないんだ」
「いえ……。 あ、でも、その超級魔術が使えるもう一人って、わたしたちの味方なんですよね?」
上級魔術よりも強い魔術が使える味方。 そんな味方がいてくれたら、どんな魔物や魔術師が相手でも難なく勝ててしまいそうだ。
「……どうだろうな。 そいつは協力者と言えるのか、よくわからない。 その、もう一人の存在というのは、ごく一部の魔術師にしか教えられていないんだ。 それこそ、家守家の人間と俺くらいだろうな」
「ということは……。 わたしたちがこれから向かう先に滞在している、ある魔術師というのは……」
「家守家の次女、家守桃子だ」
「……負ける気がしませんね」
「ああ、頼もしいだろう? それで、いつ家守桃子の元へ移動するかだが……」
確かに頼もしい。
けれど、不安もある。
こんな時に、不安を感じてしまったら……。
「………………」
「……? おい、どうした?」
色々とショックな出来事が続いて。
それでも気を張って、前を向いて。
……もしかすると、わたしは無理をしすぎていたのかもしれない。
弱っている暇なんてないのに。
目の前が真っ暗になる。
気持ちが悪くて、立っていられなくなる。
かといって、座り込めば楽になるわけでもなく……。
「……蕭条!」
意識が薄れていく。
全身の力が抜けていく。
ぼんやりと目に映るのは、必死にわたしの名前を呼ぶ、鬼山さんの顔だった。
そして、わたしは意識を失った。
夢を見た。
わたしは魔術師ではなく、学生として普通に学校へ通っている。
中学校なのか、高校なのかはわからない。 クラスメイトたちとくだらないことで笑い合っている。 そんな、夢。
もし、この夢が現実で。
もし、薊海里の自殺や宇治さんたちの死が悪い夢だったのなら。
そんなこと、ありえないのに。 それでも、そんな妄想をせずにはいられなかった。




