伝える者
「くっ……! 」
僕は今、全力で走ってる。
なぜ、走っているのか。 逃げているからだ。
何から? それは、敵からだ。 敵は、僕を殺そうと追いかけてきている。
「クソ……! なぜ繋がらない……! 」
逃げながらも僕は、ある人へ電話をかけようとしていた。 幸い、スマートフォンは壊れていなかったのだ。
僕は伝えなくてはならない。 何が何でも、絶対に。
しかし、電話は繋がらない。 流石に逃げながら文字を打つなんてことは難しい。 留守番電話にメッセージを残すことにする。
「……鬼山! 僕だ。 敵の魔術師はやはり一人じゃなかった。 もう一人いる……! 東日本連続猟奇殺人事件の犯人は二人いた!」
伝えなくてはならない言葉はまだあるのに、言葉がうまく続かない。 迫り来る死に、思考が停滞する。
「……敵は相当強い。 蝶野も桑羽田も殺された。 地属性の魔術に、身体能力が異常なことから、肉体強化魔術も使用していると思われる」
何より伝えなくてはならないことは……。
「それから、僕たちの攻撃魔術を無効化する、正体不明の魔術も使用してきた。 防御魔術や耐性魔術とはどこか違う。 あれが本当に魔術なのかもわからない。 とにかく、気をつけてくれ」
後は……。 後、伝えなくてはならないことはなんだ?
そうだ、奴の外見的特徴。 それを言わなければ……。
「誰に電話をかけている?」
「…………………………」
奴が、すぐ後ろにいる。
「答えろ。 お前は誰に電話をかけていたんだ? 二人以外にも魔術を扱う仲間がいるのか?」
「…………………………」
どうする。 これはもう、逃げられそうにない。 奴が僕を見逃してくれる可能性もありそうにない。
僕は今日、ここで死んでしまうのか。
……死にたくない。
この世に対する未練など、具体的に挙げられるわけではないが、きっとたくさんあるはずだ。 まだ、生きていたい。
何より、あの二人の為に……。
「答えない……か。 まあいい」
奴が何かを取り出した。
あれは……ガスボンベか? ガスボンベに取り付けられているのは、ガスバーナーのように見える。 ホームセンターへ行けば安価で購入できるようなものだ。
「俺は、これで何をすると思う?」
まさか……。
僕を殺したいのなら、僕たちを打ち負かした力で普通に殺せばいいのに。 わざわざガスバーナーを使って殺すというのか。
「想像してみろ。 これでじっくりと焼かれながら死ぬ、自分の姿を」
……僕は魔術がもう使えないというわけじゃない。 ただ、これ以上魔術を使用すると、まともに動けなくなる可能性があるというだけだ。
ならば……。
「……………………ッ!!」
「……なに?」
奴は油断していた。 奴に向かって、残りの力全てを込めた一撃を解き放つ……!
僕の掌より高速で射出されたのは紅蓮の炎弾。 破壊力には自信がある。 広範囲ではなく、一人の敵を倒す為に凝縮された攻撃。
奴とて、この距離ならば……。
常人ならば消し炭になるであろうこの一撃でも、奴を倒すのは難しい。 これまでに、僕たち三人の攻撃を何度も無効化してきたのだ。
それでも、その無効化の正体が魔術ならば、その力に限りはあるはず。
それに、いくら無効化されるといっても、動きを止めることくらいならできるはずだ。
幸い、この一撃を放っても体はある程度動くようだった。 とりあえずここから移動しなければ、僕の生存率は上がらない。
なんでもいい……。 助かる為の何か。 ここで考えることと動くことをやめてしまったら、僕は死ぬ。
「うっ……」
転ぶ。 よりによってこんな時に。
持っていたスマートフォンが手から離れ、落ちる。 魔術を使いすぎたのか、両脚の感覚がおかしい。 脚に力が入らない。 立ち上がることができない。
「まだ魔術が使えたとはな。 たいした奴だ……が、あの程度の威力では俺を倒せんぞ」
奴の声がすぐ後ろから聞こえる。 やはり、あの攻撃では駄目だったか。
だが……。 何だ、この違和感は。
奴の周りの空間が、微妙に歪んでいる……? 目の錯覚か? そういえば、今までも……。
「……お前、まだ生きることを諦めていないのか。 逃げる為の脚がそんな状態だというのに」
脚……? そんな状態? どういうことだ。
「後はお前を地面に固定するだけだ。 安心しろ。 いきなり顔から焼くなんてことはしない」
……恐る恐る、自分の脚を見る。
「それに、このガスバーナーはそこまで火力があるわけじゃない。 それこそ、お前の攻撃魔術と比べたら可愛いものだろうな」
なんだ、これは。
「もっとも、耐性魔術の切れたお前が、叫び声を上げずに耐えられるとは思わんが」
……ないのだ。 脚が。
何故? いつ脚がなくなった? 脚は見事に切断されている。 大量の血が流れ出る。 さっき転んだのは、脚がなくなったからか。 攻撃を受けたのか? それより、これからどうする? この絶望的な状況を打開する方法は?
「魔術を使うのもいいが……。 これがちょうど余っている。 これでお前を地面に固定するとしよう」
奴が取り出したのは、大きな釘数本。 それで僕を固定? 何かの冗談だろう。
「バーナーで炙る前に気絶などしてくれるなよ」
……駄目だ。 この絶望的な状況を打開する方法など、思い浮かばない。 もう、ハッキリとわかってしまった。
――――僕は、ここで死ぬんだと。
「まずは右腕からだ」
このまま奴に痛めつけられて、死ぬのか。 最悪だ。 このまま死んでたまるものか。
先程落としたスマートフォンが目に入る。 まだ、通話中だ。
「奴の外見的特徴は……」
「む……?」
奴に気づかれる。
「長身で黒の短髪……」
「最期の悪足掻きというわけか」
奴がスマートフォンの元へ近づく。
「そして、黒のトレンチコートを着ている……!」
スマートフォンが、踏み潰される。
だが、これで……。
桑羽田と蝶野の死は……。
「さて、始めるとするか」
僕はこの後、想像を絶する苦痛を伴って死に至るだろう。 どう見ても、不幸な最期だ。
それなのに、どこか僕は救われたような気持ちを抱いていた。 それは、何故か。 約束を果たせたからだ。
でも、まさかこうも早く再会できそうだとは。 桑羽田も蝶野も、怒るに違いない。
それはそれで、いいのかもしれない。
そう思いながら、僕は自らの死を受け入れることにした。




